第4話

 私が辺境伯領に顔を出せることになったのは、ヴィルヘルム様と無効化アイテムの話をしてから二週間後のことだった。


 その間に、ヴィルヘルム様は私たちの元にいくつか無効化アイテムを届けてくれた。お父様に確認してから伝えたのだけれど、数は思っていたほど多くはならなかった。

 実はお父様にその話をしてみたら、私たち家族や近しい使用人たちは、すべての服に無効化アイテムをボタンなどにして忍ばせていたらしい。どうりでお兄様たちがイーナ嬢の毒牙にかからなかったわけだ。

 私がなかなかイーナ嬢をあやしいと思わなかったのは、それもある。お兄様たちに近付いてきては、その度に玉砕していたからだ。お兄様たちが私を溺愛しているから、私を敵対視する方を遠ざけていると思っていた。

 だから、ヨエル様たちはイーナ嬢の何事にも積極的で明るく魅力的なところや、巧みな話術に好意を持ったのだろうと考えていた。でも、魅了の効果だけではなく、私は本当に彼女自身の魅力的な部分に惹かれたところもあったと思うのだ。それが良い結果にならなかったのは残念だったけれど。

 そんな訳で、ヴィルヘルム様にはアイテムを身につけていた私たちの分と近しい使用人の分を抜いた数をお願いした。料理人や庭師に至るまで配布し、身につけてもらうようにしたのだ。

 これでだいぶ安心感がある。少なくとも、我が家と辺境伯邸では他人を疑うことなくリラックスできるだろう。


 竜舎の問題は、今までと同様に私の竜にお願いすることにした。本当は辺境伯領にリヨンを連れて行くつもりでいたのだけれど、どうしても竜舎でまとめ役がいない。竜舎内での序列は一番が私で、その次が私の竜であるリヨンなのだ。その次に当たる竜は気性が荒くまとめ役には向いていない。リヨンを連れて行ってしまうと、収拾がつかなくなってしまうのだ。

 今までも私が領地を離れているときはリヨンにまとめ役をお願いしていた。そこで、淋しいけれど竜舎内では一番温厚でまとめ役に適しているリヨンに残ってもらうことにしたのだ。隣の領地なので、何か問題があればすぐに駆けつけることもできるし、顔を出しやすい。あまりストレスをためないうちに顔を出そうと思っている。


 他にも細々とした問題はあったけれど、なんとかうまくまとめることに成功した。

 良かった、これでヴィルヘルム様のところに顔を出せると、私は安堵の溜め息を吐く。

 急いで顔を出す必要があったのは、辺境伯領がこの時期とても落ち着いているからだ。もう少しすると雪が降り厳しい季節になる。雪に覆われてしまうと、いくら隣とはいえ高い山がそびえ立っているし、天候は悪いしで行き来がしにくくなるからだ。

 結婚式までは互いの領地を行き来し合い、様々なことを学ぶ期間にしようと話していた。私はヴィルヘルム様に魔獣に関する知識を伝え、ヴィルヘルム様は私に戦闘や国境警備についての知識を授けてくれる。

 タルヤ様が前線に立っていたのだから、私も守ってもらうばかりではいけない。幸いなことに、竜には乗れるし弓の腕も魔術もそこそこだった。足手まといにならない位には動けるはずだと思っているけれど、ヴィルヘルム様には不安そうな顔をされている。まあ、どの程度戦力になるのかは見てから判断してもらおう。

 それに、私が魔獣たちと話し合えば、もう魔獣との戦闘は行なわずに済むと思う。だいぶ辺境伯領としての負担は軽くなるはず。これからは国境警備を重点的に行なうことになると思うのだ。そのことについても話し合いが出来れば良いと思っている。


 今回は数日あちらに滞在する予定なので、着替えやお土産なども用意した。婚約式に参列してなかった重要ポストの方たちとの顔合わせと、領地視察をする予定になっている。よそ者の私だけれど、少しでも皆に認めてもらえたら嬉しい。

 レラも辺境伯領まで一緒に来てくれることになって心強い。だけど、彼女は竜に乗るのが初めてだった気がする。大丈夫かしら。

 本当はリヨンに乗っていこうと思っていたけれど、ヴィルヘルム様が迎えに来てくれるそうなのでお願いすることにした。ここ最近は私が領地にいたので、リヨンの感覚も鈍っているかもしれない。良いリハビリになると思う。

 今は危険もないということだから、少数精鋭で迎えに来るのだろう。ヴィルヘルム様とレラを乗せてくれる方一人、そして念のための護衛が一人くらいかしら、と勝手に想像しているけれどどうだろうか。

 あちらの竜は気性が荒い子もいるから、初めは刺激せずに慣れてみようという話になっているけれど、心配無用だと思う。出会ったばかりの野生の成竜と仲良くしている位なので、子どもの頃から人に育てられている竜ならば簡単に懐いてくれるだろう。



 そろそろかしら、と窓辺で待っていると竜の大きな羽ばたきが聞こえ、庭の開けた場所に舞い降りるのが見えた。こちらと辺境伯領は馬車では一日がかりの行程だけれど、竜だと半日もかからず行き来が可能だ。

 すでに荷物は玄関先まで下ろしてあったから、身一つでヴィルヘルム様の元へと向かう。何日ぶりのヴィルヘルム様だったかしら、とお気に入りの紺色のドレスの裾を翻しながら辿り着くと、ヴィルヘルム様の輝かんばかりの笑顔が待っていた。それにつられて笑みがこぼれてしまう。


「やはり、その色も似合うな」

「先日はこちらをありがとうございました。私も気に入っております」


 ええ、もちろん似合う色をヴィルヘルム様が選んでくれたし、贈ってくださったので!

 ヴィルヘルム様からいただいたものは、なんだってお気に入りに決まっている。

 それにデザインも可愛らしい雰囲気ではなく、かといって大人びているわけでもなく、今の私にぴったりのものを選んでくれた。こういうところがヴィルヘルム様をさらに良い男に見せる部分だと思う。だって、今の私をしっかりと見てくれているってことだから。

 背伸びしなくてもそのままで良いと言われているようで、単純な私は安心する。こういうところに、何度も何度も恋をするのだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る