第182話転移者
「それで? なんで私が必要だったの?」
アウローラ達を迎えに行って早い事で三日が経過している今日この頃。
もう馴染んできたのか鳥料理を手に持ち少し頬を膨らませながら、エルピスの隣を歩いているアウローラはそんな事を口にする。
今日はエルピスが転移者との会談を約束している日。
これから交渉に向かうのだが、アウローラに何故彼女を選んだのか説明し忘れていたのを思い出したエルピスは、アウローラが手に持つ串を一本もらいながら質問に対して答えた。
「今回の相手が元々はエンジニアらしいから、話が合うかと思って。
あとアウローラと久々にゆっくり話したかったし。これ美味しいね」
「あらそうだったの? それなら任せない。取引先との会話は慣れたもんよ」
社会人を経験したことのあるアウローラが言うのだから心強い。
エルピスがいままでして来た商談は全て貴族相手であったので、商人やそれに類する人物との商談はこれが初めてとなる。
かつて手に入れた
不安材料を極力減らしたいエルピスからしてみれば、商談経験のあるアウローラと言う存在は大きなものであった。
「まぁエンジニアって言っても職種はいろいろあるからなんとも言えないけど」
「アウローラはどんな仕事についてたの?」
「私はゲーム作りが仕事だったわ。大学出て友達が作った出来立てのゲーム会社に入社して、三十手前でこっちに来たけどそれなりに給料も貰ってたわよ」
「凄いなぁ。社会人としての経験なんて何にもないからさ、憧れるよ」
正確に言えばいまのエルピスも立派な社会人であるが、冒険者としての功績で大体の税金は免除されているし、エルピスが直接手に入れる金銭は大体が冒険者家業での収入なので日本で言うところの社会人らしさはそこにはない。
勤労をしているだけであって、エルピスの心はいつまで経っても勉学に励んでいた高校生のままなのである。
「したい事を仕事に出来るのって、なんだかんだいいもんよ。もちろん嫌な事も見えてくるけど、それ以上の発見があるから」
「この一件が終わったら何か仕事でも始めてみようかな」
「今のエルピスがしてる事だって十分仕事よ。他の誰にもできないね」
「ありがとう」
アウローラからの言葉はいつも絶妙にエルピスの心の隙間に入り込んで癒してくれる。
その言葉に対して笑みと握った手の力で答えると、エルピスはそれから少し早歩きで目的の店へと向かって進んでいく。
実際向かってみればそれほどの距離はなく、エルピスは身嗜みを整えて店先へと近づいた。
「お待ちしておりましたエルピス様」
「わざわざありがとう。これ皇帝からの手紙、暇な時に読んでおいて」
「これはこれは。皇帝陛下にはいつもご贔屓にしていただき、感謝してもしたりませんな」
エルピスがおそらく店主であろう人物に手渡したのは、皇帝からいつか行く機会があれば渡しておいてくれと言われていた手紙だ。
中身がなんなのかまではさすがにエルピスも見ていないが、店の内装を見てみると帝国が訪れた証がいくつか見受けられるので相当気に入られた店なのだろう。
もちろんエルピスもその当の本人である皇帝自身からこの店を勧められたので、味は楽しみなところである。
「私の客人は?」
「既に奥の部屋でお待ちいただいております。私が案内いたしましょう」
店員に案内されるがままに店の奥へと歩いていけば、道中大きな空になった皿をいくつも運び出して行く店員達の姿が見える。
それはどれも同じような場所から向かってきており、その元を辿っていけばエルピスが先に予約しておいた部屋へと到着していた。
扉を開けるより早く中にいた店員が出てくるのに目が合い、軽く会釈をしながらエルピスも中に入って行く。
「旨い! 久々にこんなに美味いものを食べた!」
そう言って食べ物をまるで飲み込むようにして口に運び続けているのは、エルピスが今回招待した異世界人だ。
日本人にしてはかなり大柄な人物で、身長は180前半、体重は目測ではあるが85といったところだろうか。
大柄な体格ではあるものの身のこなしや魔力量的にたいした事もなさそうだが、その両脇でこれまた凄い勢いでご飯を食べている女性二人はそれなりの戦士のようである。
右側に座った青いロングヘアーが特徴的な女性は斧を、左側に座っている緑の髪が特徴的なおそらく森霊種であろう女性は弓をそれぞれ手元に置いており、使い込まれているが故の傷もかなりの数見受けられた。
