第39話 一騎討ち
歓声は試合への注目へ、そして静寂へと変わっていった。
メイタロウが体の震えを止められぬ内に、ゴーンと、試合開始のゴングは鳴った。
しかし覚悟などできていなくても、魔術は否応なく自分へ向けて飛んでくる。
宙を裂くスオウの一発目はサンダーボルト。雷鳴と共に、フィールド上の空気を激しい雷撃が通っていく。
メイタロウはレイシールドでそれを受けた。
ああ、ほんとに始まってしまった。
いや、今は集中だ、メイタロウ。
腕の震えを魔術への集中へと、呼吸を整えて変えていく。
今のスオウの魔術は軽い初撃だ。メイタロウの術も神経の昂りのせいでそれほど高い完成度ではなかったが、なんとか防ぎきった。
まぶたが震える。一瞬も気が抜けなくて、胸の鼓動は早鐘のように打つ。
本当は逃げたい。逃げたい自分と闘いながらここに立っている。
でも同時に、今はこの大会に挑んだすべてが、この試合のためにあったような気がしていた。
メイタロウが本当に向き合わなければならないのは自分の過去ではなく、メイタロウと過去を共有する人達だ。
先生には悪態をつき、弟には背を向け、そして今日まで逃げてきた。その逃亡の日々に終止符を打てるとしたら。
雷鳴が止み、稲妻を受け止めていたメイタロウのレイシールドも、雷撃がシルドに届くぎりぎりの所でかき消えていく。
サンダーボルトが途切れれば、弟が次に出す魔術は予測がつく。
アクアカッター。四つの水の刃が、空を裂きながらこちらへと向かってきていた。
ぐっと、杖を握る手に力を込める。
「風よ」
メイタロウはウィンドを当ててそれを瓦解させる。水の刃は風に散って、水塊となってその場に落ちていった。
会場からは賛嘆の声が上がったが、今のはメイタロウにできる精一杯の反撃だ。
術に術を当てて打ち消すだけ。やっぱり、スオウの方まで撃ち出すことはできない。
ロドはあんなこと言ったけど、やはり守るばかりの自分に何が……。いや、集中。
少しの自分への不信が、魔術には大きく影響してしまう。今はロドへの不信もそうだ。
一つ息をついて、メイタロウはウインドからシャドウホールへ術を切り替える。
今は魔力の出力を抑えていた眼鏡もない。そのため集中できれば防御術の完成も早く、強度も高い技を繰り出せる。久しぶりに思い切り魔術が使えている感覚だ。
これが試合に幸いすればいいが……。
メイタロウの予想通り、スオウはレイを撃ってきた。
シャドウホールは光の束を吸い込み、青年をシルドの破壊から守ってくれる。
事前に相手の出す技の予測がつくのは強い。
予測できるからこそアマチュアのメイタロウの魔術でもプロのスオウ相手に何とかなっている。
この街で、何年も一緒に魔術をやってきたのだ。ともに過ごした時間が、弟の術を防ぐべき魔術を選ばせてくれる。
『プロ選手のレックスはレイを十四秒も持続できるんだ!』
束になって襲う光の合間に見えるのは、あの日プロに憧れこの魔術を練習し始めた弟の姿。
フィールドの向こうを見れば、真剣な眼差しで杖を振るう、プロになった彼がいた。
……本当に遠くまで来た。今ではプロのレックスより、よっぽど上手くレイが使えるんだから。
浸っている場合ではない。
どんなに魔術を阻まれても、スオウはまだまっすぐこちらを向いている。
弟の強さはもちろん魔術もそうだが、何よりその折れない心にある。
いつもその魔術の完成度と、逆境に立ち向かう胆力を信頼していた。自分より上に行くべき魔術師だと、今でも素直に思う。
でもこの試合はペア戦だ。メイタロウの負けがパートナーの負けになる。だからこそ、防ぎ負けるわけにはいかないのだ。
シャドウホールがスオウのレイを飲み込んでいく。向かってくる光の勢いに、思わず足が後ろに持っていかれそうになるが……。
そこで一つ、メイタロウは少しだけ不思議な感覚をおぼえた。
シャドウホール等の空中ホール系の術で相手の術を飲み込む際、飲み込む間中、術者は魔力を消費し続ける。そしてその感覚は疲弊という形で術者の体に伝わるのだ。
しかしスオウのレイは飲み込んでいてもその疲弊を感じない。むしろ自分の中に熱気にも似た暖かさが流れてくるのを感じるような……。
レイが途切れる。目を閉じて、スオウが集中状態に入った。次の大技が来るのだ。
会場は息を飲んで試合の行く末を見守っている。メイタロウも思わず唾を飲み込んでいた。
スオウの方から感じる、この魔力は『氷の薔薇』だ。
スオウの氷の薔薇は他の魔術師達の中でも群を抜いて超攻撃型の、まさに必殺技。地を這ってきた大蛇のような氷の連なりが、敵の前で一気に巨大な刺棍棒のように広がり突き刺す奥義だ。
氷の障壁で防御しようか。駄目だ、メイタロウの氷の魔術では到底スオウに対抗できない。
もう一度シャドウホールを撃つか?
