12 俺(1)
傍家山登の死因は絞殺、他殺と断定された。
登の養母、ハタケヤマ・グループの会長は、自殺だと言い張っていたらしいが、首にきつくスカーフを巻き付けた状態で床に倒れ絶命していたのだ。元刑事でなくとも、他殺を疑うだろう。遺体は司法解剖にまわされた。
第一容疑者は、遺体の発見者であり、遺体が発見された雑居ビルの部屋の住人境丈志、俺であった。
しかしながら、任意での事情聴取に協力を惜しまなかったこと、失踪中の傍家山登の行方を追っていた高城刑事達に協力していたこと、幼少期の知り合いとはいえ、長らく接点がなかった俺には殺す動機がないことなどから、逮捕状が請求されるまでには至らず、この街を離れないように、きつく言い渡されただけで俺は解放された。
警察署を出て、外の空気を胸いっぱいに吸い込んだ俺は、大きな溜息をついた。勝手知ったる古巣だ。高城・溪山以外にも見覚えのある顔はまだ残っていて、連中は俺にあからさまな敵意を示した。堕落した元警官の犯行なんてことになったら、古傷が蒸し返されてしまうだろうから。
駐車場に見覚えのある派手な外車が停まっていた。俺はぶらぶらとその車に近づいて行った。
窓ガラスを叩くと、運転席に座っていた二三に、「乗れ」と顎で指示された。俺は徹夜明けでくたびれていたので、大人しく後部座席に乗り込んだ。俺自身の車は、雑居ビルの自分の駐車スペースの隣に停めっぱなしだ。
二三は前方を睨みつけたまま、車を発車させた。
「会長はご立腹よ」
「なんで。望み通り息子を見つけてやっただろう」
「こんな大事にするなんて」
「俺のせいか? あのなあ、殺人を見て見ぬふりをしろというのなら、あんなはした金じゃ割に合わないぜ」
「首をつって自殺した、じゃなぜいけないの」
「偽装したって、検死でバレる。紐の食い込んだ角度とか――あ、他殺でも自殺でもなく自然死ってことで処理しようとしてたのか。ハタケヤマ病院の医師を使って」
二三は答えない。
「お前、知ってたのか。登が――不能だったって」
二三は答えなかった。
「知ってたな。まあ、秘書だからな。当然か」
「あの人、すごく優しかったのよ!」
二三が突然絶叫したので俺は正直面食らったが、平静を装って更に訊く。
「ま、たたないんだから、サービスしないといけないよなあ」
二三はそれ以降、俺が何を言っても反応しなくなった。俺はアパートの前で下してもらった。
「会長が報告に来いって言ってる。そのみっともない格好をなんとかしたらすぐにマンションまで来なさい」
という捨て台詞を吐いて二三の車は走り去った。
死体発見現場の四〇四号室は鑑識の仕事が全て終わっているため、出入りは規制されていなかった。俺は熱いシャワーを浴び、着替えをした。
そういえば、滞納していた水道光熱費の支払いを済ませてないのに、なぜ湯が出てきたのか、と遅ればせながら首を捻った。部屋の電灯のスイッチを入れると、点灯した。ガスだけでなく電気も来ている。まあいい。
この狭いリビング兼寝室に横たわっていた登の遺体は、死後三日経過していたそうだ。春とは名ばかりの極寒の二月、暖房はついていなかったから、ぐずぐずの腐乱死体と対面しなくて済んだ。
なぜ登が俺の部屋で死んでいたか、いくら警察で訊かれても、知らないとしか言いようがなかった。俺が持っていた自宅の鍵は盗まれていなかった。事務所でサシで飲んだ時に、俺のポケットから鍵をとり出し、鍵番号を盗み見すれば、スペアキーを作ることは可能だが、何故そんなことをする必要があったのかは、皆目見当がつかなかった。
俺は、施設を出た後の登のことは殆ど何も知らないに等しい。
髪が生乾きのまま車に乗り込むと、俺は冥途カフェに向かった。
店は準備中で、有機店長は赤い目をして俺を迎えた。
「ありがとう」
店長は目を伏せたまま言った。
「俺は何にもしちゃいねえ」
「傍家山会長に買収されなかったから」
「俺は金持ちが嫌いなんだ」
登だってお金持ちだったじゃないの、と鼻をかみながら言う店長に、俺は
「これから会長に事件の報告にいく。だから、一つ教えてほしいんだが」と切り出した。
「なに」
「あんたは、登の――その、彼氏だったのか?」
「なんで。宦官じゃ異性には相手にされないと思うから?」
店長は、泣き笑いのような顔をした。
「そうじゃなくて――」
あいつに、少しは幸せだった時があったのか知りたい、なんて感傷的な台詞を吐く気にはなれなかった。俺はそんなセンチメンタルなタイプじゃない。
「あの人、誰にでも優しいから。でも、誰のことも本気ではないの。あの人が唯一愛したのは、ユキだけ」
「ユキ」
「奇与子」
「ああ……でもあいつは、まだ子供じゃないか」
俺の渋面を見て、店長は噴き出した。
「あたりまえでしょ。何考えてんのよ、ヘンタイ。登はあの子を養子にするつもりだったのよ」
俺は非常階段ではなく屋内の階段を下りて、一つ下の階のボクシングジムへ向かう。今日は爺さんを送り届ける仕事だ。
閑散としたボクシングジム内で、爺さんが一心不乱にサンドバッグを撃ちすえていた。どすんどすんと重みのある音だ。
「ジョージ」
俺は爺さんに呼びかけた。爺さんは手を止めると、振り返った。汗がしたたり落ちていた。
「あいつは、死んだんだな」
「ああ」
「そうか、じゃあ行こうか」
野堀別情字は一旦ロッカールームに姿を消したが、すぐに出てきた。上着を羽織っただけで、下はトレーニングウエアのままだった。
「風邪ひくぞ」
「もう、関係ねえよ」
情字は愉快そうに笑った。
ジムの会長が現れて、俺達の前に立ちはだかった。
「俺も一緒に行くよ、オヤジ」
「馬鹿野郎。堅気になったんだろう。おめえは残れ」
「でも」
ぱん、と乾いた音が響き、不健康に太った巨漢が床に勢いよく倒れこんだ。
「俺に口答えするな。ぶっ殺すぞ」
小柄で貧相な老人だが、今は背筋が伸びて、全身に力が漲っているのがわかる。
「肉屋とクリーニング屋に連絡しといてくんねえか。後で頼みたいことがあるってな」
「わかりました、親分」
「親分じゃねえよ。ただの呆けたジジイだ」
俺達は、軽自動車に乗り込んで出発した。
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