そんな三人はエルピスが入ってきた事を確認すると慌てて立ち上がり、真ん中の人物が胸ポケットから名刺を差し出しす。
「おっと、失礼しました。本日はお呼びいただきありがとうございます、
「これはどうも丁寧に。すいませんが名刺は無いので名乗りだけで、アルヘオ家長男エルピス・アルヘオです。
遅れてしまい申し訳ありません」
この世界で名刺交換をするという風習がないので仕方のないことではあるが、今後異世界人と積極的に交流して行くのであれば名刺を持つ事も大切かもしれない。
そんな事を思いながらも椅子に腰掛けたエルピスは、とりあえず話題を提供しようと言葉を投げかける。
「そちらの方は?」
「同じパーティーメンバーで右側がオリビア左側がグレースです、どうしても付いて来たいと聞かなかったもので。すいません彼女達の食費は私が持ちますので」
「こちら持ちで構いませんよ。よろしくお願いしますオリビアさん、グレースさん」
「よろしく。契約内容の確認と何も無いか判断するために来ました」
「オリビアに同じ」
警戒心をあらわにしてこちらを見つめるオリビアとは違い、グレースと呼ばれた方の女性の主目的はどうやら運ばれてくる料理の方に思える。
三人の関係性が明瞭に分からない以上は踏み入った話もしにくいところではあるが、そうは言ってもこうしてこの食事の席に座っている以上はパーティーメンバーとしても相当親密な関係のはずだ。
抱き抱えるための条件作りがしやすくなったななどとも考えていると、智の方からエルピスに対して質問を投げかけてくる。
「それでエルピスさん、そちらの方は?」
「私のパーティーメンバーのアウローラです。最近まで学園に居たのですがつい先日こちらに…アウローラ?」
「あ、ああ。ごめんなさい。ヴァンデルグ王国公爵家当主、アウローラ・ヴァスィリオよ。よろしくお願いするわ」
エルピスの紹介に対して若干遅れるようにして反応したアウローラに、エルピスは少しだけ違和感を感じる。
(アウローラの調子がおかしいけど何か気になることでもあったのかな…それとも体調が悪いとか? 無理はさせられないけど商談始まったばっかりだし今は我慢してもらわないと)
さすがに気絶してしまうような状態ならばエルピスも食事を中断する事も考えたが、今のは不注意であったと考えても納得がいく程度のものだった。
注意深くアウローラの体調に気をつけつつも、エルピスは話の本筋を提示する。
「さて、両者自己紹介も終わったところですし本題に移りましょうか」
そう言いながらエルピスが
書かれている内容を全て暗記しているエルピスは、それを智に対して手渡すと軽く腕を組んで話を始める体制を整えた。
「……これは?」
「失礼ですがこちらの方で、前田さんのこの世界に来てからの経歴を探らせてもらいました。
随分と熱心に開発に取り組んでおられるようですね」
「──趣味と実益を兼ねて、ですがね。よく調べられましたね」
よく調べたどころの騒ぎではない。
趣味や嗜好、好きな店や泊まった宿屋作り出したゲームに冒険者組合での受注依頼の数などなど。
合法的な手段では到底集められないようなその書類の山に、智の表情は少しだけ苦いものになる。
自分についてある程度調べてくることは予想済みであったはずだ、そしてそれを調べられた上で問題はないとそう判断していたはずである。
だがエルピスが提出した書類には文字通り全てが記載されており、その中には伝えるところに伝えれば指名手配されかねないような事柄も記載されていた。
明らかにこれは脅しの一つであり、そして智にとってはもはや両脇にいる二人の女性は、自らを守ってくれる盾から銃口を突きつけられた人質へと変わり始めていた。
「優秀な者達が近くに大勢いてくれるおかげです。
前田さんの作ったゲームは私も何度か遊ばせて頂きました、非常に興味深かったです」
「それは良かったです。それで本題は?」
「私達アルヘオ家は、人類がこの戦争を乗り越えて笑って過ごせる世界線を目指しています。
そこで前田さんには、アルヘオ家の資金を使ってゲームを大量生産してもらいたいと考えています」
ゲームの大量生産と口にするのは容易いが、それらに必要な資材を集めたり機材を手に入れたり運搬航路を手に入れるのにだって莫大なお金がかかるはずである。
