第174話皇帝
皇帝モナルカ・ミクロシア・センテリア。
覇王とも呼ばれる彼は、世界会議の会議場で退屈そうに頬杖をついていた。
「以上の事から物資の支援につきましては書類の通路を通っていただきたく」
「直線で行けば済む話をなぜわざわざ迂回する必要が?」
「それは……安全性を考慮してですね」
「でしたらうちから護衛を出しましょう。潤滑な資材の運搬は、戦争において最も重要な事だと認識しています。多少の戦力の低下よりも必要な事でしょう」
「確かにおっしゃる通りです。しかし前線が維持出来なければ食料を確保したところで意味がないのではないでしょうか」
「ご安心を。この範囲なら私が守ってる場所なので問題ありません」
先程からこの繰り返し。
権利と利益を追求する国に対して、アルヘオ家の代表であるエルピスの返答は完全なる効率重視。
なまじ本人が強いだけに周りが文句を言うこともできず、共和国の冒険者組合長から手に入れた情報は既にこの場で共有されているので実力の裏付けもできている。
一部の者達はそのエルピスの姿に感心しているようだが、モナルカとしては新たな頭痛の種を見つけた事に辟易していた。
「モナルカ殿からも何か意見を頂きたい。同じ最高位冒険者としてこの戦術の有効性をですな」
—―ほら、やはり自分に回ってきた。
彼等は同じ立場なら彼に対して意見ができるとでも思っているのだろうか、自らが同じ立場である王にすら機嫌取りをしていないと生きていけない存在のくせに。
軍略家でも戦術家でもなく、もはや最高位冒険者であるかすら怪しい自分に対しての問いに応えぬわけにも行かず、モナルカは嫌な気持ちを押し殺して発言する。
「ルートの変更自体は悪い話ではない。しかし安全を確保する必要性については理解を示すところだ、ならばその護衛役を貴国が買って出れば良いのではないか?」
最大限譲渡できる限界はここら辺だろう。
そもそもからして無駄な行動を戦時中に取ろうとするのがおかしいのだ。
かつて他の国でも軍部が全ての権力を掌握していた時期があるという話を聞き、なぜ戦争に関係のないことまで抑えるのか理解できていなかったが、この様な事にならないためだと考えればその思考も把握できる。
頭なんて多くなれば多くなるほどに邪魔になる、結局のところ優秀な王が居るのであればその一人にすべてを任せてしまう事こそが最も効率のいい国の動かし方なのだ。
「では次の件ですが—―」
/
モナルカの自室、豪華絢爛な装飾が施された家具が所狭しと並んだ皇帝の部屋に来訪者が来ていた。
もはや見慣れた黒色の髪に同じく黒の綺麗な瞳でモナルカを見つめ、時折落ち着かないのか身体を左右に動かして自らの存在をアピールしている。
昼間見かけた姿とはまた違った生娘の様な立ち振る舞いに少し嗜虐心が湧いてくるが、モナルカは早速本題に入っていく。
「よく来てくれたねエルピス君。君の事はあらかた調べさせてもらった、中々の戦歴だ、ご両親にも勝るとも劣らない素晴らしい戦果だといえる」
思い出されるは共和国領内で見たあの大穴、皇帝としての権限をフルに活用して問題を起こした組合員を庇う代わりに事故としたあれは人が到達できない領域だ。
至高の領域ともいえる最高位冒険者のレベルより遥か上、今後敵対するであろう上位種族ですら到達できない頂きを持つ目の前の彼にモナルカは何よりも興味がある。
そんなモナルカの言葉に対して苦笑いを浮かべると、エルピスは緊張からか少し掠れ気味の声で答えた。
「いえ私など両親の足元にも及びません。今日の事も両親の力があればこそ、私の力などまだまだです」
「謙虚だな、だが俺も最高位冒険者だ。彼我の実力差くらいは理解できるし今は皇帝でもない、一冒険者として見てくれ。敬語もなしだ」
「……分かった。それで用件は?」
「話が早くて助かるな。用件は一つ、龍の谷にいる龍の懐柔、出来れば不可侵条約の締結だ」
