40話:「リナの使命と新たな戦いの火種」



「さて、シェーラ」



 大和とエルノアの背中を見送った後、すぐさまバイゼルはリナに向き直り、彼女に与えた密命の進捗状況を確認する。



「例の計画はどうなっていますか? ヤマト様と接触はあったのですか?」



 彼の言っている接触というのは、つまりは性行為のことである。もうお分かりだろう。バイゼルがリナを旅のお供にした真の理由、それは……大和との間に子供を作らせるためだったのだ!!



「それが、そのぉ……」



 バツが悪そうに答える彼女を見てまだ計画が進んでいないことを察知したバイゼルは、盛大なため息をついて彼女に語り掛ける。



「あなたをこの魔王討伐の旅に同行させたのは、遊びに行かせるためではないのですよ? いずれ勇者であるヤマト様は魔王を討伐されたら、元の世界に戻られてしまう。 だからこそ、あの方がこの世界に子供を残してくだされば、次の魔王が来た時もその対応ができるというもの」



 バイゼルの言っていることは、一見するとひどい物言いのようでもある。だが、この世界に属する者として平穏を願うことは至極当然のことである。だからこそ、勇者の血を引くものを残してもらえれば、新たな魔王が進行してきたとしてもそれに対する対策ができるということなのだ。



 他にも力を持つ神官がいたにもかかわらず、選抜しなかったのはこの理由からである。



「私も何もしてなかったわけではありません! 私だって……」



 リナは今まで自分が大和に対してしてきた変態プレ……もとい、アプローチを思い出しながら顔を染め上げ、弁明する。



 そんな彼女を見てバイゼルは納得はしてくれた様子だったが、真剣な表情を作って改めて、リナに指令の内容を伝えた。



「ともかく、あなたの旅の目的は魔王討伐ではなく、ヤマト様との間に子を成すことだと知りなさい! いいですね!!」


「わかっております。 このリナ・シェーラ必ずやヤマト様を籠絡させて見せます! この世界のため、何よりも自分自身のためにも……」



 決意に満ちた表情を浮かべた後、【だらしのない顔】を作る彼女に一抹の不安を覚えながらも、こんなふざけた任務を他の者に任せるわけにはいかないと、心の中で思いながら、バイゼルは手を自分の頭に乗せまるで頭痛がするかのように、左右に首を振る仕草をするのだった。








 一方、リナと別れた大和とエルノアは時間が余っていたので、暇つぶしがてら町を見て回ることにした。フランプールと比べると、規模は比べ物にはならないものの、活気と賑わいは甲乙付け難いといったほど人々の喧騒で溢れかえる。



 しばしの間、エルノアと他愛のない会話を楽しみつつ、出店を回る。傍から見れば完全にデートなのだが、当の本人である大和はそう思っていない。



(うーん、ちょっと小腹が空いたな……)



 そんなことを考えているとは露知らず、エルノアはこの二人っきりの状況をチャンスと見て、死に物狂いで彼に取り入ろうとしていた。



(もちろん、他の人が見たらただのデートなのだが……)



 すると二人の目の前に、風車をモチーフとした看板が掲げられた一軒の店が見えてきた。ジェスタの町で一、二を争うほどの人気の食事処でもある【輝く風車亭】だ。丁度腹も減っていたこともあり、連れだってそこで食事をすることにした。



 大和は以前に食べたことがあるので、この店の味を知っているが、エルノアは初めてのため期待半分、懐疑半分といったところだ。



 注文した料理が運ばれてくる、そして二人の目の前に料理が配膳され、頼んだ料理が出揃った。ちなみに今回注文したのは、【大イノシシの焼肉】と【10種色とりどりのフレッシュサラダ】そして、この世界の主食にもなっているいつもの褐色色のパンである。



 エルノアは初めてだったということもあり、大和と同じものを注文した。。料理の味はやはりというべきか美味であった。美味しい料理に舌鼓を打ちつつ、ペロリと料理を平らげた二人は、しばらく休憩ののち店を後にした。



 余談だが、勘定をしようとしたら店主が「勇者様からお代はいただけません」と言ってきたが、こんなことが毎回あっては悪いと思ったので無理矢理お金を押し付けた後、「また来る」と告げ【輝く風車亭】から歩き出した。



 しばらく歩いていると、ふと大和がとある人物のことを思い出した。



「そうだ、あの子は元気かな?」



 せっかくジェスタに戻ってきたのだから顔を出すのも悪くないと思い、大和はある場所に向かって歩き始めた。



 目的の場所に着くと、そこには以前と変わり映えのしない光景が広がっていた。



 営業中という掛札がかかった扉を開けると、中にいた人物が挨拶をしてくる。



「いらっしゃいませですのん。ってヤマトさんじゃないですの?」



 大和の姿を認めると、太陽のような笑顔を向けてくる少女。いや、幼女と言った方が妥当な気もするがここは敢えて少女としておこう。



「久しぶり、マーリンちゃん」



 大和は店の定位置にちょこんと座っている少女に声を掛ける。このジェスタの町に魔族が襲来した際、大和たちと共に戦った魔術師で見た目とは相反する実年齢を持ち合わせた彼女の名は【アングラーズ・マーリン】。マーリンは大和のやや後ろに控えている妙齢の女性を一瞥すると即座に問いかける。



「ヤマトさん、そちらの女性はどなたですのん? 紹介してほしいですの」



 そういう彼女の目がまるで獣が威嚇するかのような敵意に満ちた視線に変わるが、それはほんの一瞬の出来事のため、その敵意に気付いたのはエルノアだけだった。



(この子、なかなかやるですのん……)


(この人も、ヤマト様のことを?)



 二人がそういう感情を抱いていることを知る由もない大和が、つつがなくエルノアを紹介し、お互いに挨拶を交わす。



「は、初めましてですのん。この店の店主アングラーズ・マーリンですのん」



 当り障りのない挨拶をしたが、少しばかり顔が強張っていた。それを察知したエルノアも、警戒心を抱くが相手が挨拶をしてきているのにそれに応えないのは失礼なので、彼女もまた自己紹介をする。



「こちらこそお初にお目にかかります。ヤマト様にお仕えしているエルノアと言います。見ての通り、エルフ族でございます」



 そう言って、視線と視線がぶつかる。この時二人は、お互いが一つの獲物を奪い合う者同士という感覚を覚えた。



(この子もヤマトさんのことを……)


(どうやら侮れない相手のようですね……)



 そう思いながらも、ぎこちない笑いをお互いに向け合いながら、お互いが恋のライバルになるということを二人は理解した。



 そして、そんな状況にあるとは一ミリも思っていない大和は、旅のいきさつを話しながらマーリンと談笑した。



 30分ほど話していただろうか、一通りのいきさつを説明し終えた大和は、一度自分の家に戻るため、踵を返し店を後にしようとマーリンに話しかける。



「じゃあ俺は家に帰るから、マーリンちゃんまた今度ね」



 そう言って、店の扉に手を掛け、外に出て行った。大和がちょうど店を出るタイミングで、マーリンがエルノアに声を掛けた。



「エルノアさん、ちょっといいですのん?」



 彼女の真意に気付いたエルノアも、大和を外に残して正面に向き直す。そして、彼女が先制攻撃のパンチを繰り出した。

(物理的な意味ではなく)



「それで、ヤマトさんとどこまでいってるですのん……」



 先ほどより若干低めの声でエルノアに問いかけたマーリン。その雰囲気は歴戦の戦士のような重圧を思わせるようだったが、女の戦いにおいて遅れをとるわけにはいかない彼女もまた、目の前の戦士に噛みつく。



「それを話す義務はありませんが、そうですね。手は繋ぎましたとだけ言っておきましょうかね」



 そう言うと目を見開き、睨みつけてくる彼女に対し、自分の女としての勘が正しかったことを改めて理解した。



「そうですのん。でもいい気になっているのも、今のうちですのん……」



 そう言いながら敵意むき出しの声色で言い放つマーリン。全く恋する乙女は恐ろしい……。



 だが、常に行動を共にしているエルノアの方がマーリンよりもチャンスがあるためか、余裕の態度で彼女をあしらうエルノア。



「まあせいぜい頑張ってくださいませ。ヤマト様のただのお知り合いのマーリンさん」



 そう言って、大和のあとに続き扉を開け外に出ていく。その後、二人がいなくなった店内には殺伐とした雰囲気が漂っていた。エルノアが出ていった扉を睨みつけながら、マーリンは誰に応えるわけでもなくただ呟いた。



「こうしちゃいられませんですのん……」



 こうして、また新たな恋という名の戦いの火蓋が切って落とされたのであった。

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