女王との対決

 禍々しいその声で、僕の背筋がゾクリと震え上がる。


「あんたが女王個体クイーンだね?」

「如何ニモ。我コソガ女王クイーンデアル」


 なおも毅然とした態度で問いかけるセレナさんに対し、そいつは暗がりからおもむろに姿を現した。


 生々しいピンク色でシワだらけの肌に、デップリとした腹部。

 額には魔物特有だっていう赤い結晶があって、その目もずる賢そうでイヤな感じ。

 そして身体も大きくて、はなちゃんと同じくらいかそれ以上ありそう。


 いかにも年を取ったシーフゲッコーの女王といった姿、僕でもそいつがルナちゃんをさらった黒幕だということが分かった。


「ルナちゃんを返せ!!」


 かみついた僕に対して、女王クイーンは冷ややかに言葉を返す。


「ナラヌ。年老イタ我ノ若返リニコノ娘ノ命ガ欠カセヌノダ、邪魔はサセンゾ……!」


 それから女王クイーンがただならない気迫を放つと、四方八方からシーフゲッコーたちが飛びかかってきた。


「またこいつらあ!? いったいどんだけいるっていうの!」

「関係ありません、僕たちでルナちゃんを取り戻す、それだけです!! ――はなちゃん!」

「パオーン!」


 僕の号令ではなちゃんが一声上げて突進を始める。


 だけど僕たちの前にもシーフゲッコーの集団が立ちはだかった。


「グケケケケ!」

「グギギ!」


 その目は大事な女王を守るための必死さで満ちあふれているように見える。


 だけどそんなの関係ない!


「はなちゃん! 構わず突っ切ろう!!」

「パオ!」

「エンチャント・フォース!」


 以前ワイツ君が使った肉体強化魔法を唱えてみると、はなちゃんの巨体に白いモヤがかかる。


 ぶっつけ本番だけど、うまくいったみたい!


「それいけ!!」

「ズオオオオオ!!」


 肉体強化をしたはなちゃんが突撃すると、壁になっていたシーフゲッコーたちを簡単に蹴散らすことができた。


「なんてパワーなの……!?」


 後ろでセレナさんが何か言った気がするけど、今はそんなこと気にする余裕もなくて。


 シーフゲッコーの集団を蹴散らして、僕とはなちゃんは女王クイーンに接近した。


「ルナちゃんは返してもらうよ!」

「タワケガ!」


 だけど女王クイーンがすぐさま口から紫色の炎を吹く。


「マジックシールド!」

「パオ!」


 はなちゃんがすかさず耳を広げて展開したバリアで炎を防御。


「くぅ……っ!」

「ズオオ……!」


 だけど炎の勢いがとてつもなくて、僕たちは足を止めてバリアの維持に専念するのがやっと。


「ホザイタ割ニハソノ程度カッ」


 一方女王クイーンは炎を吹きながら嘲笑い、余裕を見せつけていた。


「ゆー君! はなちゃん! ――あーもう、こいつら邪魔ぁ!!」


 後方ではセレナさんもシーフゲッコーたちに手を焼いているみたい。

 ここは僕たちがやるしかないんだ!


「なんのっ! はなちゃん頑張れ!!」

「オオオオオン!!」


 はなちゃんが気合いの一声をいれるとその歩みをジワリと再開し、炎を押し退けながら徐々に女王(クイーン)へと詰め寄っていく。


「ナヌ!?」

「お前の炎は僕たちには届かない!」

「パオン!!」


 そしてはなちゃんの長い鼻が奴の炎を振り払った時だった、女王クイーンの口角がニヤリと吊り上がった。


「――馬鹿メ」


 すると次の瞬間、またしてもシーフゲッコーの大群が僕たちに向けて飛びついてきたんだ。


「そんな!」

「プオ!?」


 実体でないバリアをすり抜けたシーフゲッコーの大群がはなちゃんの巨体に次々とまとわりついて、一斉に毒を吹き付ける。


「グケケケケ!」

「グギギ!」


 思わぬ毒攻撃で、はなちゃんは大きく体制を崩してしまった。


「プオオオオオオオ!!」

「うわああ!?」


 毒で悶絶して暴れるはなちゃんに、僕はしがみつくのがやっと。


 まただ、さっきもこれでルナちゃんを守れなかったんだ!


「ゆー君!?」


 このままじゃ同じことの繰り返し、どうする悠希、考えろ……!


