第162話訓練を終えて

 訓練を終えた遥希達はゼエゼエと息を吐き出しながら、なんとか足を進めて前へと進んでいた。

 エルピスが遥希達に課したこの森での任務は無事に出てくること、未だに森の中にいる遥希達は予定日数はクリアしていてもその条件をクリアしていないので気が抜けない。


 トラップの類はさすがに全員判別が付くようになってきたが、魔法による遠隔攻撃や魔力で形作られた魔獣などは相手にしているときりがないのでなんとかギリギリで捌くしかなく疲弊の元になる。


「あと何キロ!?」

「10キロくらい! 本気出せばすぐ着くけど走っていいのかこれ!?」

「空飛びましょうよ! そっちの方が早いわよ!」


 お互いに罠を警戒して距離を取っているので叫びがちになりながらも、遥希達はなんとかこの苦行を楽にこなせる道筋がないかと思案する。


 だが走れば間違いなく罠に当たり、空を飛べばこちらが上がってこないか監視しているあの龍に見つかってしまうだろう。

 いまいましげに遥希が見上げるその龍はその視線に反応してこちらを一瞥してくるが、上がってくる気配がないのを見ると興味がなさそうにまた飛翔を開始する。


 一度は撃墜も考えたあの龍だが、指示出し役である秋季が嫌な予感がすると言ったので手出しはしていない。

 実際のところエキドナはエルピスから攻撃されても防御だけして手出しはするなと言われているが、半ば龍の神であるエキドナに対して喧嘩を売るような行為は避けるべきだ。


「──ッッ!? なんで幻獣馬ユニコーンが居るんだよ! 

ここ群生地じゃないだろうが!」


 幻獣馬が生息しているのは王国から遥か遠く、帝国領のその先にある獣人種達の住まう国だ。

 白銀の立髪に紅い目が特徴的な固有種だが、今回遥希達の目の前に現れた幻獣馬は、白く輝く毛並みではなく青白い透明の体をしており目も金色である。


「よく見ろ全部魔法で作られた模造品だ! オリジナルより強いけどなぁ!?」


 刃を立ててみなくともその強さは、身体から湧き出る魔力量で理解できる。

 勝てない相手ではないが、ここで一度でも足を止めてしまえば森の外に向かうのは絶望的になるだろう。


 一瞬の時間さえあれば届く距離なのに、その一瞬が果てしなく遠い。


「届けぇぇぇぇ!!」


 言葉と共に足にあらんかぎりの力を込めて、思いっきり前へと飛び出していく。

 木々を突き抜け草木を分けて、数度の攻撃をなんとかして抜け出せばそこには平野が広がっていた。


 慌てて背後を振り返ってみれば数センチ先で魔法によって作られたなんなのかすら分からない生命体が多く口を開けており、あと数秒遅ければその口の中に今頃いた事だろう。


「──はい。ミッションクリア、目標にしてたタイムより大幅に短いね、さすが」


 耳に透き通るようにして入ってくる声に驚いて前を向くと、ほんの一瞬前まで居なかったはずのエルピスがそこには居た。


 見てみれば戦闘服に小さな傷が複数箇所刻まれており、その小さな傷から漏れ出る魔力に遥希達はゾッとする。

 服の傷に付着した魔力は刀身に魔力を宿した武器で斬られた証拠であり、その付着した魔力量によってある程度相手の力量を測ることができるのだが、その付着している魔力量が尋常ではなかったからだ。


