第51話 [怪奇譚③]

「はぁ……はぁ……」


 腹に開いた穴を手で押さえながら、俺は怪斗を睨みつける。


「なんで……怪斗の攻撃が当たったんだ……」

「……簡単なんじゃねぇの? あれは弾丸じゃない、妖力を込めたものだったからだ」


 成る程……。確かに、俺のあの魔法は物理、魔法の攻撃なら防げるが、妖怪とかいうイレギュラーなものは通り抜けてくるのかもしれないな……。

 って、そんなことを考えている場合じゃない。もうほぼ詰み状態な気がする。


 おそらく怪斗は何かしらの『妖術?』を使って、この場から人を存在しないことにしている。周りに一切気配がないんだ。

 ソフィにも連絡しようとしたが、それもうまくいかなかった。


「ゲホッ……怪斗、本当にっ……話して、くれないのか……?」


 魔法で治癒を試みるも、傷穴は埋まらない。


「ああ、お前と話す気なんか一切ない。……念押しのために、を使わせてもらうか」


 そう言うと、躊躇いなく引き金を引いた。俺は力を振り絞り、鉄パイプを振るってその銃弾を弾いた――


「残念」


 弾いたと思った束の間、その銃弾は鉄パイプをすり抜け、俺の胸に突き刺さる。

 瞳から光が消え失せ、膝から崩れ落ちてしまう。


「どうだ強谷、どんどん内側に行くような感覚は――」


 もはや怪斗の声は、俺には届いていなかった。

 ぶつんと映像が途切れたかのように視界が暗転したかと思うと、ザワザワと木々が喚く音が聞こえてきた。


『……あれ、なんだここ……』


 俺が喋ると、口から泡がぶくぶくと出てきた。目を凝らして空を見ると、そこはゆらゆらと波打っている。

 木々の音だと思っていたのは水草で、このエメラルドグリーンの空間はどうやら水の中みたいだ。超巨大なも泳いでるし。


 そして俺は、この場所を知っている。あの空かと思っていた水面の先に、木製の小さな橋や、水面に浮かぶ睡蓮の花。

 俺は自然と口からその場所が溢れでた。


『〝モネの池〟か……?』


 岐阜県の絶景スポットとして有名な〝モネの池〟。実際に来たことはないが、観光雑誌とかで何度か見たことがあるからすぐにわかった。

 ……だがまさか、初は池の中とはな……。


(でもなんで俺がここに? さっきまは確か……そうだ、朔……いや違う、怪斗と戦ってたはず……)

『ねぇお兄ちゃん』

『……ん? 〝お兄ちゃん〟??』


 どこからか幼い女の子の声が聞こえてきたが、キョロキョロと見渡しても誰もいない。

 この謎の少女と話さないと出られない感じか? ゲームの強制イベントみたいな感じか。


『お兄ちゃんはなんでいい人なのにころされそうなの?』

『……勘違いをされてるんだが、話そうって言っても相手にしてくれないからだよ』

『お兄ちゃんはつよいのに、なんでしんじやいそうなの?』

『うぐっ……。それは戦いの相性が悪いからかなぁ……?』


 痛いところをつかれた……。


『……お兄ちゃんはいい人。だから、わたしの力あげる』

『え?』

『でも約束。ぜったいに、わたしにのまれないでね――』


 その言葉を聞いた途端、内側からドス黒い憎悪が漏れ出し始めた。そしてついに意識が途切れた。



###



「……あれ、もう動かなくなってんのか」


 俺が強谷に視線を向けると、項垂れて覇気が一切無くなっていた。

 ただ、地面に横たわることはなく、最後まで諦めまいという強い意志がひしひしと伝わってくる。


「ま、終わりにしようぜ」


 妖力を込めた弾丸を装填し、ガシャッとショットガンをリロードする。そして、強谷に銃口を向ける。


「短い間だったが、気づかない時までは楽しかったぞ。じゃあな」


 引き金を引き、銃口から轟音とともに発射される。


「……は?」


 だが俺は唖然した。

 銃口から一斉に放たれた無数の銃弾が、まるで見えない壁に当たったかのように静止していたのだ。

 強谷は、ゆらりゆらりと左右に揺れながら立ち上がる。


「ッ! な、なんで動けるんだ! は誰にも心を開かない子だったはずだ……! お前みたいな悪人にひょいひょいついて行くよう……じゃ……」


 俺は息を飲んだ。今の状況を例えるなら、〝蛇に睨まれた蛙〟。俺が蛙で、強谷が蛇。

 理由は単純で――からだ。

 少しうつむきながらでわかりずらかったが、三日月のように湾曲している口が恐怖心を煽る。


「ク、ククク……」


 ビリビリと、強谷に起こる異変を肌だけではなく、視覚でも感じていた。

 真っ黒でサラサラしていた髪の毛は真っ白に染まり、黄金だった瞳は紫水晶アメシストのように輝き出し、不気味さを孕んでいた。


「嘘……だろ……!!?」


 そして、強谷の体に纏っていた黄金色の炎は、俺にとってのトラウマの紫色の炎に変化した。

 俺の左半身と、大事な幼馴染を燃やしたあの忌々しい炎が、目の前の人間が使っていた。


 いや……こいつはもう――人間じゃない!

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