其の十六
「何かって?」
煙草から口を離した陸奥さんは少年の質問に応えだした。
「俺、カミさん亡くしてるからなんか分かる。」
これをさっき聞いた時は意外だった、しょっちゅう盛り場に出かけては女遊びを堪能している一生遊び人みたいな陸奥さんに奥さんがいたとは、と。
「結局アイツには助けてもらってばっかりだし、アイツの為に自衛隊に入ったもんみたいだからな。」
陸奥さんは遠くの空を懐古の入った目で眺めていた。そして、
「辛気くせぇ話は仕舞だ仕舞!俺たちはやれることをやるだけだ!」といつも通りの覇気のある陸奥さんに戻った。
「それはそうと陸奥さん、相談があるのだけれど…」「何だ?」
「航空基地、一つ増設出来るとしたら、どうする?」
* * *
それはまさに青天の霹靂であった。と、後になって陸奥さんは語る。
「その当時はまさに孤立無援、って感じだったな。俺たち自衛隊はまだ良い。だってそういう状況を前提に想定して作られた組織だからな。だけど一般市民となると話は別だ。彼らは普段はそんなこと強いられていない。だから有事の際に自衛隊に頼る。だけど自衛官も人の子よ、こういう状態で100%の対応は難しい。そして戦争中の旧軍みたいに柔軟性を失う事だってあり得る。だがな、アイツは柔軟性を失っちゃいない。寧ろそういう状況で冴える奴というか。兎に角、戦慄が走ったんだよ。」
「文先輩。」少年と陸奥さんはオンライン会議中の文先輩を呼び出した。
「ちょっと失礼します。」そう言って席を外した後、文先輩はいつも通り飄々とした感じで二人に訊く。
「何か問題でも?」「いや、そうじゃない。國さんがびっくらぼんなアイデアを持ってきたんだぜ。」
文先輩にしては珍しくキョトンとした様子で少年を見つめてきた。
「ヘリ空港を一つ作って、そこで効率的に物資を運んだらどうですか?」
文先輩はハッとしたような顔を浮かべ、更に少年の言いたいことの大半を理解した。
「つまり、311の時にあった、校庭に大きくHの文字を書いてそこにヘリを着陸させた方法を町単位でやろうというのですね。して、場所は?」
「俺の小学校のグラウンドで行けると思います。幸い大して地割れとかも無さそうですし、何よりスペースが海自の退役間近のいずも型よりデカいので。ヘリ空母みたいにすれば不可能じゃないと思います。」
実際、旧大日本帝国海軍は今少年たちが通っている小学校を接収し空母艦載機乗員の訓練用の飛行場にしていたという歴史がある。事実、戦争が進むにつれて全国津々浦々に旧陸海軍の航空基地が整備され、仕舞いには現在の和歌山県高野町に高野山海軍航空隊が山の中の辺鄙な飛行場と共に創設されるようなこともよく起こっていた。その事を踏まえると旧軍時代の運用の再来とも言えるこの作戦は、ある種の自衛隊が日本の軍事組織としてのDNAに格納されたノスタルジックに僅かながらも作用するような側面があるとも言えなくはない。
「具体的には、臨時のアプローチコースと簡易的な航空管制を設けて、ヘリの離着陸を管理する方式です。ぶっちゃけさっき言ったいずも型の改修前と運用方針は変わりません。」少年は淡々と見解を述べる。
「レーダーは基地内のレーダードームを早急に復旧させれば話は済むと思います。別にレーダーと空港が同じ敷地でないといけない法はありませんのでね。ただ、基地内のアプローチおよびディパーチャーと学校内のタワーの連携が難しくなるので連絡は常に出来る様にするのがミソです。」
文先輩と陸奥さんは手帳を取り出して少年の言った事をメモする。
「そして肝心な進入路と出発路、グランドのスポット区分は、これで宜しいでしょう。」
少年はそこに転がっていた一本の鉛筆を取り、学校のグランドとそこのスポットの略図と、街の地図に進入路と出発路を書いた。
「進入路は町の南側の山脈に沿って、出発路は進入路との高度棲み分けで各機の自由に任せます。スポットについては見ての通り四箇所設けます。一応オスプレイにスポットサイズを合わせていますので、よっぽどでない限りオールマイティに対応できます。そして、青線で示したのは物資集積所として用いる体育館とヘリを結ぶ台車の動線です。」
少年は近くに転がっていた緑茶のペットボトルを取り上げてパキッという音と共に開栓し、ゴクゴクと一気に半分程度飲んだ。
「ハア、ここから輸送可能量をトン数で表します。例えば我が陸自の大型輸送ヘリCH -47JBの輸送量を一回一機当たり十五トン、着陸から離陸までの作業時間を十五分と仮定します。そうすればフル稼働で一時間あたり二百四十トン、一日では計算上五千七百六十トン輸送できます。尤も第二次大戦後の西ベルリン閉鎖で、西ベルリン市民二百二十万人が一日平均五千トン程度の空輸物資で生活を送ったという事を考えると、人口十五万のこの町ではキャパオーバーですが。なので実際はもっとゆとりを持って運用できると思います。」
少年から一通りの説明を聞いた文先輩と陸奥さんはあまりにも驚いたのか、暫く沈黙していた。
そして文先輩が、
「ほお、それは盲点でした。では早速これを具申しましょう。」
と言って席に戻ろうとするとどうしたことか、すぐに踵を返して少年の所に戻って来た。
「そうだ國さん。國さんが意見具申をしてみませんか?」
は?
