第10話 弟と兄

 雲一つない快晴の昼下がり。

 招待された市庁舎の応接室で、スオウは窓の外を見ていた。


 建て変わっていく街は騒々しく、自分が子どもの頃には想像もつかなかったような摩天楼が、並んで空を突いている。


 企業の金が落ち、絶えず発展していく故郷の姿。それを一望できるこの街の中心に立って、思い返す。

 兄、メイタロウ。

 自分と同じ、魔術師の兄弟。


 子どもの頃はよく一緒に競技魔術の大会に出ていたが、最近のメイタロウはずいぶん実戦から離れていた。

 母いわく、無給で子どものための魔術教室の先生をしているとか。

 その方が優しい兄には合っているかも知れないと、少し納得して実家を後にしたのを覚えているが。


 しかしどうやら彼はまだ戦う魔術師として腐っていなかったらしい。

 誰だか知らないが、若い女性の魔術師と組んでペアの部に出場するようだ。


 長い間実戦を離れていた身で、さすがに本戦出場までは難しいかも知れない。個人の部、ペアの部とも参加する魔術師は幾百人。長大な予選ブロックを勝ち抜かなければ決勝トーナメントには進めない。

 それでも兄が魔術の大会に出ようとしてくれたこと自体が、何だか自分のことのように嬉しかった。

 ……彼には昔、魔術自体を捨ててしまっても仕方ないくらいのある出来事があったから。


「よう、色男。窓際でずいぶん絵になるじゃねえか」


 突然後ろからかかった声に、思わずハッと振り向いた。考え事をしていたために、部屋に入ってきたもう一人の気配に気付くのが遅れたのだ。

 そのもう一人……大柄な体格をした男はズカズカと足下の赤絨毯を突き進み、スオウのとなりに陣取る。


 短く刈り込まれた髪。豪快に口元を囲む髭。

 肩に担いだ大振りな杖がまるで鉈のようだ。


 一見すると肉体派のこの男も一応魔術師。スオウと同じく導師院に属するプロだ。

 男は唇の端だけ上げてにっと笑うと、スオウの肩に腕を回した。


「市長直々に市庁舎にご招待とは、プロってのは最高だね」


 その言葉には答えず、スオウはもう一度窓の外に目を移した。

 男も構わず先を続ける。


「それにしてもスオウよ、市長はお前のことを知ってる風だったのに、お前はやけに素っ気なかったじゃねえか。お偉いさんとはいえあんな美人と知り合いなのに」

「子どもの頃の話だよ。向こうはよく知ってるかも知れないけど、俺はうろ覚えだ」

「ふーん」


 それ以上は興をなくしたように、男はスオウの肩から手を退いた。

 そのまま気だるげに広い応接室を歩き回る。


「まあいいや。お前は女から引く手数多だもんな。大事なのは市長じゃなくて試合だ、試合。プロになってから久しぶりに魔術の試合に出られるが、相手がアマじゃ話にならねえよな。全員軽く一ひねりだ」

「とか言って手を抜いて負けるなよ。プロ降格の対象になるぞ」

「んなこと言ってもなあ。俺達いまだに個人の部に出るかペアの部に出るか、組分けすらされてねえだろ? リーダーもこの大会を舐めきってるってことだ」

「……」

「なあ、お前はどっちに出たい? ペアの部ならかわいいセリーンちゃんと組めるかも知れないが、やっぱり個人の部に選ばれた方が精鋭感が出るよな」


 その言葉になんと答えるか答えまいか、スオウが一瞬迷っていると、


「スオウ先輩!」


 勢いよく応接室のドアが開いた。

 長いまつ毛に彩られた、魅力的な目の若い女性が、ブロンドを乱しながら慌てた様子で部屋に入ってくる。

 さっき話に出ていたスオウ達の同僚の魔術師セリーンだ。


「スオウ先輩、聞きました? 予選のこと……」


 予選。競技魔術大会の予選のことか。

 そういえば時間的にそろそろ各予選ブロックの突破者が決まる頃だ。

 それならだいたい結果の予想はつく。


「どうせフブキが最速でブロック通過したんだろ」

「いいえ。彼より一時間早いタイムでブロックを通過した魔術師がいるんです。ペアの部ですけど」

「え、」

「これが最速通過者の写真です。先輩のお兄さんでしたよね、この人」

「……」

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