第10話 脱出、グランソルム!

 行商のライセンスを手に入れた、ここまでは首尾よく行っている。

 まあ計画なんて最初からなかったが。


 今のところ、姫を攫った俺に対する指名手配はされていない。

 ゆえに、この町でもまあまあ動ける。

 だが、いつ指名手配が開始されるか分からない状況で、憲兵隊のお膝元にいるのは自殺行為だ。

 そこでシェリーと相談し、街を出ることにした。


 そうとなると、ある問題が発生する。


「どうやって、門番を突破するか……」


 今のところ、指名手配されていないとはいえ、俺はお尋ね者。

 むしろ、指名手配していないからこそ、姫を攫った人間が街の外に出ないよう、門番に警戒させているはずだ。

 門を正面突破しようにも、ここは仮にも王都。

 簡単に破壊できるような門ではないだろう。

 しかも街の周囲は、魔物対策の為に、壁に囲まれている。

 出口は門しかない。


 では空から行くのはどうかというと、それもできない。

 この街はドーム状のバリアが張られ、空からの侵入者を拒んでいるからだ。

 そのバリアの出力は、ドラゴン五体を押し返すほどだと言われている。

 いくら元トップクラスパーティの一員とはいえ、それほどのバリアを突破することはできない。

 

 露店の並ぶ通りを歩きながら、俺達は頭を巡らせる。


「なあシェリー。

 王族専用の脱出経路とかないのか?

 街の外まで続いている奴」

「あるにはありますが……押さえられているでしょうね。

 そこを含めても、街の出口は数える程しかありません。

 この街を閉鎖するのに、それほど苦労はしないでしょう」


 予想通りの返答に、俺は「だよな」と返した。

 考えても考えても浮かばない案に、ため息を吐こうとした瞬間、シェリーが声を上げた。


「一つだけ、ありました!」


 俺は路地裏に入り、シェリーの言葉を聞くことにした。

 人混みは声をかき消してくれるのはありがたいのだが、落ち着いて話を聞けない。


「んで、その出入口ってのは?」


 できる限り声量を絞って、シェリーへと問う。


「川です」

「川ぁ!?」

「そうです。

 この街には一本の川が流れ込んでいます。

 川には一応水門がありますが、下流に当たる『ヤハテ水門』には、格子しかありません。

 ここならバリアも張られていませんし、脱出も容易だと思われます

 幸い、水深も深いです」


 そこまで聞けば、なんとなく話が読めてくる。

 水深が深いということは、それだけ深く潜れる……つまりバレにくいのだ。

 格子しかないということは、俺の聖剣があれば、簡単に突破できる。

 びしょ濡れになるという欠点も、俺のバリアの魔法があればないも同然だ。


「もしかしたら、厳重に警備されているかもしれませんが……それでも、門を正面突破するよりは容易に通り抜けられるはずです。

 今軍部は混乱しているでしょう、脱出するなら、今がチャンスです」

「……そうかもな」


 仮に突破しようとしているのを見つかったとしても、格子を切り裂いて外に出るだけだ。

 硬い門を突破することに比べれば、造作もない。


「わかった、その手で行こう。

 んで、その水門ってのは……」

「南東です。

 案内しますね」


 シェリーの案内でヤハテ水門に着いた俺達は、建物の陰から様子を見る。

 銃で武装した憲兵隊と思われる人が約十人、水門を警備していた。

 うち三人が、魔法を使って川の中を観察していた。

 これでは遠くから川に入って、水の中を進んだとしてもバレてしまう。


 だが、警備しているのはたかが十人。

 たったそれだけの人数で、元トップクラスパーティの俺を止められると思っているのだろうか?


「やはり警備されていますね。

 ここは出直して――」

「いや、突破する!」


 俺はシェリーの手を掴み、水門へと走る。

 異変に気が付いた憲兵隊員が、俺に銃を向けた。

 だが、そんなものが効くほどやわではない!