王国にあった筐体は智がなんとかして手に入れた資材を組み立て、商人のコネを使いようやく配置できたものなのでその労力は理解しているつもりだ。
現実的ではないと言えるその提案だが、この世界におけるアルヘオ家の力を考えれば出来ない事ではないとも思える。
それくらい転移者と転生者の間には地力の差があり、だからこそこの世界の科学技術は歪な進化を遂げているのだがそれはまた別の話だ。
「……ほう」
「もちろん全国民に、と言うわけにはいきません。
極端な話ですが労働を常に行うものが遊戯に溺れ生産力を落とせば国は自壊へと足をすすめてしまうでしょう」
「日本のような社会形態では無いから…ですよねエルピスさん。異世界人ならではの視点ですね」
「私について知っていただけているとは光栄です。
そうですね…私から前田さんに要求するのは二つ、一つ目はゲーム操作に一定以上の魔力操作技術を要求するゲームを作ること、二つ目は電子基盤などの工業系部品を最低でも一つ以上使用することです」
智にとっては渾身のカードであったエルピスが転生者である事を知っているという情報も、エルピスにとってはなんの効果も与えられない。
目に見えて動揺はないにしろなにか少しの変化があるはずだとエルピスの事を凝視する智だが、そんなものがエルピスにあるはずがないのである。
一般的に黒髪は先祖返りであると広く流通しているので智は知らないのだが、転生者や転移者の見分けかたはエルピスも既に知っているのでその情報を取られたところでなんの不利にもなりはしない。
無駄話に裂く時間はないとでもいいたげに、エルピスらそのまま話を続けて行く。
「私はこの世界の魔法操作技術の上達環境に対して、不公平さを無くしたいと思っています。
農民も商人も貴族も王族も、全ての人間が一定のレベルまでは努力すれば到達できるべきだと考えいるのです。
ついで魔法産業の発達による機械産業の衰退を嫌います、二つの可能性がある事で作られる新たな文化形態の形成を作り出すのが我々の理念だと言っても構いません」
「戦争をすると言うのに随分と呑気な話ね、もう勝ったつもり?」
「負けたら人類という種はいくつかの種と共に消えます。なら負けた時の事なんて考える必要もないでしょう?」
嫌味にも聞こえる口調でそう言ったオリビアに対して、エルピスの方は冷静さを崩すことはない。
オリビアが話を挟んだ事に口出しもせず、そのままの流れで話を進めて行く。
「さて前田さん、貴方の意見をお聞かせ願えますか?」
「──前提として。前提として貴方の意見には賛成できるし、同意もしている。
だが本当にそれだけなのか? 私の作るゲームで何をしようとしている?」
「何も、という訳には行かないのでしょうね。
正確には新たな市場の開拓と人類という種の全体的な強化です、人はこの世界で余りにも脆弱すぎる」
AIや軍事産業などといった機械産業の中でも戦争に傾いた物品への技術転用を恐れていた智は、エルピスの言葉を聞いて一瞬頭の中が真っ白になる。
人が弱いなどと、この世界に来て一瞬でも考えたことがあっただろうか。
智の疑問に応えるようにしてまたもや口を開いたのはオリビアだ。
「人が脆弱か…面白い話だ。いまの人類生存圏の広さはどの亜人種でさえ凌駕する、そんな人類が脆弱だと?」
「広さは強さではありませんよ。
人間が自らの土地に虫が巣を作っていてもそう気にならないように、上位種もまた人間の繁栄をどうでもいいと思っているからこその現状でしかありません」
無関心で見過ごされていた虫が人に楯突けば、その結果は火を見るより明らかである。
その虫に人がならない証拠などどこにもなく、だからこそ人はもっと強くあるべきだとエルピスは考えていた。
「だが人には繁殖力という強い武器がある。
それにこの世界にあるレベル到達による報酬は人類にしか無いものだ」
「裏を返せばそれがあってようやく人類は対等より少し下、土精霊が本気を出せば今にも空は航空機で埋まりますよ?」
厳密に言えば土精霊が人間と戦争をする事はあり得ないのだが、例え話として出すのであれば科学技術に最も秀でた彼らが今回は適任である。
種族間の大規模戦争はこの世界でも長らく行われておらず、その理由は種族間同士の戦争の最終結果は神同士の争いになるからなのだが、いまはそれほど関係のある話でもない。