 遥希達と同じが、もっと厳しい特訓をエルピスも行なっているのだろう。

 とは言え文句の一つも言ってやりたい気分であり、代表として遥希が口を開いた。


「何回死にそうになったか分からないくらい死にそうになったんだが……」

「まぁ死んでないし問題なし。エキドナ! もう影に戻って良いよ」


 エルピスの声に反応して、空を飛び回っていた龍がエルピスの影の中へと入っていく。

 確かあれは潜影種と呼ばれる類の竜だったろうか、直接戦闘能力はお世辞にも高いとは言えないが、その分奇襲戦においては通常の龍種とは比較にならない性能を持つ。


 人に懐く事は無く孤高で気高い一族のはずなのだが、どうやらエルピスには懐いているらしい。


「それお前の使役してる龍なのか?」

「見なかったっけ? 雄二と最初戦った時出したと思うんだけど」

「いや直ぐに飛び立ってったから。それにあんま詳しく見てなかったからさ」


 思い出してみれば戦闘中にいきなり大きな魔力反応が出たのはうっすらと覚えているが、その後のエルピスの魔力の方がとんでもなかったのを明確に覚えている。


「とりあえず……まぁ、なにさ。小林くんが居ない理由は大体検討付いてる。

 24時間見てた訳じゃないから詳しいことは知らないけどさ」

「責めないでやってくれ。判断の一つとしてあの行動を間違っているとは俺達も言い切れない」

「もちろん分かってるよ。遥希達ももし辞めたかったら言ってくれて良いんだ、俺だって無理なお願いをしてるのは分かってる」


 そうは言うが不安そうなエルピスの不安そうな顔は変わらない。

 力があったとしても守れるものには限度がある、それにそうでなくとも一人で戦うというのは心細いものだ。


「俺達の間でもうその話は終わったよ。命をかけるかどうかは別として、この国のために戦うのは全員了承済みだ」

「……それなら良かったよ。もちろんみんなが死なないように俺も最善を尽くすつもりだけどね」

「──そう言えばエルピス、あんたはなんでこの世界を救おうとするの? 家族がいるから?」


 この世界最高戦力の一人に守ってもらえるのであれば心強い。

 麗子が出した質問に対してエルピスは少しだけ戸惑ったような表情を見せ、ついで困ったように笑みを浮かべながら理由を述べる。


「まぁそれも理由の一つかな。ちっちゃい頃の俺はそれが一番大きな理由だった」

「なら今は何が一番大きいんだ?」

「俺の好きな人達が、この世界を守りたいってみんな思ってるからだよ。

 家族だけじゃない、執事もメイドも、一緒に旅を共にした仲間も、もちろん秋季君だってそうだよ。

 そんな人たちの為になら俺は命だって賭けてもいいと思ってる」


 エルピスもまた弱者の為を思い、弱者のために力を払う者なのだ。

 秋季はエルピスのそんな言葉を聞いて嬉しそうな笑みを浮かべ、バンバンと肩を叩く。


「そうか。ならエルピス! せめて君付けはやめろ」

「確かにそれは前々から気になってたな、一応上司なんだから威厳がなくっちゃ困るよ」

「同級生であって上司じゃ…ちょ重い重い!」


 首に腕を回されのし掛かられながら、エルピスは笑みを浮かべて秋季達の言葉に応える。

 中高と求めて手に入らなかった同級生達との確かな関係が、この世界に来てようやく手に入ったのだ。


「みんな誰かを守る為に戦ってるのに、あいつらは何で誰かを傷つける為に戦うんだろうな」


 ふと遥希がそんな事を口にする。

 人を守る為に戦う事は簡単だが、人を傷つける為に戦うというのは常人にとってみれば難しい。


 ならば彼らは狂ってしまったのか、だとすれば狂ってしまった原因は一体なんなのか。

 そんな事を考えていると、転移魔法によって一人の人物がやってくる。


「それなら僕の方から話をしようかな」

「──誰だっ!?」

「落ち着いて。情報収集はもう終わったのニル?」

「もちろん。これくらいならお茶の子さいさいだよ、新しく出来た耳もあるしね」


 警戒する和人を他所に、ニルと呼ばれたその少女は優しい笑みを返す。

 一瞬で理解できる圧倒的な実力差、おそらくはエルピスと同等かそれ以上の迫力を前にして和人は黙って武器をしまう。


 エルピスが止めなくてもきっと和人は武器をしまった事だろう、このレベルの敵を相手にするのなら武器をしまい命乞いをした方がいくらか建設的である。


「初めましてではないね、エルピスの古き友人達。僕はニル・レクス、エルピスの恋人だよろしく。

