異世界に転移したらお気に入りのぬいぐるみが本物のゾウになっちゃった!

月光壁虎

異世界転移した僕とゾウのはなちゃん

はなちゃんが本物のゾウになっちゃった!

僕とゾウのはなちゃん

「ただいま~」


 塾帰りでマンションに帰ってきた僕だけど、真っ暗な部屋からは返事はない。


 当たり前だよね、だってママはいつも仕事で夜遅いもん。


 特に気にすることもなく、僕はたったたったとリビングに急ぐ。


「はなちゃんただいまー!」


 そしてテーブルで待ってくれていたゾウのぬいぐるみを、僕はすぐに抱き上げた。


 一輪の可愛い花飾りをつけた顔とマジックでゆうきと自分の名前が書かれたお腹、それが僕の大事な親友のはなちゃんだよ。


「ごめんねはなちゃん、今日も遅くなって。寂しかったよね?」


 はなちゃんの顔に頬擦りしながら声をかける僕。


 もちろんぬいぐるみだから返事なんてないんだけど、そんなこと僕には関係ない。


 フワフワの感触と優しそうなはなちゃんのお目々が僕にとって最高の癒しなんだ。


「それじゃあ晩御飯にしようね。えーと、今日のお惣菜は~っと」


 はなちゃんを席に置いた僕は、ママが冷蔵庫に残してくれたお惣菜を探す。


 今日は鶏の唐揚げとご飯を食べればいいんだね。


 炊飯器の冷やご飯も暖めたところで、僕ははなちゃんと向き合うように食卓に向かってご飯を始めた。


 普通においしい。

 ……だけど何だろう、この胸がスースーして空っぽな感じは。


 あの時からだ。

 パパが家からいなくなって、ママの帰りも遅くなった。

 そう、僕が小学生になったばかりの頃のこと。


 あれから六年もこの感覚がずっと。ママも忙しいのにご飯も用意してくれてるから、今のところ不自由はない。だけど……。


 うつむいていたら、ふとはなちゃんと目が合った。


 寂しいの? まるでそんな風に心配してくれてるみたいに。


「ううん、はなちゃんがいてくれてるから僕は寂しくなんてないよ」


 そう言い聞かせるように僕ははなちゃんの頭をなでてあげた。


 昔パパとママに連れていってもらった動物園のお土産屋さんで、僕はあるゾウのぬいぐるみと出会った。


 元々ゾウが好きで動物園に来てずっとはしゃいでいた僕に、パパが買ってくれたぬいぐるみ。それが今のはなちゃん。


 思えばあれがパパとママが一緒だった最後のお出かけだったんだ。


 それからしばらく経ってパパがいなくなってママの帰りが遅くなってからも、僕のそばにははなちゃんがいてくれた。


 だから寂しくなんてこれっぽっちもないはずなんだ。


 気づけば僕ははなちゃんをぎゅっと力強く抱きしめていた。


 はなちゃん、きみだけはずっと僕のそばにいてくれるよね?


 その時だった、小学生用のスマホから鳴り響いたけたたましいアラームの直後、突然部屋がものすごい勢いで揺れ始める。


「じ、地震!?」


 僕ははなちゃんを抱いたまま、とっさにテーブルの下に身を隠した。


 避難訓練でいつもやっていた、地震が来たときはすぐに机かテーブルの下に隠れなさいって。


 だけど揺れはいつまで経っても収まらなくて、キッチンの棚から食器がガシャガシャと落ちる音が鳴り響く。


 怖い! ママ、早く帰ってきて!!


 恐怖でテーブルの下に隠れていたら、そのうちどこからか煙の匂いがし始める。


 え、火事!? 火事の時はどうすればいいんだったっけ!?


 恐怖で胸が一杯になった僕は、はなちゃんを抱きしめながらテーブルの下に身を潜めることしかできなくて。


 そしてそのうち、意識がだんだん遠くなっていった……。





 ん、んん……。


 何だろう、身体がゆっさゆっさと揺さぶられる感じがする。


「ブロロロロロロ……パオン!」


 あれ、この声ってまさかゾウ……?


 ゆっくりと目を開けると、僕の目の前に大きな顔が一面に映っていた。


「え……?」


 ホントにゾウだった。ぬいぐるみでもCGでもない、本物だった。


 だって長い鼻からすごい鼻息がスーハースーハーしてるんだもん!


「うわっ!?」

「プオッ!?」


 腰を落としたまま慌てて後ずさりすると、ゾウもビックリして腰を落とす。


 あれ、お腹に何か黒い模様がある。

 ――ううん、模様じゃない。ゆうき、って僕の名前が書いてあるんだ。


 目線を上に向けると、ゾウの顔には一輪の花がついていて。


 似てる、僕のはなちゃんと似てるんだ!


「もしかして、はなちゃんなの……?」

「パオ!」


 僕の質問にゾウは鼻を持ち上げながら元気よくうなずいた。


 なんではなちゃんが本物のゾウになってるの……!?