「だからこそ私は人が強くなることを望みます。
そして強くなった人が希望を持ちこの世界を生き、新たな電子機械というジャンルで産業を発展させていく様を待望しています」
「なんだか話が難しいわね」
「ようは人が明日生きていきたいなって思うものがあればなんでもいいんだよ。
それを作りたいだけ、それ以外は全部副産物さ」
人類に希望があれば破壊神が暴れるのを防ぐ事だって出来るはずだ。
戦時中にはやる事はそれほどないとは思うが、戦後の暗い空気をなんとかして和ませることができるのであればそれだけでも大変な価値である。
エルピスの目をじっと見つめていた智は、それが嘘でないと判断したのかゆっくりと首を縦に振った。
「人が生きていく希望を作る仕事ですか…いいでしょう引き受けます」
「ありがとうございます。多分来年辺りにはそこら中の国が荒れに荒れるので早めに作って欲しいんですが行けますか?」
「エルピスさんいま年末近いの知ってます?」
「給料は弾みますので」
「……ブラック企業じゃないですか」
年末は急がしくなるのが常ではあるが、それにしたってワンオペで長時間というのはこれまた随分とブラックな職場である。
不平不満を垂れたいところではあるが同意してしまってからすぐにそんな事を口にするわけにもいかず、智は苦笑いを浮かべながらせめてもの抵抗にそんな事を口にした。
「話し合いも終わったことですし給料や休みなどは後々詰めるとして、まずはご飯を食べましょうか」
会話をしている間にも横からどんどん運ばれてくる料理にいよいよ手をつけて、エルピスは皇帝が勧める料理を口へと運んでいく。
さすがに皇帝が勧めるだけあって美味しい食べ物が多いが、どうしても特産品である鳥が多くなってしまうのは仕方のない事なのだろう。
聞けばトゥームは鳥料理が苦手らしく、だとすればどこの料理屋に行ってもこんな調子なのだから、彼からしてみれば帝国での食生活は辛いものがあるのは想像に難くない。
「そう言えばアウローラ、どうして前田さんを見て固まってたんだ?」
食べながら話すと言えば行儀は悪いが、無言の空間を作り出してしまうよりはマシだろう。
そう思ったエルピスは隣でもきゅもきゅとご飯を食べていたアウローラに対して質問を投げかける。
「えっ? あーっと、知り合いだったから」
「知り合いですか? 失礼ですが私にはアウローラさんのような知り合いは居ませんが」
「東北コンピューターゲーム製造組合、略して東KG。
そこのゲーム開発部部長だったのよ私、まぁ部署はあとキャラクターデザインにサウンド関係しかないけどさ」
頭に手を当てて思い出すような仕草をする智は、少ししてから記憶を掘り出すことができたのか驚きと共に声を出す。
「──もしかして伊藤さん?」
「お願いだからその名前で呼ばないで前田君」
「あ、すいません。それにしてもまさか部長がそんな……車に轢かれて死んだと思ってました」
「死んだわよ。死ぬほど痛かったんだから」
確か聞いた話ではアウローラの死因は事故死だったろうか。
実際死んだのだからアウローラの言う通り激痛だったのだろう、考えるだけで背筋が冷たくなる。
まさかの同じ会社出身という事に驚きはするものの、エルピスでいうならクラスメイトも妹も来ているのだ、いまさらアウローラに身近な人物がこちらの世界に来ていたところで違和感はない。
「まさか部長がねぇ……万年男ひでりだって裏でささやか──ぐえっ!」
「死ぬか、死ぬか。どっちかから選びなさい? せめて選ばせてあげるわ」
「あわあわ、前田さん!」
「離しなさ──あれ!? 私の武器は!?」
「さすがに武器を向けられるのはアレだから取らせてもらったよ。
アウローラも離してあげなよ、今は関係ないんだし」
身を乗り出して胸ぐらを掴んだアウローラに対して武器を持ち出し間に入ろうとしたオリビアは、自らの手が空回りした事に驚く。
警戒心を完全に解いてしまった智とは違い、自分は警戒心を持って常に相手の動向を窺っていた。
だというのにエルピスにいつのまにか武器まで取り上げられており、オリビアは自分と相手の間に絶対的な力量差があるのを感じとる。
貴族の息子は力を付けて親よりも強い存在になるものか、堕落して落ちるところまで落ちる者のどちらかであり、エルピスはどうやら前者のようであった。
