第四話 避けて通れないもの
ペロロンチーノが九才になったある日、父親の執務室に呼び出された。
執事に促され、はじめて入る父親の執務室。そこにいる父親は、普段のような笑顔はいっさいなく、厳格な貴族の顔で書類を確認していた。周りには書類を持ってきた担当者なのだろうか? 静かにその裁可をまっている。他には、ペロロンチーノの剣の師であり、騎士アレフもいた。
「この件は許可する。ただし先ほど指摘した予算の修正と、ブラウン卿への事前折衝を」
「かしこまりました」
担当者が深々とお辞儀をして退出すると、父親のカッセルはペロロンチーノに向き直る。
「ペロロンチーノ。もう兄たちから聞いているかもしれないが、お前の初陣が決まった」
「はい」
「一週間後の間引きだ」
ヘッケル家の男子の通過儀礼。
バハルス帝国では十才になると社交界にデビューする。しかし、帝国の守りをその責務とするヘッケル家の男子は、デビュー前に初陣を済ますのが伝統であった。中央の貴族は、それを野蛮だというが、アンデットやら仮想敵国でもある王国を前に、戦いを知らぬものが上に立つことこそ無様だというのが、こちらの考えである。なにより、騎士団を含む武門の貴族には受けが良い。
そしてペロロンチーノもそれの重要性を理解している。
このヘッケル領にする人々の暮らしを守るために、日々行われているアンデットの間引き、街道や森における亜人や盗賊の殲滅が必要であること。
人殺しというものへの忌避感はあるが、それでもこの世界では「やらねば、やられる」が普通に存在するのだ。そう教えられてきた。
「わかりました」
だからこそペロロンチーノは力強く答えたのだった。
***
熟練の兵士二十名が隊列を組み、薄い霧に覆われたせいで昼間なのにどこか薄暗いカッツェ平野を進む。
今日から五日間。カッツェ平野で定例となるアンデッドの間引きが行われる。
それがペロロンチーノ・ヘッセンの初陣だ。
「前方 一時の方向 スケルトン四。スケルトンアーチャー二 距離三百」
鷹の目を使い、周囲を警戒していると敵はすぐ見つかった。
「隊をそちらに向ける。前衛はツーマンセル。スカウトは警戒を怠るな。ペロロンチーノ様。スケルトンアーチャーに初手を」
「わかった」
ペロロンチーノが索敵結果を伝えると、守役の騎士アレフが細かい指示を出す。
前衛たちは武器を構え、ゆっくり進んでいくと、まるで引きずるような足取りのスケルトンが見えてくる。スケルトンアーチャー以外は武器らしい武器を持っておらず、まるで何かに引きよせられるようにこちらに向かってくる。
距離六十メートル
隊列はいったん立ち止まる。前衛はなれたように待ち構え、他は周りを警戒する。ペロロンチーノは弓を構え二本の矢をつがえる。
距離四十メートル
「フレイムウェポン」
ペロロンチーノは第一位階の補助魔法が発動するやいなや、矢を放つ。
四十メートルの距離を飛来し、向かい来るスケルトンのうち一体の頭を。そしてもう一体の左肩を吹き飛ばした。一体はそのまま砕け散るが、もう一体は、踏みとどまる。もっとも見るからに動きが止まっている。
前衛は、それを合図に距離を詰め、残りのスケルトンを粉砕する。
時間にして十秒もかからない。
そんなあっけない終わりに、ペロロンチーノは深く息を吐き、弓を下す。
「なんとかなりそうだね」
「本来刺突武器ではどうにもならないスケルトンを弓矢で倒す。お見事です」
「フレイムウェポンが覚えられてよかったよ」
ギースの賞賛に、ペロロンチーノは笑みを浮かべながら、まるで偶然のように答える。だが、実際は明確な方程式の元、このビルドが組まれていた。
ステータスを意識したあの日、この世界はユグドラシル、または類する法則のようなものが存在すると認識した。職業を表す単語。位階魔法。様々なものに、その残滓が見て取れるのだ。
ならば、人間種、アーチャーを中心としたガチビルドはどうだ? さらに遠距離武器完全適正というタレントと武技を組み合わせたら?
その可能性に至った時、ペロロンチーノは喜びの叫び声をあげて、家族に驚かれた。
そして九歳のステータスである。
ノーブル レベル一
ノーブルファイター レベル一
ノーブルアーチャー レベル五
スナイパー レベル一
ノーブルウィザード レベル二
コマンダー レベル一
人類種アーチャーガチビルドを目指すこととなる。
仮説の、この世界がユグドラシルと同じスキル制である場合、限界レベルは百となる。どのため正直ペロロンチーノとしては、ノーブルやコマンダーのスキルなど取りたくはなかった。しかし、社会生活というものを考えると無視できず、こんな構成となっている。
とはいえ、うちの兵士たちのレベルはだいたい十から十五レベル前後。うちで一番強いアレクも二十五レベルぐらいの感覚。
タレントのおかげもあるかもしれないが、圧倒的な成長速度である。
しかしユグドラシルのプレイヤーがいれば……あいつらは基本レベル百。俺ツエーされるわけだ。
まったく、プレイヤーの存在なんぞただの妄想であってほしいと考えるペロロンチーノであった。
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