第39.5話大会開始:後
「土煙で会場の様子がよく見えないが、果たしてエルピス選手は無事なのかぁぁ!!?」
複合魔法によって起こされた様々な現象の影響で、観客席にも届くほどの土煙が舞い散り、誰も会場の中の様子を見ることはできない。
それは来賓席だろうと王達が座っている特別席だろうと変わることは無く、誰もがこの後の展開を予測して唾を飲み込んだ。
数十秒ほど経つと徐々に砂煙が霧散していき、うっすらとアリーナ内の状況が見えてくる。
そして完全に砂煙が晴れた瞬間、観客達は悲鳴にも似た大声を上げる。
「た、立っている! あの凄まじい攻撃を受けながら! エルピス選手は立っている!!」
あれだけの魔法を放たれたと言うのに、それをさも何も無かったかの様に魔法を撃たれる前と同じ微笑を浮かべながらエルピスはその場に立っていた。
その仕草に観客からは歓声が上がり、来賓席からも拍手が送られる。
だがいまこの会場にいる実力者は、エルピスが行った行動を経験と予想で予測し、呆然と立ちすくんで居た。
「ヘリア先輩、いまのって#魔法を魔法で逸らして__・__#ましたよね?」
「ええ、魔法障壁によって直撃する筈の魔法を逸らしつつ、さらに観客席に被害が及ばないように飛んできた六つの複合魔法に対して、相反する属性の魔法を当てる事によって軌道をずらし、攻撃を無力化していました」
「あれが……いまのエルピス様の本気……」
当事者ではない者達ですらこの反応だ。
実際に殺す気は無かろうと確実に殺すつもりで放った魔法、それを無傷で止められた当事者のグロリアス達の驚きは、言葉では言い表せないほどだ。
一番最初に戦意を喪失したのはペディとアデル。
まだ六歳程度の第三王女と王子には、いまのエルピスがどう映っているのかは定かではない。
だが自信を持って前を見据えて居た目は恐怖の一色に染まり、足は自然と震えて居た。
家庭教師としてこの一ヶ月程教えてもらっていたからーーいや、教えてもらって居たからだからこそだろう。
心のどこかで、もしかしたらもう既にこの人を超えているんじゃないかと、ペディ達は思っていた。
だが結果は圧倒的、もはや勝敗を決めようとしていた事すら恥ずかしい。
「し、審判さん! 僕はもう降参しまーー」
「ーー諦めんなっ!!」
「…だって無理じゃ無いですかアウローラさん! あんなのに…あんなのにどうやって勝てって言うんですか! 兄さん達ですら勝てない相手にどうやって!」
「ーー王族が! 上に立つ人間が諦めてどうするの!? あそこで見ている国王様に泣き寝入りするの?! この国の未来を背負う人間なら、もっとシャキッとしなさいよ!」
アウローラの声が響き渡り、降参の言葉を口に仕掛けていたルークはハッと顔を向ける。
グロリアス達が魔法を使用している間も、使用する前からずっとアウローラはただ一撃を決めるためだけに魔力を貯めていた。
最後まで可能性をつかみ取ろうともがく、アウローラの怒声を浴びてルーク達は目に輝きを取り戻す。
いずれは王になり、もしくは王の側で国を動かす自分達が、たかだかこの程度の挫折で諦めてどうするのだと、自分達に言い聞かせながら。
「さぁどうしますかグロリアス様、オススメはこのまま倒れて降参する事ですが…?」
先程のグロリアスの言葉をそのままに、エルピスは分かりきった事実を確認するためにグロリアス達に問いかける。
先程よりも心なしか油断なく構えられたエルピスの姿は、これからグロリアスが発する言葉を待ちわびている様だった。
「ーーこの程度どうということは有りませんよ! ただ一撃目を防がれただけです」
「アウローラのおかげでもう目が覚めた、悪いけどエルピスさん、俺達がぶっ倒れるまで付き合ってもらうぜ」
「このまま圧勝では終わらせませんので、どうぞ構えてください」
「そこまでいうのならば、僕から返す言葉は何も有りません。さぁどんな手を使っても構いません、僕を倒してみろ!!」
感情の高ぶりからか口調が素に戻りかけているエルピスは、目の前で杖を構え戦闘を続行しようとする王族に始めて杖を向ける。
魔導大会はまだ一向に終わる兆しを見せず、魔法による爆破音のみが街の中に響き渡っていくのだった。
/
結論から言うのであれば、結果はエルピスの勝利だ。
やはり何と言っても地力の差は覆せない程に出てしまい、王族達の魔力切れという形で初日の魔導大会は幕を閉じた。
さすがに先程まで戦闘していたのに、王族やアウローラと同じ控え室に戻る事はいろいろと辛いので、エルピスは控え室に向かわずアリーナの近くをうろついていた。
王国祭のおかげで出店がかなり出ているので、暇をする事は無くエルピスはゆっくりと道路を歩く。
「お、そこの兄ちゃん! さっきの大会に出ていた子だろ!?」
「なんだとーーっ! 本当じゃないか!! さっきの試合見たぞ!」
「どうじゃ! 魔法組合に参加するというのは…」
「冒険者組合の方がいいに決まってるだろ! 魔法組合は黙ってろ!」
「うちの商品食べてってくれよ! 安くするぜ?」