アウローラを引き剥がしたエルピスはついでとばかりに武器をオリビアに返すと、また会話を再開する。
「それで昔のアウローラってどんな感じでした?」
「このまんまですよ。ただいつもお菓子食べてたイメージはありましたね、机の上に山と里でオブジェ作ってた時はヤバい人だと思いましたけど」
「アウローラお菓子好きなんだ? あんまり食べてるとこ見ないけど」
「それはその……太るから」
ばつが悪そうな表情で下を向いてそう言ったアウローラを見て、エルピスは自分が言葉選びを間違えた事に気づく。
この世界で太っている人間はそう居ないのでエルピスも忘れていたが、日本では体型維持は女性も男性も両方大変だったものだ。
こっちの世界では動くことが多いので早々太ろうにも太れないものだが、体型を維持しようとするアウローラの気持ちはエルピスもよく分かる。
「部長一時期結構やばかったですもんね、好きなアイドルが結婚したの知った時とか特に」
「余計なこと言うとまた締めるわよ」
「それはそうと…山派? 里派?」
「あんたそれ戦争よ? いいの? 私の答え次第では戦争よ?」
「上等だよ、俺の料理スキルで作られる里の魅力に果たして勝てるかな?」
異世界で突如として始まった山里戦争、にこにこしながら話に入れるのはもちろん異世界人だけでオリビア達はなんの事か分からず話に置いていかれる。
「山? 里? なんの話をしているんだ?」
「気にしたら負けだよオリビア。昔からあるじゃれあいみたいなものかな、ちなみに俺は山。
そう言えば部長、この世界に来て結構長そうですけど、どれくらいの力があるんですか?」
「私結構強いわよ? 多分帝国でも結構上位じゃ無いかしら」
「たしかにそれくらいはあるだろうね」
最高位冒険者である皇帝や、その近辺を守るロイヤルガード辺りと戦闘になった場合は怪しいものだが、それ以外ならばアウローラと戦闘して勝てるものなど帝国全土を探しても数少ない。
一度きりの国家級魔法は一対一の戦闘において比類ないほどの強さを誇るし、それでなくとも戦術級を扱うアウローラは相当に強い。
自信持ってそう言ったアウローラの言葉に対してグレースの方が驚きに言葉を漏らす。
「帝国…上位」
「ごくりっ」
「それは一体どれ程の強さなんでしょうか?
2人は冒険者なんですけど、俺はただ物作りしてきただけなんで強さとか分からないんですよね」
「戦術級魔法を単体で打てるから…そうね、規格外って感じ?」
胸を張って自慢げにそう言ったアウローラを前にして、先ほどまで敵意をちらちらと見せていた智の両脇にある女性陣の目がキラキラと輝き始める。
冒険者にとって実力とはその個人の魅力そのものであり、戦術級を操るアウローラは彼女達からすれば憧れの人物としてその瞳に写っている事だろう。
「尊敬します!」
「よく見れば冒険者プレートもヒヒイロカネじゃないですか! 初めて見ました!」
「アウローラ冒険者になったの?」
「あんたの借りて結構便利だったから取ってきたの。まさかこんな上のやつ貰えるなんて思ってなかったけど」
見てみればいつ手に入れたのか首から冒険者プレートをぶら下げており、それを指で軽く弄びながらエルピスの言葉にアウローラは応える。
普段は服で隠すようにして付けているので気付かれないのも無理はないが、いまのいままで気づかれていなかったと言うのはアウローラからしてみると微妙な気持ちだ。
それにプレートの話をするのであれば自分のよりも──
「私のなんかよりエルピスの奴見た方が良いわよ、滅多に見られるもんじゃ無いし」
「さ、最高位冒険者…!」
「最高位冒険者って確か全世界に三桁くらいしか居ないっていうあの?」
「実際は二桁前半しかいないって言われてる。二つ名付きの最高位冒険者プレートは一枚だけで遊んで暮らせるお金になる」
最高位冒険者のプレートは一部の商人からとてつもない程の金銭的価値が付与されており、何に使うのかは判明していないが高額で売れることが多い。
冒険者プレートは言わばそのプレートの持ち主が冒険者として生きてきた証なので、そう言ったところに魅力を感じるのだろうか。
組合が作り出した特殊な合金で作られたプレートを無造作に机の上に置いたエルピスに対して、オリビアは触れていいか許可を取るとまるで爆発物でも触るようにプレートを手に持つ。