* * *
オイオイオイオイオイオイ、何でこうなった⁉︎
え、何かって?寧ろこっちが聞きたいよ。
何で俺が自衛隊の頭たるゴツいオッサン達相手にプレゼンしなくちゃならんのだ⁉︎
画面の向こうには錚々たる名前が並ぶ。
・陸上自衛隊第三師団師団長
・陸上自衛隊陸上幕僚長
・海上自衛隊自衛艦隊司令官
・航空自衛隊航空総隊司令官
・航空自衛隊航空支援集団司令官
・防衛装備庁装備官(統合装備担当)
・防衛省統合幕僚長
ガチである。将官クラスを相手にしなくてはならない今、少年の掌には手汗がベットリと噴き出ている。
今まで生きるか死ぬかを賭けた戦場の圧迫感とはまた別の凄まじい圧を、これが大物の圧かとヒシヒシと画面越しながらも感じる。
とは言っても少年も武士、硝煙の阿修羅を潜りし者。このような大物相手に尻尾撒いて逃げるタマではない。
一度深呼吸をして息を整える。
少年の目付きが少し鋭利さを帯びた。
「では、発案者に話を移します。白沢三曹、前へ。」
文先輩がヘッドセットをオンにするよう合図して来た。
ヘッドセットの電源ボタンを押して、なるべく落ち着いた口調で話す。
「お初にお目にかかります、陸上自衛隊第3師団第3情報大隊第365沿岸警備隊所属、白沢國男三等陸曹です。現状余裕がないので、早速説明させていただきます。」
テキパキとなるべく手短に説明をする様に心掛けたが、それでも慣れない顔ぶれの中で自分の作戦を伝えるのが初めてだったせいか、途中一瞬言葉に詰まった。だが、なんとか無理矢理説明し切った。
「以上がおおよそのシステムの説明となります。またこれを他の被災地にも応用して、罹災した住民や救護活動にあたる各行政機関の負担を軽減できます。ここまでご静聴ありがとうございます。何かご質問や至らぬ点はございませんでしょうか?」
* * *
「一つ宜しいかな。」
日向空将補が少年に質問して来た。
「何でしょう?」
「少々厳しいかもしれないが、そもそも自衛隊や米軍、その他の国の救助のヘリにこの運用に堪えうる機数は有るのかという事自体が疑問である。それに他の被災地のこともある。それを踏まえた予測を立てられぬとは、ヘリを出すことになる我が集団に若干の疑義を抱かせるようなことにもなる。そして隊員一人一人の疲弊も今までの比じゃない。そうすれば不測の事故も起きかねんのだ。そこまで考えているのかね、全く。」
日向空将補は少し溜息を吐く。
「貴様には解るか、この航空支援集団司令官という役に課された責務というのを。」
その言葉は静かながらも、微かに、確かな怒りを含んでいた。
「申し訳ございません。」
少年は直ぐに頭を下げた。と同時にこの日向という空将補は情に篤い指揮官だな、と思った。
「まあ、見た限り防大も出てない若造の三曹だ。正直に言うと、伍長風情が変な作戦を持って来おって、と最初は思ったのだが、その割にはイイもん持って来たな。そこは評価しているからそう気を落とすな。」
「ありがとうございます。」
また少年は一礼した。
「構わん構わん。元々ここに居る連中どもは堅苦しいのが嫌いなメンツだらけでな。そうだ、これ見ろよ。」
日向空将補は画面共有を開始した。すると随分と素っ頓狂な画像が出てきた。
「何ですか、コレ?」
流石の文先輩も苦笑している。陸奥さんは笑顔が引き攣っている。
「懐かしいな、コレ。」
「コレはしこたま怒られたけど、防大での一番の思い出になってしまったな。」
と、口々に将官連中は懐古の言葉を発する。
「ワハハハハ!懐かしいのう、フル○ン軍団騒動。」
どうやらここに居る将官連中が防大生時代に起こした騒動らしい。三十人ぐらいの軍団がチ○コ丸出しで走っている写真だった。
コレは緊張緩和というよりただ寒いだけのような気がしたのは気のせいにしてはならない。
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