 目を白黒させていたら、はなちゃんの長い鼻が僕の頭に置かれた。


「はなちゃん?」


 僕の黒い髪を優しくなでるはなちゃんの鼻。


 そうだ、僕もこうしてはなちゃんをなでなでしてたっけ。


「ありがとうはなちゃん、なんだかよく分かんないけどちょっぴり心が落ち着いた気がするよ」


 気を取り直したところで周りを見渡してみると、僕とはなちゃんがいるのは、さっきまでいたマンションの部屋じゃなかった。


 周りに隙間なく生い茂る高い木々に、心安らぐような小鳥のさえずり。

 真上を見上げると、木の葉の間から見え隠れする空はほんのり緑がかった青色で。


「ここはどこなの……?」


 どうやら僕たちはいつの間にか見知らぬ森の中にいたようだった。


 あれ、さっきまで僕は部屋の中にいたんだよね? 

 なのになんでこんな森の中に?


 頭を悩ませていたら、隣ではなちゃんが僕の肩を鼻で揺さぶる。


「分かった分かった。だからそんなに強く揺すられたらクラクラしちゃうって!」

「ブロロロロロロ……」


 つい声を張り上げたら、はなちゃんがすごすごと後ずさりしてしまった。


「あ、ごめんねはなちゃん。急に怒ったらビックリだよね」

「……パオ」


 はなちゃんが差し出した鼻を僕は抱きしめる。


 あったかい、今のはなちゃんは確かに生きてるんだ!


 そう思うと僕の心もだんだんと温まってくる。


 そうだ、僕は嬉しいんだ!

 ずっと一緒だったはなちゃんが本物の生きたゾウとして目の前にいる、それがたまらなく嬉しいんだ!


「はなちゃん……!」

「ブロロロロロロ……」


 ふとはなちゃんがしゃがんでから鼻で自分の前脚をポンポンと叩いた。


「どうしたのはなちゃん?」

「パオ」


 もしかして乗れってこと?


 その通りに僕が足をかけると、はなちゃんは前脚を上げて僕の身体を持ち上げる。


「わわっ!?」


 そして僕ははなちゃんの大きな背中にちょこんと乗っかっていた。


「これがゾウの背中……!」


 真ん中がちょっとくぼんだ広い背中に感動していたら、しゃがんでいたはなちゃんがゆっくりと立ち上がる。


「わー、高~い!!」


 確かアフリカゾウは背丈が三メートル近くあるって、本に書いてあった。


 なんではなちゃんがアフリカゾウかって? それは頭が平らで耳が大きくて、鼻の先に指みたいなのが上下に一つずつあったからだよ。


 それからはなちゃんは僕を乗せてのっしのっしと森の中を歩き始めた。


 ここがどこかはまだよく分かんないけど、はなちゃんといればなんとかなるよね。


「うひゃー、揺れる揺れる~!」


 初めて乗ったゾウの揺れに、僕はワクワクが隠せない。


 これがゾウの歩みなんだね!


 はなちゃんに揺られていると、時々長い鼻が横枝をもぎ取ってその口に運ぶのが見える。


 そうか、ゾウはああやって食事をするんだ!


 そしてしばらくすると、僕たちはちょろちょろと流れる小川にたどり着いた。


 するとここではなちゃんがまたしゃがむ。


「ここで降りればいいんだね?」

「パオ」


 はなちゃんの言うとおりに高い背中から恐る恐る降りた僕は、きれいな小川の水に手を浸した。


「冷たいっ」


 すぐに手を引っ込めたけど、今度は急にのどが渇いてくる。


 そういえば塾から帰ってきてまだ一滴も水を飲んでないんだった。


 でも川の水なんて、飲んでも大丈夫なのかな……?


 隣を見たらはなちゃんが早速小川に長い鼻を浸けて、吸い上げた水を口に運んでいる。


 なんか気持ち良さそう。


 そんなはなちゃんの姿を見た僕は、さっきの迷いを川に流して水を手ですくって口に含んだ。


「……おいしい!」


 ただの水なのにすごい清々しいよ!


 僕は夢中で川の水をゴクゴクと飲んだ。


 また隣を見たら、はなちゃんが今度は大きな身体を小川に浸して水浴びをしている。


「よーし、僕も!」


 着ていた服を脱いでパンツだけになった僕は、早速はなちゃんに駆け寄った。


「それ~!」

「プオ!?」


 僕が水をかけると、はなちゃんがつぶらな目を丸くする。


 だけどすぐにはなちゃんも鼻から水を吹き出した。


「うわーっ! やったなぁ!?」


 そうして僕ははなちゃんと水遊びを楽しんだんだ。


「はあ、はあ、楽しかった~! こんなに楽しかったのっていつぶりだろう?」


 小川の岸で大の字になって寝そべった僕は、ふとこんなことを口にする。


 考えてみたら小学生も三年生になってから入った塾が忙しくて、六年生になった今までこうして思いっきり遊んでなかったっけ。


「ありがとうはなちゃん、きみと遊べて楽しかったよ」

「パオンっ」


 寝そべりながらはなちゃんに顔を向けると、彼女(ぬいぐるみの頃から女の子って設定だったはず)は嬉しそうにうなずく。


「きゃーーーーーっ!!」


 それは突然のことだった、森のどこかで耳をつんざく女の子の悲鳴が聞こえてきたのは。

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