「フハハハ、我ノ若返リノ邪魔ハサセンゾ!」


 勝ち誇ったように女王クイーンが嘲笑ったその時だった、横たわっていたルナちゃんが光を放ち始めた。


「ナ、何事ダ!?」


 思わぬ事態に狼狽える女王クイーンの背後で弱々しく立ち上がったルナちゃん。


「ユウキくんをいじめないでーーーーーー!!」


 ルナちゃんの光が最高潮に達した瞬間、頭の中に新しい魔法のフレーズが思い浮かぶ。


「ホーリー・シャワー!!」


 僕が叫ぶや否や、はなちゃんの鼻からキラキラと光り輝く噴水が吹き出した。


「グゲエエエ!?」

「グギイイイ!?」


 その噴水を浴びるなりシーフゲッコーたちが悶え苦しみ、はなちゃんからポロリポロリと落ちていく。


「ナンダト!?」


「お前にも浴びせてやるよ!」

「パオオオオ!」


 続けざまに光り輝く噴水を浴びせると、女王クイーンもまた悶え苦しみだした。


「グゥ、オノレエエエエエ!!」

「トドメだ、ホーリー・セイバー!!」


 続いて思い浮かんだフレーズを僕が叫ぶと、はなちゃんの鼻にまとわれた光が剣のような形になる。


「いっけえええ!!」

「ズオオオオオ!!」


 そしてはなちゃんが光の剣を振るうと、女王(クイーン)の首を切り落とした。


「マサカ、コレガ我ノ最期ダトイウノカ……!?」


 宙を舞う女王クイーンの首が力なく漏らしたと同時に、それはズシンと落下した。


「勝った……! ――そうだ、ルナちゃんは!?」


 勝利の余韻に浸る間もなく、僕はしゃがんだはなちゃんから降りて、再び横たわるルナちゃんに駆け寄る。


「ルナちゃん!」

「……ユウキくんですか……?」


 僕が抱き上げるけど、ルナちゃんの口から漏れる言葉には生気がなく、その瞳からも光が失われていて。


「ルナちゃん、しっかりしてルナちゃん!!」


 必死になってその華奢な身体を揺するけど、さっきの光で力を使い果たしてしまったようにルナちゃんの反応は弱々しい。


 するとセレナさんが駆け寄って僕を押し退けた。


「ちょっと貸して! 待っててルナ、今すぐ毒消しを使うから!」


 セレナさんは毒消しを取り出すなり、ルナちゃんの目に点眼する。


「……そんな、どうして効かないの……!?」


 だけどルナちゃんはまだピクリとも反応しなくて、セレナさんは焦りを隠せない。


 そうだ、さっきの魔法を使えば!


「セレナさん! 僕たちに任せてください! ――はなちゃん!」

「パオ!」


 はなちゃんに乗った僕は、再びあの魔法を使う。


「ホーリー・シャワー!」


 シーフゲッコーたちの毒を瞬時に浄化した光の噴水をルナちゃんに浴びせるけど、なかなかルナちゃんは良くならない。


女王クイーンの毒、なんて強力なの……!?」

「諦めるのはまだ早いですよセレナさん!」


 めげずに光の噴水を浴びせ続けると、ルナちゃんの指がピクリと動き出す。


「ルナちゃん!」

「頑張れルナ!」

「パオーン!!」


 そしてありったけの輝く噴水を浴びせると、ルナちゃんの身体がまばゆく光り輝いた。


「これは……!?」


「――あれ、ルナは一体……」


 弱々しいけど確かに呟いたルナちゃん、その瞳には光が戻ってきていた。


「ルナぁ!!」


 感激極まったのか、セレナさんがルナちゃんを抱きしめる。


「お、お姉ちゃん!?」


「ルナ、ルナ……! 本当に良かった……!」


 ルナちゃんを抱きしめながら、涙をボロボロとこぼすセレナさん。


 僕もはなちゃんから降りてルナちゃんに駆け寄った。


「本当に大丈夫なの、ルナちゃん!?」

「はい。これもユウキくんのおかげなんですよね? やっぱりユウキくんはすごいです」


 尊敬の眼差しをルナちゃんが向けるけど、僕はそれにやりきれない思いを抱く。


「ううん、僕が油断なんかしなかったらそもそもルナちゃんをあんなに苦しめることもなかったんだ。ごめん、ルナちゃん」

「いいえ。ルナは気にしてませんよ。それよりもルナはユウキくんのおかげで助かったんです、もっと自信を持ってもいいんですよ?」


 そう伝えるルナちゃんの笑顔は、僕にはとても眩しかった。


 一件落着、これでいいんだよね。

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