第27話 プロとの戦い2
メイタロウとスオウの火竜と、セツガの氷山は競技場の真ん中で激しく衝突した。
氷山は一気に融解し、轟音と共に蒸気の爆発が起きる。
吹き付ける熱風に、メイタロウは思わず腕で顔を覆った。
蒸気は広がり、一時白い霧の中に包まれるように、その場はまったく視界のきかない空間となった。
そして。
霧が晴れていく。
先の炎と氷の衝突は相討ちだったようで、セツガも他の魔術師達も全員まだその場に立っていた。
セツガの眼光は、ここに来て以来最も鋭くメイタロウを捉えていた。
それはとるに足らない存在を見る目ではない。敵を見る目だ。
霧が完全に晴れかかり、相対するセツガとメイタロウは再び杖を振りかざそうとする。
そのとき、
「完成した」
「ロド?」
霧の中から現れたロドが、杖を構えて言った。そしてちょうど何か術を唱え終わったところなのか、ゆっくりとその杖を下ろす。
「水を差すようで悪いけど、もう終わりにしようよ」
そこで一つ、こつんと杖で床を突いた。
「天井も大きく開いてることだし、こんな日は星を降らせるのにちょうどいいかもね」
霧が晴れ、視界は完全に開けた。皆の視線は、自然と頭上へと向かった。
焼け尽くした天井の向こうに、それは確かに浮かんでいた。
「嘘だろ?」
「あんなものが、そんな……!」
その場にいるプロ魔術師達が口々に呟く。皆、表情は驚愕に凍りついていた。
空に浮かんでいるのはそれだけのものだ。
「メテオ」
ロドのその一言に、宙に浮かんでいた物体……燃え盛る超巨大隕石は落下を始める。大きさはほぼ競技用フィールドと同等。あれが降ってくればここにいる誰一人助からないだろう。
防御術を張る暇もないし、防御術を張ったところで防げる攻撃ではない。
わああと、声にならない叫びを上げながら、プロ魔術師達が会場の外へと退避を始める。ロドの脇を抜けて、大慌てで入り口の向こうへ走り去っていく。冷酷な暗殺者と言えど我が身はかわいいらしい。
隕石は落下を続ける。
後にはセツガと、床にへたり込んだままのフブキが残された。
ロドはここに来て初めて、口角をニッと上げて微笑む。
「さすがにプロのリーダーともなると、基本は押さえてるみたいだね」
そう言う彼女の頭上で、轟音を上げて落下していた隕石は少しずつ色を失っていく。そして地面に着く前に、空気に溶けるように完全に消えてしまった。
創作魔術。しかし質量のない、幻影として作り出されたものだ。隕石そのものどころか、燃え盛る炎の温度すらその場に残されてはいない。
「質量のない創作魔術はただのハリボテ。あれだけの大技を使うにはかなりの時間を必要とするし、あれだけの術を使うための魔力を消費した気配もなかった。部下達は残念ながらパニックに陥ってしまったようだが」
今の状況を悔しがるでもなく、焦燥を見せるでもなく、セツガが呟く。
メイタロウとスオウもまだその場にいた。メイタロウにはロドがこの場で全員を道連れにするような魔術を使うとは思えなかったし、スオウはセツガ同様、魔力の気配で幻影だと気付いたようだ。
そんな兄弟を見て、
「メイタロウ、今のうちに市長を」
ロドは静かにメイタロウ達に退避を促した。そして自身はセツガと睨み合ったままその場を動かない。
その言葉に青年は一瞬逡巡したが、それを振り払って、スオウとリン市長を先導して走り出す。
この好機を逃してはいけない。このままここで魔術を撃ち合っていても、結局は魔力で勝る向こうが有利だ。時間をかけるほど逃走できる確率は減ってしまう。
それを分かって、ロドは相手の撹乱に出たのだ。
リン市長は相変わらず目を覚まさない。早く救助を仰がなければ、命の危険もあるだろう。
消防のサイレンの音は、もうこのドームのずいぶん近くまで迫っていた。
プロ魔術師達は外に逃げてしまったが、今なら一緒に外に出ても人の目がある。そこで堂々とメイタロウ達を襲う可能性は低い。
それに……。
ロドの瞳は揺るぎなく、何か彼女にしか分からない、この状況を打破する公算の上にこの場に残ろうとしているようだった。
今はロドを信じた方がいい。そう言い聞かせて、青年は彼女の脇を抜けた。
「ごめん、ロド! すぐに戻るから」
謝りながら駆けていくメイタロウに、ロドがちょっと微笑んだ気がした。
「一対一の勝負とは光栄だな、奇跡の学生チャンピオン。……いや、導師院に仇なす反乱者、ロド・フェイデ・ルメギアよ」
巡る影は二つ。会場に残された二人は、冷たい夜気を挟んで対峙していた。
自らを映すセツガの瞳に宿った猟奇的な輝きに、それでも若き魔術師は怯むことはなかった。
セツガの言葉には答えず、ロドはただ杖を横向きに持ちながら相手との距離を測るように歩く。
「計画は失敗。この会場の惨事は、水の組織の名前と一緒に世界中に広まる。……組織は終わりだ」
セツガもまた、杖をかつかつと床に突きながらその場を歩き始めた。
「このような横槍が入るとは予想外だった。まさか『奇跡の魔術師』が本名も隠さず、こんな地方都市の大会に顔を出すとは。哀れな兄弟に肩入れして、正義の味方気取りか?」
そこで天井を仰ぐ。先程まで魔術で生み出された隕石が浮いていた場所を。
「質量のない創作魔術はただのハリボテ。例えどんな巨大隕石を召喚しようと。……ただ、お前ならそれも出来てしまうのではと、その思い込みが部下達に恐怖を与えた。やはり恐ろしい名だ。奇跡のその人よ」
消防のサイレンの音はいまや完全に会場全体を囲んでいる。救助隊がここまで踏み込んでくるのも時間の問題だろう。
その音を聞いているのかいないのか、氷の男は話を続ける。
「計画は失敗か、それは認めよう。では計画が失敗したこちらが今何を成すべきか、と考えていた。……迷うことはない、貴様の抹殺だ!」
怒号とともにセツガが放った冷気が、一気に会場中に広がった。
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