「そんな引っ張られても、僕あんまりそういうのは興味ないんですけどーー誰ですかさっきからお腹あたり触ってきてるの! 弄らないで!?」
気まずい空気を避けるためにこうして待合室から逃げてきたというのに、エルピスを待っていたのは先程までの試合を観戦していた観客達だった。
よく考えてみれば分かるような事では有ったのだが、あれだけの戦闘をしておいて誰にも何も言われずに街中を散策出来るわけが無かったのだ。
さすがに永続的に続くような盛り上がりではないにしろ、この王国祭の間はおそらくずっとこのままだろうと予測できた。
とりあえずその人混みの中から転移魔法で瞬間移動し、屋根の上を走りながら逃げる。
「祭の時くらい自由に楽しまさせてくれーーっ!!」
誰に言うでもなく大声でそう叫んだエルピスは、走って出来るだけアリーナから遠ざかる。
明日になれば新聞や号外などで意味がなくなるのだろうが、今の所はアリーナから離れれば離れるほどエルピスの活躍を知る者は少ないはずだ。
取り敢えずアリーナの反対側まで足を運んだエルピスは、近くの空き地で腰を落とし大きくため息をつく。
「もう今日は疲れたなあ……グロリアス様達がいきなり魔法を使えたのは、おそらく血統能力によるものなんだろうけど。たとえ戦闘経験の少ない王族とはいえ、嫌がらせをする事に長けているアウローラが居ればあれだけ脅威になり得ると言うのは、グロリアス様達の単純な戦闘能力の高さを示しているよなあ」
何もないただの空き地で寝そべりながら、エルピスは今日一日の事を思い出していく。
グロリアス達がいきなり魔法を使えるようになった理由は、大まかにしか理解できなかったが、おそらくは自分の魔法回廊だけではなく他の人物達の魔法回廊も使ったのだろう。
だから得意魔法では無いはずの属性を使用しての複合魔法が使用できた……と考えるのが、今の段階では一番現実的と思える。
もし先程まで使っていた能力がエルピスの目論見通りの能力だとすれば、大人になった際には今の状況とは比較にならないほどの火力を生成できる事だろう。
「未来の王様を見せる試合としては、かなり良い形で終わったんじゃ無いかな……そう思いません?」
「ーーーー試合中に見せていた隠密行動といい…貴様、何者だ?」
誰もいなかったはずの空き地に、どこからか聞こえてきた声と共に黒い影が現れる。
数にして十数人程度か。
口振りからしておそらく彼等は、何処かの国の暗部やそれに類する者なのだろう。
黒い衣装に身を包み、腰に短刀を差す彼等は正に見た目からして一般人のそれとは違うので、こうして姿を見せるとどこか滑稽にも見える。
彼等がこうしてエルピスに対して行動を起こして来たからには、なんらかの理由があるのだろうと思いながらエルピスは相手の出方を見る。
「僕の両親って意外と有名じゃ無いのかな…? とりあえず言っておくけど、僕は裏の人間なんかじゃ無いよ。僕の名前はエルピス・アルヘオ、龍人と人間のハーフにして、王族とヴァスィリオ家の令嬢の専属教師さ」
「ああ、お前が例の……なら無関係というわけでも無いな。エルピス・アルヘオ君、僕達と手を組まないか?」
周囲を取り囲む黒服達から、おそらくは隊長格なのだろう男がエルピスに対して手を伸ばしながらそう言った。
これがまだ真っ当な組織からの勧誘だったのならば、少しは熟考もしたのだろうが、目の前の彼等はどう控えめに見たとしても真っ当な人間では無い。
「嫌ですよ、僕は真っ当な人生を送りたいんですから」
「我等の人生が真っ当では無いーーそう言いたいのか?」
「ーーそう聞こえるという事はそういう事ですよ。なんならやりますか?」
仮初めの穏やかな雰囲気が霧散し、辺りに殺気が立ち込める。
肌がピリピリする程の殺気を浴びてエルピスも思考を切り替え、一触即発の空気が辺りに漂う。
エルピスは
その鳥がエルピスの目の前の男の肩に乗ると、男は鳥の足に括り付けられていた紙を読む。
「ーーいや、目的は達したようだ。無理に戦う必要もない」
「そうですか、じゃあ戦う必要はないですねーーとはなら無いぞ? 〈紫電〉!」
「ーーははっ、君ならそうくると思ったよ。まぁ追いかけて来たければ追いかければ良い、そこに倒れて居る奴らはもう用済みだからあげるよ」
不意をつき放ったエルピスの魔法を紙一重で避け切り、敵はエルピスの魔法を食らった味方をエルピスの方に投げ捨てる。
魔法によって完全に身体機能を破壊された黒服は、受け身すら取ることができずエルピスに激突し、ぐったりと倒れた。
その姿を見て一瞬だけ迷ったエルピスの隙をつき、残った黒服達は一目散に多方面へと散って行き、そのまま人混みに隠れる。
残されたエルピスは六人の倒れた黒服を引きずりながら、ゆっくりと歩いて王城まで向かう。
この時エルピスは無理をしてでも、逃げた者達を追いかけるべきだった。
だが油断し、慢心し、自己陶酔に陥っていたエルピスは自分のするべき事を見失っていた。
そんな事はつゆ知らず、時はゆっくりとーー過ぎていく。
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