第1話 遊撃傭兵学園
晴れ渡る冬空の下、広場に何百もの人が集まり、整列していた。その足元には細かな白線が散見されるものの、列の並びとは不揃いだ。あくまでも鍛錬時の為に敷かれた線であり、必ずしも活用されるものではない。
それがたとえ、入学初日に迎えた演説であってもだ。
「ようこそ諸君。地獄の学び舎と知りつつ門を叩いたこと、まずはその度胸に敬意を表する! 我が名はトラバウト、主任教官である!」
そう壇上で叫ぶのは初老の教官だ。背中こそいくらか曲がっているものの、頬に大小多数の戦傷を刻んでおり、眼光や声は鋭い。そのため集められた何百もの男女は、咳払いすらも忘れて硬直してしまう。
「我ら人類は長らく魔獣の脅威に怯え、結界無しには生存も叶わぬ事態となった事、周知の事実である。しかしだ。かの三武神に夢を馳せたように、強力な個を生み出す事に我々は希望を見い出した。活路は集団ではない、圧倒的個人の力が必要であると!」
居並ぶ若者達は、背筋を伸ばしつつ、演説に耳を傾けた。まだ20歳にも満たない者たちで、修練すら受けていない新人だ。しかし青地に金装飾のジャケットと、同系色のスラックスは真新しい。学園生の身分を示す赤い腕章も色鮮やかで、見てくれだけは立派である。
それから視線を後方に向ければ、同じく赤い腕章を身に着けた者達の姿がある。こちらも同世代で、男女混合であることも同じだが、身なりが違う。一揃えの服は着ておらず、ローブにチュニックにスカートと、思い思いの格好だった。どれもこれも薄汚れ、擦り切れてはいる。
それでも彼らにとっての晴れ着だった。
「諸君らには、命がけで目指していただく。かの武神すらも凌ぐ強者となることを。便宜上、経緯や能力を反映して、諸君らを細かくグループ分けをした。しかしだ。強くなる事にSクラスもFクラスも関係はない。切磋琢磨、日々精進。未来の聖グランディオス王国を担える猛者に……」
演説はまだ途中だが、壇上の男は口を閉じた。そして眉を訝しく歪め、首を伸ばしてまで遠くを見ようとした。
それは生徒の列の最後尾。Fランクと呼ばれる、みすぼらしい集団に紛れようとする、一層に身なりの悪い青年の姿だった。
「そこの貴様! 前に出ろ!」
怒号が鳴り響くと、大勢の生徒は身を屈めてしまった。しかしどれだけ待とうとも、先程の青年は現れようとはしない。
「先程ノコノコとやって来た貴様だ! さっさと来い!」
「オレかよ。名前で呼ばなきゃ分かんねぇだろ」
「口答えするな、駆け足ーーッ!」
教官は耳まで真っ赤にし、前のめりになりながら叫んだ。次に顔を持ち上げた瞬間には、既に青年の姿は眼前にあった。足音どころか、物音ひとつ鳴らさずに。
これには歴戦の兵である彼も、眼をひん剥いたのだが、すぐに咳払い。そして居丈高にのけぞっては、鋭い視線で見下ろした。
「貴様、名をなんと言う。名乗れ」
「ランスレイトだ」
トラバウトは眉を潜めながらも、脳内名簿を漁りだした。公爵、伯爵、果ては子爵と御曹司の諸々を思い出そうとする。しかし、それらしい名前は思い出せなかった。出身を問いただしても、王都どころか人が住めるかも怪しい、山奥の出だと言う。
どこぞの貴族、しかも成り上がりの者かと怪しんだが、アテが外れた。そもそも所属はFランク。つまりは容赦無用ということだ。
「遅参した罰だ、外周を百周走ってこい。終わるまでは決して帰ってくるな。途中でくたばったとしても、それまでの命だったと心得よ」
「あいよ。どこを走りゃ良いんだ。教えてくれよ爺さん」
「さっさと連れて行けぇーーッ!」
怒号に飛び跳ねた若い教官が、慌てて腕を引っ張って行った。
そして演説も長々と続いた。苛立ち半分のそれは、予定を大幅に越えるものであり、終わった頃には生徒たちも疲労顔になった。
そのために、学舎に戻る列のあちこちから、不満が噴出してしまう。
――なんだあの野郎。アイツのせいだろ。
――ランスレイトとか言ったよな。Fランの癖に悪目立ちしやがって。
――あぁブッ飛ばしてぇな。あんなヤツ見てるとムカつくんだよ。
――クケケ。どうせ走ってるうちな死んじまうだろ。クソ雑魚Fランクだし……。
罵詈雑言が囁かれる中、横切る影があった。貧民と見紛うボロ服を見て、彼らは一斉に声を荒らげた。荒くれ者にすれば許されざる無礼であった。
「オレの前を横切るとはどんな了見……」
しかし威勢の良い声も尻すぼみだ。現れたのは、顔面蒼白の教官を背負ったランスレイトだったからだ。これには一同、驚愕のあまり硬直してしまう。
――おい、もう走り終わったのか?
――んな訳あるか。敷地がどんだけ広いか分かってんのかよ。
――つうことはだ。監視の教官を気絶させて、罰を終わらせたって事か?
――それ以外無ぇだろ。悪目立ちのバカの上に汚ぇヤツ。
そんな現実的な結論に至った彼らは、瞳を禍々しく歪め、耳打ちを繰り返した。
――こいつムカつくからさ、尻焼いちまおうぜ。替えの服なんか持ってねぇだろうし、この先ずっと恥ずかしい想いをさせてやんだ。
――別に良いけどよ、間違っても殺すなよ? イジメ甲斐がありそうなんだから。
――分かってるって。魔力のコントロールには自信あんのよ。
そんな言葉と共に、虚空で指先ほどの火の玉が出現した。それは音もなく忍び寄り、ランスレイトの背中に触れ、燃え上がった。しかし次の瞬間、火の玉は小さな竜巻となって消えた。後に残るのは微かな黒煙だけだ。今度こそ盛大に驚愕した一行は、固まって動けなくなる。
そんな彼らをランスレイトは知ってか知らずか、無言のままで歩き出し、医務室へと直行するのだった。
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