3.山の上の出張所

 前方に大きな朱塗りの鳥居が見え始めると、道路脇には燈籠の形を模した外灯と、松の木、大きな岩などが並び始める。それらの奥には幅の広い歩道が造られており、更に奥には食事処や土産物屋や宿などが軒を連ねていた。


 市街地からも、一番近い集落からも、かなり距離のある場所なのに、ここだけ人が集まって栄えているのは、『御橋神社』に参拝する人が多いからだ。当県を観光バスで巡るツアーには、必ず含まれているといっても過言ではない。

 詳しいことはわからないが、祀られているのは、私でも名前を耳にしたことがあるような、神話に出てくる神様だった。


 すぐ近くにいくつか温泉が湧いていることも大きい。神社の脇にも、誰でも簡単に利用できる足湯が設けられている。

 旅館で借りた浴衣を着て、散策している若い女性の姿を見ると、ちょっとした旅行気分も味わえた。


(と言っても今日から、ここが私の職場なんですけどね……)


 『そよ風宅配便』の『山の上出張所』は、本当に神社の大鳥居のすぐ隣にあった。

 建物の横にある空き地に車を停め、雅司から預かった鍵で、店舗の入り口の扉を開錠する。


「開いた……」


 今時めずらしく自動ではないガラス扉は、開くのに多少の力が必要だが、力をこめて押せば問題ない。

 入るとすぐにカウンターがあり、その向こうはそれなりに奥行きがあるが、来客が立つこちら側は、人が三人立てる程度のスペースしかない。


「本当にちっちゃな店舗だな……」


 向かって左側の、カウンター入り口の前に置かれた古い大きな計りを見ながら、私は電灯のスイッチを点けた。


 するとすぐに、ゴトゴトゴトと外で音がして、着物姿の恰幅のいい中年女性が、汗を拭きながらガラス扉を押し開けて入ってくる。


「あなたが新しい宅配便屋さん? よかった来てくれて……田中のお爺ちゃんが急に具合悪くなっちゃったでしょう? こっちは土曜日から預かってる荷物があるのに、いったいどうしようって……」


 言いながら女性は、いくつかのキャリーバッグと紙袋を店舗へ運び入れる。

 慌ててそれを手伝いながら、私は簡単に自己紹介をした。


「今日からここで働くことになりました。芦原瑞穂です」

「瑞穂ちゃんね。私は『梅の屋』の多香子。よろしくね」

「よろしくお願いします」


(梅の屋……)


 参道にいくつか並ぶ旅館のうち、門構えも立派な、一番大きな宿を頭に思い浮かべて、記憶に刻んだ。


「うちに泊りのお客さまが、急いで持って帰らなくてもいい荷物を送りたいって時、いつも利用させてもらってるの。月水金の営業日には、だいたい毎日来るわ。これが今回の代金……領収書は次に来た時でいいわ。じゃあまた水曜日にね」


 封筒に入ったお金を私に手渡すと、多香子さんは慌ただしく帰っていった。


「ありがとうございますー!」


 店舗前で頭を下げて見送る私を、多香子さんはわざわざふり返って大きく手を振り、荷物を載せてきたらしい台車の音をガラガラガラと響かせて、帰っていく。

 それを見送ってから、預かった荷物をひとまずカウンターの中へ運んでいると、奥に扉があることに気がついた。

 開けてみると、私が車を停めた空き地へ続いており、どうやら配送車への荷物の受け渡しはここからするのだろうと、察する。


「なるほど」


 営業所内はそれですべて。本当に必要な設備しかない、小さな店舗だ。

 一脚だけの椅子に腰を下ろすと、背もたれが高くてなかなか座り心地がよかった。


 左右の壁には、伝票が積まれた棚と、ぶ厚いバインダーが並ぶ書棚。

 先ほど多香子さんから預かった封筒の中から、店舗控えの伝票をとり出して、もっとも新しい日付けのバインダーに綴る。


 金額の合計を確かめて、カウンターの引き出しに入っていた売上帳に書き入れ、水曜日に渡す領収書を準備して、足もとにある金庫に現金をしまってしまうと、私の仕事は終了した。

 これを途切れることなくくり返し続けていた昨日までの業務に比べたら、雅司の言うようにずいぶん楽な仕事だと思った。


(楽過ぎて、することがない……)


 退屈しのぎに、回転もできる椅子で子どものようにくるくる回っていると、ガラス扉に人影が映った。ずいぶんと背が低い。どうやら重たい扉を押し開けられないようだと感じ、私はカウンターを出た。


「いらっしゃいませ」


 扉を開けながら声をかけると、かなりの年配のお婆さんが、腰を曲げながら入ってくる。


「どうもありがとうね。あら、庄吉さんは? 代わりの人? 今度はまたずいぶん可愛い若いお嬢さんねえ」

「芦原瑞穂です。これからよろしくお願いします」


 褒められたことに気をよくしたわけではないが、お婆さんがここまでひっぱってきたらしい簡易のカートから小さな箱を下ろし、荷物を中へ運んであげた。


「これを送るんですか?」

「そうそう、たくさんできたから、娘に」


 中には立派なサツマイモがぎっしりと入っていた。

 お婆さんが口頭で伝えてくれる住所を伝票に書き入れながら、話に耳を傾ける。


「野菜なんて都会にもいっぱい売ってあるって怒られるけど、出来たらやっぱり送らずにはいられんねー……孫にも食べてもらいたいけんねぇ」

「そうですよね」


 大切に荷物を預かって、代金のお釣りを渡していると、お婆さんが手提げ袋の中からアルミホイルの包みを取り出した。


「これ。いつものおすそ分けで庄吉さんのぶんも持ってきたから、瑞穂ちゃんが食べて。またね」


 来る時はひっぱってきたカートを、手押し車代わりに押して帰っていく背中を見送り、私はアルミホイルの包みを開けてみた。


「焼き芋だ!」


(なるほど……水道横の茶棚の中の、急須と茶筒と湯呑みと、電気ケトルの意味がわかったわ……)


 前任者の田中庄吉さん(おそらく)が揃えていたらしいそれらのものを、私もお借りし、一服することにした。

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