 名前は知っているから自己紹介は省いて構わないよ」


 初めましてではない。

 そう言われて遥希達はどこであったのかと頭をフル回転させ、数秒経ってようやくどこで出会ったのかを思い出す。


 先程の龍と同じ、王国防衛戦において兵士達の援護に周り誰一人として犠牲者を出さないという伝説を作り出した人物の一人でもある。


「とりあえず今回の件に関わった種族の背景と、異世界人についてある程度調べは付けてきた。

 少し長い話になるから腰を掛けて聞いてくれ」


 そう言われて遥希達はその場に腰を下ろし、話を聞く姿勢を取る。

 エルピスが素直に体育座りしている姿はシュールでどこか笑いを誘うが、そんな事は気にせずニルは話を続ける。


「まず今回の件で一番利益を得た国がどこか、これが最もこの話を語る上で重要だ。

 まず基本的に貴族、王族を含めて学園で行われた殺害行為は無造作に人員の選抜なく行われたものであって、そこに何か作為的なものがあったという情報はない。

つまりは自国の貴族や、王族が死んでも構わないと思っている国じゃないとできない訳だ」

「四大国だと共和国か連合国でしょうか。小中国を含めると候補が多すぎますね」


 エルピスがこの前話した通りこの世界で国は100を超えているが、世界連合に承認されていない国も含めれば200を超えると言われている。


 蛮族や部族の集まり含め小さなところはポツポツとあるが、とはいえそれらが今回の大事件を起こせるほどの力があるかというと疑問だ。

 ちなみに世界連合とは対亜人用に結成された人類種保護用機関であり、今回世界会議を開いたのもこの世界連合である。


 人類同士の戦争などには手を出さず、人類種の敵のみに対抗するのが世界連合の基本原則だ。


「いや、共和国も連合国も両方今は足元がぐらついている。

そんな中で大商人の子供や盟主の一族を無差別に殺してみろ、国自体の転覆があり得る。

流石にそこまでのリスクを追うことは考えにくいから、現実的には帝国あたりが妥当だろう」

「正解、さすがだね。あの国は長男が世襲する訳ではなく、皇帝と血縁関係にある人物達の中で最も優秀な者が時代の皇帝に選ばれるようになっている。

爆撃で死ぬような軟弱な者にどちらにしろ皇帝はなれないし、丁度良かったんだろうね」


 和人の答えに対してニルは笑顔で正解を告げる。


「なら帝国内部に内通者が? それにしては作戦内容自体は随分とちんけな物だったけど」


 エルピスが疑問に思うのも無理はないだろう。

 確かに最初の砲撃による一撃は良い作戦だったと思うが、その後の積め方が随分と下手くそだった印象がある。


 雄二が作戦指揮をとっていたのならばあの単調な攻めも理解できるが、そうでないとしたら何か狙いがあったのだろうか。


「少しちがうかな。内通者というよりは世界の混乱を望んだ人物が居たんだ、それと利害が一致したから情報を横流しして協力したにすぎないって感じかな。

ただ話によるとその人物はもう別のおもちゃを見つけたから混乱はどうでも良くなっちゃったらしいけど」

「はた迷惑な人間もいたもんだな」

「力あるやつの精神がおかしいとそんな事になるんだよ、実際共和国の盟主の一人とかもそんな感じだったし」

「日本もこっちもそういうところは変わらないわね」


 顔も名前も知らない誰かの無邪気な笑い声が、頭の中をこだましていく。

 子供が虫を引きちぎって遊ぶように、他者の感情を理解できないものが行う無邪気な行為は残酷なものであることが多い。

 しかるべき罰を受けるべき人物ではあるが、その無知を罪とするかはまた別の話だろう。


「帝国は軍事的に最も発展した国だから、現在混乱している国に傭兵を送り込んだり魔物の討伐なんかで荒稼ぎしているみたいだ。

 四大国の勢力図はもはや帝国と法国の二強になりつつあるね。

 この前エルピスと戦った森霊種と性濁豚の身元についても特定が付いたよ、狂信とも呼べるほどに雄二くんに熱中していた理由。

 それは帝国からの部族の解放を条件にして彼に付いていたからだったようだね」


 帝国は当代の帝に変わってから人間相手の領土戦争では無く、亜人種相手の領土戦争にその舵を切り替えた。


 これ以上人の領土を奪ってしまうと、他の四大国から攻撃を仕掛けられる可能性があったことが一つ、二つ目は亜人種の領土には人類の領土で取れない貴重な資源が山のように有りそれを占領する為である。