モナルカが彼を呼んだ理由は何もその実力だけが全てでなく、
龍の谷は人類にとって過ぎた場所だ、今までは龍も人間もお互いがお互いを牽制しあっていたので大きな災害もなく終わったが、人類が疲弊したところを龍が狙ってこないとは限らない。
かつてエルピスが相手した龍の森に住まう龍は高潔な者達であったが、人の全てが同じでない様に龍もまた全てが同じわけではないのだ。
「従えて力にすれば良いんじゃ? それこそまだあと四年近くはあるわけで、いくら人でもそれくらいの時間をかければなんとかなるのでは?」
「死ぬと分かっているところに突っ込めるほど人は愚かじゃないし、それにかけられるほど帝国にも余裕はない。報酬はもちろん支払う」
「確かにそれもそうですね、報酬はお昼に助けてもらったのでいりません。それに龍は慣れたものですから」
「そうか、それは助かる。それにしても龍になれる……か。一度は言ってみたいものだ」
龍を前にすれば人はか弱い生き物になる。
それは最高位であろうとしかり、人にないこの世界を単体で生き抜く力を持つ姿は雄大で力強い。
そんな彼らに慣れてしまうほど近づく事は、きっと人間には難しい事だ。
「覇王の貴方であれば難しい話でもないのでは? 同じ最高位冒険者ですし」
「俺の冒険者としての仕事はこの国を作るところで終わりだ、それ以上はもう何もできない。自由の身が恋しいよ」
もはや長らく前線に出ておらず鈍ってしまった勘を取り戻すのは、それこそ龍と戦うよりも遥かに難しいことだろう。
「民草を思えばこその行動、感服します。そういえば皇帝陛下、最高位冒険者を集めた会議はいつ頃行うんですか?」
「—―明日にでも。そう言いたいがあと半年以上はかかるだろうな。
なにせ世界連合もこの事態の被害を予測できていない。あるのは学園が潰されたという事実と、君の口から発せられた転生者としてその者が復活したという話だけだ」
根拠としてはあまりにも薄く、最初の頃は各国の王達もエルピスの話をうわ言だとして対処することなどなかった。
だがヴァンデルグ王国がエルピスの発言を受けて緊急事態を宣言した事により、各国でも民衆が感化され人類全体が敵と戦おうという意思を見せている。
そこまでならばまだなんとかできたかもしれないが、その後各地で植民地化していた亜人種の逃亡や上位種族の目撃情報が上がって来た事でようやくエルピスの言葉は真実味を帯びて来ていた。
モナルカ自身も今年に入ってから何人裏切り者として粛清したか覚えていないほどで、人類の変革期は間違いなくすぐそこまでやって来ている。
ある程度の力を持つものは本能でその危機を感じ取っているが、筆を握り歳を重ねた老王達にはそんな事を求めたところで無駄である。
「君は何を敵だと思ってこんな大量の力を集めているんだ? それを分からせることが出来れば多少は話も早くなる」
「一番可能性が高い敵は獣聖種ですね、彼等はほぼ確定で敵側です。ついで面倒なのは魔界にいるごろつき、土地を離れた亜人種に世界を放浪する強者なんかも仮想敵です。
一番怖いのは人間ですけどね」
「なるほど……獣聖種か」
敵の目的がなんなのか判明していない現状ではその意思に賛同する敵も見つけにくいが、とりあえず戦争に参加したがる獣聖種達ならば間違いなく参加することだろう。
特に彼等は人間に対してあまり良い感情を抱いていないようで、目の敵にされることも多い。
「とりあえずは頭に入れておこう。酒を用意しているが…飲むか?」
「体質で酔うことが出来ませんがそれでも宜しければ」
「秘蔵のボトルを出そう」
敵は少ないに越したことはないが、きっとこれから増えていく一方だろう。
味方を増やすという利害が一致した二人は、静かに親睦を深めるのであった。
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