外伝:「取り残されたリリスのその後」
大和たちが旧王都フランプールに向かった同時刻、ジェスタの町に残された人物がいた。
「んっ、んん~」
教会跡地、その場所がもはや彼女にとっての住処になりつつあった。リリス・ライラー、直属の上司であるグレモリーの密命を受け、勇者の動向を監視する任務を仰せつかった魔族で、メフィストフェレス直轄の第3部隊の部隊長でもあった。
朝方、大和たちがフランプールに向けて旅立ったが、彼女は昼を過ぎても起きてくる気配がない。
『リリス、リリス・ライラー応答せよ』
突如、彼女の頭の中に自分の名を呼ぶ声が響き渡る。惰眠を貪っていた彼女の意識が、現実の世界へと引き戻された。
『リリス・ライラー、私だグレモリー・グレゴリアだ』
頭の中で響き渡る声と自らの上司の名を理解した瞬間、彼女は飛び起きてグレモリーに応答する。
「は、はひ! こちらリリス、いかがされましたでしょうか? グレモリー様」
先ほどまで眠っていたため、少々焦った声で答えるリリスに訝しげな思いを抱きつつも、用件を伝えるべく彼女に語り掛ける。
『勇者コバシヤマトの動向はどうなっている? 何か動きはあったか?』
昨日大和から逃げるように教会跡地に戻ってきた後、自分の失態に打ちひしがれ、いろいろと考え事をしているうちに、定時連絡を忘れて気が付けば眠ってしまっていたのだ。
報告が上がってこないことを不審に思ったグレモリーが、どういう状況か確かめるべく、彼女直々にリリスに連絡をしてきたのだ。
「はっはい! 特に異常はありま……」
そう言って、彼女は言葉を切った。実はグレモリーに異常はないと報告すると同時に、勇者である大和に対し、魔力探知の魔法を展開しながら彼の居場所を特定しようとしたのだが、探知魔法を使っても大和の居場所が特定できなかったため、報告の言葉が途切れてしまったのだ。
『どうしたリリス? 何かあったのか?』
リリスが途中で言葉を切ったことを不審に思い、改めて彼女に問いかける。一方のリリスは、探知魔法の範囲をジェスタの町全体に広げてみたものの、大和の魔力を一向にキャッチできず、内心焦りの色を浮かべていた。
(なぜだ!? なぜヤマトの魔力が感知できない?)
幾つかの可能性を考慮するとともに、その可能性を消去法で潰していった結果、一つの答えに行きついたリリスはグレモリーの問いに返答する。
「グレモリー様、少々お時間をいただいてもよろしいでしょうか?」
一呼吸の間があったのち、グレモリーは彼女の要求を許可した。その後、懐から直径15センチほどの真っ黒い玉を取り出すとその玉に魔力を込める。
その玉は、彼女の探知魔法をさらに広範囲にまで広げるための彼女専用の増幅アイテム【闇水晶】という代物だ。もともと彼女は魔族の中でも一、二を争うほど探知能力に優れた者で、その能力を買われて第3部隊の部隊長の座にまで上り詰めたのだ。
漆黒に鈍く光り輝く水晶が彼女の探知能力を増大させ、勇者の魔力を捉えるべく探知の魔法を行使すること数分、ようやくターゲットの魔力を捉えたリリスは、その結果をグレモリーに伝える。
「グレモリー様、どうやら勇者はジェスタの町から出発し、現在は旧王都フランプールにいる模様です」
『そうか……報告ご苦労、ところでリリス。先ほどの口ぶりからすると、勇者の現在地を把握していなかったということだな? その間一体何をしていたのだ?』
痛いところを突かれ一瞬固まるリリスだったが、持ち前の頭の回転の速さを活かし、即座に返答する。
「はい、勇者の情報を集めるために諜報活動を行っていましたところ、入手した情報の中にしばらく奴がこの町に滞在するという情報があったため、まだ動き出すことはないとタカをくくっておりましたが、その情報に反して予想以上に早く勇者が動き出したために、把握が遅れてしまいました」
正直に情報の把握不足を認めると同時に、自分の行っていた活動内容を報告することで、決して怠惰によるものではないという印象を与えることができる。それが証拠に……。
『そうか……大儀であった。引き続き勇者の動向を監視し、定時連絡を怠るな』
リリスの報告に満足したのかそれだけを伝えると、頭の中に響いていた声は霧が晴れるように消えていった。
グレモリーとの通信が終わった瞬間、膝をと両手を床に付き彼女はうなだれた。
「危なかった……」
なんとか事なきを得たリリスは、グレモリーとの通信の解放感に安堵の色を示す。しばらくその状態を続けていたが、不意に立ち上がると誰に語るでもなく独り言を漏らす。
「それにしても、僅か1日でジェスタからフランプールに飛ぶとは。どんな魔法を使ったのだ?」
まだ勇者と知り合って日が浅いため、彼の情報不足が否めなかったが、もはやジェスタの町に奴がいない以上ここにいてもしょうがないため、奴に追いつくべく一先ずフランプールを目指すことにした。
「待っていろ……必ずや追いついてやるからな。ヤマトっ」
最後に呼んだ彼の名の呼び方が、どことなく好意に満ちた言い方だったことを、今の彼女が知るすべはなかった……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます