第18話 [強敵、襲来]

 昼飯も食べ終え、五、六時間目も無事に終わった。その二時間中は田辺からの嫌がらせがなかった。

 バッグに教科書を詰め、帰ろうとしたのだが、やはり静音が教室にやってきた。


「強谷、帰ろ」

「……悪い、今日だけはちょっと一人で帰らせてくれないか?」


 おそらく、田辺からの嫌がれせが下校中にやってくるのだ。だから静音を危険なことに巻き込むわけにはいかない。


「むぅ……! 強谷っ」


 俺の肩を掴んでゆさゆさと揺らし始める。


「今日だけ、今日だけは一人で帰らせてくれ! 明日からずっと一緒に帰ろう!!」


 俺は肩を掴み返し、顔をぐいっと近づけながら静音にそう言い放った。


「え……? あぅ、ん……。はぃ……」


 静音の顔はカァーッと紅潮し、目がぐるぐると回っているように見えた。そしてプイッとそっぽを向かれた。アホ毛は海藻が揺れているみたいな感じだった。

 どんな感情なんだ?


「?? 大丈夫か静音、顔が赤いぞ? 風邪か?」

「な、なんでもない……。ん……強谷のバカ……」

「バカ……」


 ちょっと傷ついた。

 だが静音はなぜかご機嫌な様子でテクテクと教室を後にして帰った。


「へいへい強谷〜。大胆だな〜!!」

「え? 何がだ?」

「え……あれ無意識とか……。たらしかオメェ」

「納豆についてる?」

「それ〝からし〟な」


 タラシ? タラシってなんだ? ……ま、記憶が戻る前の俺でもしらなったってことは、別に知ってもしらなくてもいいぐらいのことなんだろう。


「く、そ……!!」


 田辺は自分の爪を噛みながら俺を睨んでいた。そして俺に近づき、ボソッと殺意がこもった声で次のように言ってきた。


「帰りは覚悟しとけよ……!」

「期待はしてないが、楽しみにしておくよ」


 半目で俺は田辺の背中を見送り届けた。

 ……さて、俺も帰るか。



###



 傘と地面に打ち付けられる雨水の音を聞きながら俺は駅に向かっている。ちなみにヘッドフォンは防水機能があるから首にかけていても安心だ。


「…………つけられてるな」


 ボソッと俺がそう呟くが、雨音で打ち消される。

 人数は四人……いや、五人だな。その中の一人は――。しかも、魔力量が俺よりもはるかに多い。


「くくく……ッ!」


 まさかこんな形で〝強者〟に出会えるなんてなぁ……!

 思わず不気味な笑みをこぼしてしまうほど、俺は高揚としていた。


 つくてきてるだけで襲ってこない。なので俺は駅に向かわず、近くにある巨大な敷地の公園に向かった。

 雨天なので人気は全くない。戦うなら、うってつけだ。


 俺は公園の真ん中らへんに立つと、傘を閉じて紐で縛って細くし、後ろにいるであろう奴らに声をかけた。


「おい、さっさとでてこい」


 数秒の沈黙の後、草むらや遊具の陰から四人の男たちが現れた。


「おいおい、いつからバレてたんだよ」

「問題ありません。私たちのことがバレていたとしても結果は同じだったでしょう」

「あの男がいつものお坊ちゃんのターゲットか」

「手強そうだが、燃えるぜ!!」


 こいつらには用がない。ただの雑魚だ。

 俺は一瞬で四人との距離を詰め、殺意を込めた視線を全員に送りながら次のように脅し始める。


「なぁ……今日のところはお前たち四人、立ち去ってくれないか? やばいんだよ。今だいぶ高ぶってて、うっかりお前たち全員殺してしまいそうだ……!」


 すると四人全員の自信に満ち溢れた顔は一変し、恐怖に慄く顔に変わった。そして、足をガクガクと震えさせてこの場から叫びながら立ち去った。


「……おい! 邪魔者はいなくなったからでてきたらどうだ!」


 雨に打たれながら叫ぶ。


「――やっぱり、只者じゃないんだね」


 近くの木陰から、一人の女子が現れる。

 それと同時に、雨の降り落ちる速度が遅くなった……いや、

 俺は白い息を吐きながらそいつに話しかける。


「クラスの人気者がまさか人間じゃないなんて、大ニュースだな」


 俺は、そいつを知っている。クラスメイトだからだ。

 そいつの名を、俺は呼んだ。


「――


 美しい銀髪にサファイアのような瞳。だがいつもと違って、頭の上に耳が生えていて、腰あたりからは尻尾が生えていた。

 俺から数メートル離れた場所で、彼女は話を進めた。


「そっ、あたしは人間じゃな〜い! 神獣の一種――氷神獣フェンリルって言ったらわかる?」

「ああ、もちろん。異世界あっちでたった七種類しかいないということで七代神獣しちだいしんじゅうと呼ばれてる存在。そんで、特殊な神力しんりょくというものを持った神に近しい魔物だな」


 その七代神獣のうちの〝氷〟を司る氷神獣フェンリル。氷魔法や、気配や魔力などを消すのが得意。武器は鎖だったかな。

 いくら気配や魔力を消すのが得意だとしても、俺が気づかなかった……。まさか、地球こっちで特殊進化したのか?


「それで? ソフィアも田辺に言われて俺をボコボコにしようとしてたのか?」

「いいや。あたしはただだけ。誰かに言われたとかじゃなくて自分で来たの」

「『確かめる』だと? 一体何をだ」


 ニシシと笑い、八重歯を見せながらこう言った。


「〝あたしより強い人がどうか〟だよっ」

「くくく、奇遇だな。俺も自分より強い者を探していたんだ……!」


 〝俺と同じ目的〟。だったらもう、することは決まっているな。


「戦いの準備は完了か?」


 口を三日月型にし、傘を構えながら彼女にそう言った。


「もっちろん!」


 ソフィアは姿勢を低くして戦いの火蓋が切り落とされる。


「さあ、始めよう!!」

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