第2話

 マナー違反を恥じることなく押しかけてきた廃太子ご一行様は、ティーカップを持ったままの私の前に立ちはだかった。私はわざとゆっくりティーカップを置き、咳払いをしながら全員を見渡す。

 廃太子にイーナ嬢は前回のことがあったから一緒に来るのは想定内だ。しかし、イーナ嬢のアクセサリーのようになっている攻略対象者三人は、今まで皇太子殿下の手足となるべく育てられた者たちだ。それが、この有様で本当にどうするんだろう。国王陛下からの便りに全員廃嫡されたと書いてあったけれど、なんというかこういう行動が愚かと思われる所以なのだと気付いて欲しい。もう、こういう行動をしている時点で、廃嫡もやむを得ないと思われてしまうんだよと教えてあげたい。

 元は思慮深く思いやりもあった方たちだったのに、どこで狂ってしまったのだろうか。国のことを考え、民の暮らしにも目を向けていた有能株だったんだけれども。

 ゲームでイーナ嬢に惚れた攻略対象者って、こんな感じだったかなあ違うような気がするんだけどなあと考え始めたとき、ヨエル様が声を上げる。


「お前のせいで俺たちは廃嫡された」


 この期に及んで私のせいにするところが、心の底から愚かだと思う。

 騎士団長の息子でツンツンした赤髪が特徴で美丈夫のオースティン様は、拳を握りしめ私を睨んでいる。私、わりと仲が良かった気がしたんだけれど、完全に敵認定されているみたい。

 緑髪で温和な表情が素敵と人気のあった図書館の君であるボエル様はいつもの糸目はどこへやら、憎しみこもる目を私に向けていたし、隠密行動が得意な黒髪のアロルド様は殺気のこもった視線を向けてくる。


「それでわざわざここまで?」


 気にせずに、私はわざと溜め息を吐きながら呆れたように告げる。


「もし、それが本当に私のせいだったとして、ここにくればなんとかなると思ったのですか? 国王陛下の決定に異を唱えるならば、それ相応の覚悟が必要なのはご存じのはず。今の私はあなた方とは無関係です。その私が、国王陛下の決定を覆すことができるとでも?」

「できるだろう、お前なら」

「ヨエル様が自ら、私のことを役立たずで要らないとおっしゃったではないですか。そんな役立たずに今更なにを期待されているのか分かりませんわ。……それに、私は今色々と忙しいので、そのようなことに構っている暇はございません。お引き取りを」


 振り切られた執事が警備兵と共に駆けつけてきたのを見て、私は指示を出す。

 いくら頼まれても、こればかりは私でもどうしようもない。すでに国民に告知されている話だ。それに、この状態で廃嫡を無効にされても、とんでもない人物たちが上層部に行くだけだ。国を滅ぼす手伝いなどしたくない。

 警備兵に取り囲まれながら、イーナ嬢がこの部屋に入ってきてから初めて声を上げる。髪を振り乱しながら叫ぶ姿は、愛らしさの欠片もない。これでもいいのかしら、取り巻きの皆様。


「信じられない。ヨエル様がこんなに頼んでいるのに!」


 こんなにもなにも、お前のせいだと言われてお前ならできるだろうしか言われてないけれど。頼むというのは頭を下げないにしても、お願いします、って言うんじゃないかしら。あれで頼んでいるつもりなら、根本的なところから学習し直した方が良い。

 いくら傷つけられたからといっても、悪意を持って冷たく当たっているのではない。しかし、ここで頷いてしまえば最悪国が滅ぶのだ。


「頼まれたからと言って、私が必ず助けなければならないとでも? 私は大々的な場所でヨエル様に婚約破棄もされ、すでに新しい婚約者がおります。ですので、私が何か難しい決定をくだす際にはヴィルヘルム様に相談しなければなりません」

「そ、そうよ! あの婚約者にあなたが助けてって言えば良いじゃない」


 私は首を傾げながら告げる。この頭がお花畑のイーナ嬢は何を考えているのだろう。


「どうしてかしら。ヴィルヘルム様にはあなた方の廃嫡などまったく関係がないし、あなた方はすでに私にも関係のない方なのに」

「関係ないわけないでしょ!」

「関係のない方々ですわ。ねえ?」


 私は部屋にいる者たちに声をかけた。私の言葉に、執事もレラも警備兵たちも、皆が頷く。この家の者たちは、私をぞんざいに扱い始めたヨエル様を前々から良く思っていなかった。だから、少しも躊躇うことなく頷いたのだろう。

 その様子に廃太子ご一行様は、大きく目を見開き睨み付ける。立場的にはこの家の者たちの方が、平民となった皆様よりも立場が上だと思うのでそんな顔をしないでもらいたいのだけれど、聞く耳を持たないでしょうね。


「こうして毎度押しかけてこられても、私はお手伝いできませんし、また、するつもりもないので、今後はよくお考えになってから行動された方がよろしいかと」

「お前は……!」

「私、こうなる前に何度も忠告しましたけれど、聞く耳を持たなかったのはヨエル様たちですわ。皆で泥船に乗ってしまったのが運の尽き。慎ましく生きていくだけの金銭は持たされていると聞いております。どうぞ皆様、お体に気をつけて」


 私は何か言おうとしたヨエル様に背を向ける。

 本当に、どうしてこうなってしまったのだろう。皆が幸せになる結末があっても良いと思うのに、うまくいかない。でも、ここで情けをかけるわけにはいかなかった。今後、何か援助することもあるかもしれないけれど、それは今ではない。

 最後に言った体に気をつけて欲しいというのは本心だ。身の丈に合った暮らしをすれば、そこまで酷い暮らしになることはないはずだし。私は彼らにどん底で不幸になってもらいたいわけではない。ただ、自分の立場を思い出し、頭を冷やして自分を見つめ直して欲しいと思う。

 目の端に項垂れて連行されるヨエル様たちが見える。その中で、イーナ嬢の目つきが気になった。私のことを憎悪の瞳で睨んでいた彼女は、何かしでかしそうな気がする。

 私は一度、彼女も転生者ではないのかと疑ったときがあった。しかし、転生者としての片鱗もない彼女は、ただ奔放に振舞う美形大好きな女の子だった。その彼女が、何かを企んで実行に移すことができるだろうか、と考え首を振る。

 彼女一人では何もできないだろう。けれど、彼女は男性を虜にする。それをうまく使って、何かをやろうと思えばできるかもしれない。

 門の外に出された面々を眺めながら、私は彼らが聡明に戻り伸び伸びと生きていくことを祈りつつ、さようなら、と呟いた。

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