「バリア!」


 俺は、シェリーと俺を包むようにバリアを張り、走り続ける。

 憲兵隊員は俺達に発砲しようとはしない。

 シェリーに当たるのを恐れているのだろう。

 その一瞬の迷いが、勝負を決するとも知らず。


「飛び込むぞ!」

「はい!」


 俺はシェリーの腰を肩に抱え、川の中に飛び込む。

 バリアが水の侵入を防いでくれるおかげで、水中でも地上と同じように行動できる。

 そして、聖剣を抜刀。

 格子を切り裂き、街の外へと駆け出た。

 しばらく川の中を走ってから、空へと跳躍。

 川の中から飛び出た俺は、バリアを解き、シェリーを地面へと下ろした。


「ここまでくれば大丈夫か……?」


 シェリーが俺の声に答えようとしたその瞬間――。


「バインド!」


 何者かの声が、響き渡った。

 突如として現れた鉄の鎖が、シェリーを捕縛する。

 

 まさか、街の外にいる奴らが本命……?


「お待ちしておりました、姫様。

 無礼をお許しください。

 さあ、城へと戻りましょう」


 俺達の前に現れたのは、他の憲兵隊員よりも装飾の多い服に身を包んだ男。

 憲兵か……!

 憲兵隊は、隊列を組んで俺達を取り囲もうとしている。


「憲兵隊……!

 お前らの目的はなんだ!?」


 憲兵を率いている男は、一切表情を動かさずに答えた。


「姫様を捕らえることだ」

「捕らえる?

 お前らの姫だろ!」


 こいつらは王国に忠誠を誓った兵士のはずだ。

 だったら、なんでシェリーに反旗を翻した?


「貴様、知っているか?

 姫様には、この国家を揺るがす隠し事がある」


 隠し事?

 紋様のことか。

 確かにシェリーには紋様があるが、それが国家を揺るがすほどの問題か?


「ああ、とびっきりのを知ってるよ。

 だけどな、シェリーがお前たちの姫なのは変わんないだろ!」

「仮にこの姫様が本物ならば、紋様のことを隠し通していた国王が諸悪の根源。

 この姫様が偽物なら、本物の居場所を聞くだけだ。

 姫様は渡してもらう」


 ちっ、俺の言い分に耳を貸す気は……ないよなぁ。

 なら、押し通るだけだ!


「マッスル・ブースト」


 俺はシェリーに、筋力強化の魔法をかけた。

 あんな鎖、それだけで十分だ。


「シェリー、鎖を引きちぎってみろ。

 今のお前ならできる」

「え……? 鎖を……?」


 シェリーはぐっと体に力を入れる。

 その瞬間、バキッという音と共に、シェリーの体を縛っていた鎖が、地面へと落ちた。


「な、何!?

 私の捕縛魔法を!?」


 男は驚愕を顔に浮かべる。

 これが、俺の力だ。


「お前たちは知らないかもしれないけどな。

 俺は元、最強のバッファーだ!」


 俺は聖剣を抜き放ち、上段に構える。

 その俺の姿を見て、男は一歩後ずさった。


「教えてやるよ、最強の力をな!」


 俺は男へと駆け出す。

 自分にバフを掛ければ、もっとスピードを出せるが、そんなものは必要ない。


「くっ!

 総員! ファイアバレット!」


 憲兵隊は苦し紛れの魔法を唱えるが、そんな豆鉄砲、俺には効かない。

 俺は奴らのファイアバレットを切り裂き、男の首元に向けて聖剣を振る。


「バカな!」


 男がそんな情けない声を上げた瞬間、俺は体の動きを止めた。

 奴の首元に聖剣が突き付けられる。

 切ろうと思えば、すぐにでも切れる体勢で。


「それが憲兵の出す声か?

 そんなんだから、あの儀式のとき、姫様を手に入れられなかった……違うか?」

「ぐっ!

 貴様ぁ!」


 男の形相がこわばった瞬間、俺は聖剣の柄で奴の頭を殴りつけた。


「隊長!」


 憲兵隊員たちが、どよっと声を上げる。

 男はふらふらとすると、そのまま地面に倒れ伏した。


 足元に転がった男を尻目に、俺は聖剣を憲兵隊員たちに向ける。


「さて、お前らはどうする。

 死にたい奴からかかってこい。

 これは脅しでも何でもないぞ」


 憲兵隊員たちは銃を俺達に向けることも、駆け寄ってくる様子もない。

 奴らが追ってこないなら、俺も奴らに用はない。


「お前らのボスに伝えておけ、俺達の邪魔をする奴に、命の保証はない……ってな」


 俺は聖剣を納め、憲兵隊員たちに背を向けた。


「シェリー、大丈夫か?」

「は、はい……」


 俺はシェリーを引き起こし、次の目的地へと歩き出した。

 きっとこれからも、追手が止むことはないだろう。

 それならば、その度に追い返すだけだ。

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