左回りの時計
@kontat
第1話 左回りの時計
吐いた息が白く染まり、宙に消えていく。
そんな寒い冬の日、僕は、結婚式帰りに路上で時計を拾った。
それは、何の変哲もない普通の懐中時計だった。
――その針が左回りであるという、そのただ一点を除けば。
* * *
その時計の存在を久しぶりに思い出したのは、引っ越しのために部屋中の荷物を段ボールに詰めている最中のことだった。
この時計を拾った直後、僕は、夜になると毎日のように、針が通常とは逆方向に時を刻むのを、ただただ見つめ続けた。
そうしていれば、彼女が結婚する前に、彼女が親友と付き合うのを横で見続けた大学時代に、最後まで告白できなかった高校時代に、彼女と初めて出会った中学時代に戻れるような――そんな気がしたのだ。
「
「ああ、うん。その箱で大丈夫!」
けれども、今の僕にはもう必要のないものだ。
三日前に届いた、彼女と親友と、二人の子供が写った写真が印刷された年賀状を箱に詰めて、懐中時計は上着のポケットに入れる。
「
「引っ越し業者の人たちが来るのは明日の朝なのに、まだ荷造りが二割しか終わっていないというこの状況で一人だけサボりですか?」
膨れっ面をしながらも文句を言う姿も可愛いと思ってしまうのは惚れた弱みというやつだろうか。
「休憩を挟んだ方が結果的に速いってこともあるんだよ。玲香ちゃんもちゃんと休憩してね。三時間以上休みなしで荷造りしてくれてるでしょ? 僕も十分以内には戻ってくるから」
「……じゃあ、いいよ」
明らかに僕の発言を疑うような顔をしながらも送り出してくれる。
ポケットに突っ込んだ手の内で、懐中時計を転がしながら思う。
この時計の前の持ち主は、この時計に『dear』とだけ彫った持ち主は、この時計を作った人は、一体何を願ったんだろうか。
もし仮にその願いが叶わなかったとしても、その人たちが僕のように『今が一番幸せだ』、そう言える人生を送ってくれていればいいなと思った。
真面目な玲香ちゃんのことだ。僕がいない間も休むことなく荷造りをしてくれているに違いない。
早く戻らなければ、そう思いながら、僕はこの懐中時計を次に託すに相応しいと思える人物が通りそうな場所を探した。
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