いや、それでは氷が貫通する。こちらのシルドに傷が付いてしまう。
スオウの顔は真剣そのものだ。次の魔術でこちらのシルドを割ることも厭わないという覚悟を感じる。
半端な防御術を使えばここで試合が終わるだろう。
最適解は分かっている。メイタロウが最も大きく出力できる術。
炎の魔術だ。炎の魔術で守ればいい。
杖を握りしめる。
少し後ろでは、ロドが静かに兄弟の戦いを見ていた。
……そうだ。守りになら使える。撃ち出さなければ傷付けることはない。
覚悟を決めて、青年は右手に力をこめる。熱い空気が、一瞬髪を吹き上げた。
フレイムシールド。メイタロウの前に現れたそびえ立つ炎の壁が、青年の姿を包み守ってくれる。
その向こうで、一拍遅れて氷の花が花開いた。
『氷の薔薇って……お前名前で油断させといて何だよその技……ほとんどアイスニードルじゃないか』
ときにぼんやりと、ときに苛まれながら、思い出す。
この技が生み出されたとき、メイタロウはそのあまりの破壊力に、口をあんぐりしながら立ち尽くしてしまっていた。自分を防御していたシールドがぼろぼろと崩れていく。
その向こうで、
『いいだろ、俺の氷の薔薇はこうなんだ』
半ば呆れ顔の兄に、スオウは胸を張ってそう言った。覚えている。
氷の薔薇はあの日、兄弟が大会で優勝する前夜に完成した魔術。二人の勝利を助けてくれたのもこの術だ。
完成した当初は、これが『氷の薔薇』なんて認められなかったけど。
『実の兄にそんないかつい技撃つなよ』
『でも兄貴、防ぎきっただろ? 今度の大会も今の俺達の魔術なら大丈夫だよ』
一つ一つの術の、完成の瞬間に立ち会った。
どんな思い出も、最後はあの光景で塗り潰されていくけど。
あの日二人で成し遂げた、分不相応の優勝。例えその先に、氷の薔薇が咲く長い冬が待っていたとしても。
二人で魔術を始めたからこそ、今日が、今があるのだ。
客席から声が上がった。
いつの間にか、メイタロウの前に展開した燃え上がるシールドが、スオウの放った氷を溶かしきっていた。
青年はほっと一つ安堵の息をついた。握った杖に汗が伝う。
思い出が集中を助け、何とかスオウの必殺技を防ぎきった……。
しかし、氷が溶けて巻き上がった水蒸気の向こうに、新たな魔力の気配を感じた。スオウの攻撃はあれでは途切れなかったのだ。
氷の薔薇に続いて、間断なく発射されたレイビームがメイタロウを襲った。
「プロの魔術をここまで防ぎきるとは……」
身なりのいい魔術師が、感嘆にも似た息を漏らす。
メイタロウの実力に懐疑的だった彼も、今や目の前で繰り広げられる攻防の美しさに目を見開いていた。
炎と氷の激しい相克から、水蒸気を通って一直線の光の攻撃が続く。炎の壁はそれを真正面から受け止め、衝突面から大きく火を散らせた。
となりの席の青年も、その光景をしっかり瞳におさめていた。
「ロドはメイタロウを休ませ魔力を温存するために……即ち兄弟の対決のために、準決勝を迅速に終わらせたんだ」
魔術師の兄弟、スオウとメイタロウの大きな違い。
それはプロとアマで生じる魔力の持続力の違いだ。
一発だけならプロ並みの巨大な術を使えるアマチュアは一定数存在する。
しかし特殊な訓練で得る魔力の持続力は、プロとアマで大きく差がつく点だとされている。
一日魔術漬けで過ごせるプロと、己の生活をこなさなければならないアマとでは、もともと魔術への労力が異なる。
試合の前から、すでに競技魔術の勝負は始まっている。一日に連戦する大会では、次の試合に備えて魔力を温存することも重要な戦略の一つだ。
そんなことを考えながら『準決勝』を戦った魔術師も恐ろしいが……。
「魔力の流れが変わっていくな。……ロド、お前はこれをも見越してその選択をしたのか?」
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