「これが最高位のプレート! いつかかけてみたいなぁ…」
「そんな貴重品首からぶら下げるのって結構リスキーよね」
「まぁ最高位冒険者から物取る方がリスキーだし」
「たしかに、それもそっか」
プレートのおかげで微妙な空気もどこかへと飛んでいき、それからの食事は非常に有意義な時間を過ごすことができた。
敵対意識を持った人物がいきなり尊敬の眼差しを向けてくるのには違和感があったが、もはや慣れるしかないことなので気にしていても仕方がない。
「とりあえず今日のところはこの辺で。細かい話はまた改めてしましょうか」
「そうですね。本日はありがとうございました」
「いえいえこちらこそ、またご飯に行きましょう」
「あ、あの! 今度剣の指南をしていただけないでしょうか!!」
「良いですよ、では次は外で」
喉に何か詰まっているのかと思えるほどにどもるオリビアを前にして、エルピスはにっこりと笑みを浮かべて次の約束を取り付ける。
それから少し歩いて三人の気配が遠ざかっている事を確認したエルピスは、近くに止めていた馬車の荷台に乗り込むとそのまま倒れ込むようにして床に寝そべった。
本来の馬車は腰をかけるようの椅子などと荷物を置くようの場所しかない簡素なものなのだが、どうせ荷物など運ばないのだからとエルピスが寝転べるように改造した特注品なのだ。
もちろん荷台を引く馬はエルピスが魔法によって作り出した物であり、執事やメイドの誰かの手を煩わせることもない。
「やっと終わった〜。疲れたわ、もうほんっと疲れた」
身体が徐々に緊張感から解放されていき、背中に枕の反発感を感じ始めた頃にはエルピスはそんな事を口にする。
先に荷台に上がっていたアウローラはエルピスよりも奥の腰をかける椅子がある方に座っており、馬車の中でごろごろと寝転がるエルピスを足を組みながら見下ろしていた。
「ようやく戻ってきたわね。エルピスって真面目な話してると性格変わるから接しづらいのよね」
「お金も絡んでくるし事実真面目に話さないと行けない話だからさ。
馬車の荷台で揺れてながらじゃ無いとこんなだらだらできないよ」
「わざわざ荷物を乗せるようの後ろが広い馬車を改造してあるのは寝転ぶ為なの?」
「そうそう。アウローラも寝転んでみる? 意外と気持ちいいよ」
「私は良いわ。まだ横になるには時間的にも早いし」
そう言ってアウローラは断るが、実際のところは服の形が変わってしまうと嫌だからだ。
エルピスには店に来る前にひとしきり褒められた服装だが、なにぶんこの国で買ったのでまだ新品であり形を崩すのは憚られる。
エルピスのようによく分からない素材で作られたすぐに元の形状に戻る服ならばまだしも、新しい服を崩す気にはさすがになれなかった。
それにアウローラからしてみれば話はまだ終わっていない、むしろこれから先の話の方が大事だと言ってもいい。
「それでだけど、本当のところ目的はなんなの? 今回の」
「本当に人類が希望を持つ為の物ができれば良いなと思っただけだよ。
あと出来ればこっちの世界でもやりたいゲームがいくつかあったんだよねぇ」
「どっちかというとそっちの方が本音じゃ無い?」
「エルピス・アルヘオ的には前者、晴人的には後者かな。なんか久々に自分の昔の名前を言った気がする」
上半身を起こしたエルピスは小首をかしげながらそう言うが、それすら本当かどうか怪しいところである。
騙そうとして嘘をついてきて居ないのだからある程度はアウローラも許容するが、本当のことを言ってくれないのは少し心寂しい。
「昔の事でさっきの話の続きだけど……どうだった? 私の話聞いて」
少しの沈黙の後、アウローラは気になって居た事を口にする。
過去の自分の話はお互い避けてきた、それは結局のところ過去を忘れようと二人ともがしているからなのかもしれないが、同じクラスメイトから少しずつ話の漏れていたエルピスと違いアウローラの過去が語られたのは初めての事だ。
それに対してのエルピスの反応は未知数であり、だからこそ唾が飲み込めないほどの緊張感に襲われる。
「可愛いなぁと思ったよ」
「そういう事じゃなくて! 幻滅したりそういうのは?」
「しないよ、しないしない。お菓子食べてても良いし、好きなアイドル追っかけててもいいよ。
自由に生きる女の子は好きだし」
軽々しくそんな事をいうエルピスだが、目の奥に秘められた想いや声に乗った感情はそれが本当の事だと嫌でも分からせてくる。
裏表も何もない、駆け引きすらない単調な恋愛。
だからこそエルピスの言葉は素直に心の内側に入り込み、アウローラは赤くなりそうな顔をそっぽを向いて隠す。
「あんた結構そういうところあるわよね」
「そういうところって?」
「放任主義っていうかなんていうか。独占欲を出して欲しい気持ちもあるし、逆に楽だなぁって思う自分もいる」
独占したいと思わないから大事に思われて居ないなどとお子様のような事を口にするつもりはないが、不安な気持ちが常に胸の中にある事くらい呟いてもいいだろう。
ニルがエルピスに向けるのと同じくらいの愛情を、だなんてさすがに人間であるアウローラには口にできない事だが、セラくらいには分かりやすく愛して欲しい物である。
「女子しかいない家庭で育ってきたから、女性の目線に立ててるのかもね。アウローラは兄弟とか姉妹は?」
「私は一人っ子よ。従兄弟は居たけどほとんど喋ってないし、高校大学と何回か告白されたけど相手してなかったのよね。職場でも仲良い人は居たんだけど」
「んー、これ独占欲見せるポイント?」
「そうよ、見せないな」
苦笑いを浮かべながらそう口にしたエルピスに対してアウローラが答えると、エルピスはゆっくりと立ち上がりアウローラの対面の椅子に座り大きく手を広げる。
分かりやすい状況を作り、分かりやすく挑発してようやくエルピスは嫉妬して欲しいと言う乙女の気持ちに気がつくことができる。
きっと男友達の話をしたところで彼なら仲のいい友達が居ることはいいことだ、だなんてその程度にしか感じてくれないのだろう。
倒れ込むようにしてエルピスの胸に抱かれながら、アウローラはふとそんな事を考える。
「エルピス、もう少し強く」
「ああ。不安だった?」
「……もう安心した」
小さな声でそう口にすると、アウローラは抱かれたまま目をつむる。
肌に感じる彼の体温は少し冷たく、本格的な寒さに襲われている今の帝国ではほんの少しだけ肌寒く感じられるが、少し時間がたってくるとゆくっりと温かみが感じられるようになってきた。
聞いた話によると
暖かな彼の胸に抱かれながら、アウローラは人肌に温まったその温度を感じて自分の頭を撫でる手の感触に溺れる。
ずっと長く、それこそ永遠に続いて欲しいと思えるほどに幸福な時間を過ごしていると、ふとエルピスが話を始める。
「俺さ、ずっと隠してる事あるじゃん」
「──あるわね。何回その話聞こうとしたかもはや忘れちゃったわ」
「それ今ここで話すって言ったら聞く?」
撫でる手が一瞬止まり、そしてまたゆっくりと動き出す。
彼が秘密にして居たこととは一体なんなのだろうか、それが気になって居たアウローラは反射的に同意の意を示そうとして、だが止まった。
それはいままで彼が隠してきた事をこのタイミングで自分に言ってもいいのか不安になったからだ。
「……それはそんな軽いノリで言って良い物なの?」
「言っていいかどうかは俺の心次第かな。重要度で言えば高いけど、俺がアウローラとの関係の変化を恐れない限り口にするのは簡単な事だよ」
「ふふっ。ごめん、笑うつもりは無かったのよ。
ただ独占欲は見せない割に不安な心は持つんだと思って、案外めんどくさいわね?」
「酷くない!?」
独占欲を見せて呆れられたくはないが、離れていってしまうのは何よりも怖い。
下手な独占欲よりもよっぽど面倒な性格をしているが、だからこそニルのあの感情を全てではないにしろ受け取ることができるのだろう。
「どんな話だって受け入れてあげるわよ。ほら」
この旅についてきた時点で全てをエルピスに委ねる覚悟は出来ている。
そして森霊種の国で恋人同士になり、改めて自分の感情と向き合った事でその想いは確実なものへと変わった。
たとえ目の前の人物がなんであろうとも愛せる自信がいまのアウローラにはある。
「ありがとうアウローラ実は俺──」
だから恐れないで。
秘密を話す事に恐怖を感じることは当たり前、でも私はエルピスの全てが知りたい。
たとえそれが知る必要のないことだとしても。
「神なんだ」
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