「彼らからしてみれば雄二君は自分達の種族を圧政から救ってくれた英雄だ。

無論無力化されている亜人種が人間世界において力を持つなんて本来あってはならないことなんだけれど、世界の混乱を望んでいる彼からすればそれで好都合だったんだろうね。

エルピスの魔法で消された数万にも及ぶ亜人艦隊の大元もおそらくそこだ」


 数万を超える亜人種の脅威、それを口に出すのには一体何を比べればいいのだろうか。

 全員が全員戦闘員であったとは思えないので、実際の数を一万としてみよう。


 数にすれば一万、人類の敵にしてみれば少なく思えるが戦力で表せばその10倍だと思っていい。

 10万の兵士が一万の兵と同じ機動力を持って、かつ最後の一人が倒れるまで戦い続けるのだ。


 担当している指揮官の指揮次第では国が一つどころでは無く、両手で数えられる以上の数消えていてもおかしくはなかっただろう。


「つまり彼からしてみれば今回の事件で消えた亜人の手駒は帝国内にあったものだけ、随分と安く済ませたものだよね。

次に転移者、君たちのクラスメイトについてだ」


 国を消せるほどの軍勢の消失、それを安い損害とすましていいのか遥希は一瞬疑問に思うが、後ろに上位種族が隠れているのであれば確かに安い損害なのだろう。


 話はクラスメイト達にとって最も重要な局面に差し掛かり、自然と緊張感が当たりを包む。


「まず僕の姉さんと戦った異世界人、名前は……何だったかな高瀬…」

「春か! あいつ生きてたのか」

「いや死んだよ。姉さんに撲殺された、申し訳ないけれどまともな会話ができる精神状況じゃなかったんだよ。

その姉さんが戦った春君と名前が分かっていない七名、この子達の記憶から彼らがどんな状況で攻めてきたのか理由は判別できた」


 エルピスの手にかけられた人物も含めて、11人この世界からクラスメイトが旅立ってしまった。

 それは悲しいことであるが、もはや過ぎ去ってしまったことだ、仕方がない。


「簡単な事だったよ。彼等はこの世界の人間を殺せばこの世界に平和が訪れると本当に信じていたんだ」

「どういう事……? 洗脳教育されていたって事?」

「そう言っても良いんじゃないかな。彼等は亜人者に対しての人間の行いを見て、この世界の人間はいるべきじゃないと判断した。

きっと転移直後の人間達が行っている転移者のオークション、それも彼等のそういった感情を誘発するのに足りる者だったんだろうけれどね。

 その結果彼等は自らのことを平和のための使者と信じて戦っていたんだ、もしかすれば人間を殺して亜人達の信頼を獲得し、上位種族にとりいって元の世界へと返してもらおうなんて考えている人物もいるのかもね」


 結局は敵も何かを守る為に戦っていたのだった。

 きっと何よりも元の世界に帰りたいと思うからこそ、彼らはこの世界で狂ったように戦いを続けるのだろう。


「明言してしまえば帰れるよ。この世界に無理やり魂を引っ張ってきている訳だけれど、それと同時に向こうの世界には君達と全く同じ思考をして言葉を喋るナニカが送られているからね。それと中身を入れ替えれば時間は経過しているだろうけれど無事元に戻れるよ、転生したエルピスは心臓麻痺かなんかで突然死しちゃったから無理だけど」


 話を聞いてエルピスが嫌そうな顔をする。

 それはそうだ、自らが死んだ事を明言されてしまえば、今の自分が生きていたとしても嫌な気分になるのは仕方がない。


「うへぇ。あんま聞きたくなかったなその話」

「ナニカって何なのかすごい気になる」

「世界構築の関係上そういうのもいるんだよ。ドッペルゲンガーみたいなものかな、直接会ったら強制的に精神崩壊するけどね」


 自らと完全に同一の存在を見た時、人は一体どうなってしまうのか。

 ニルから語られた言葉がその答えなのだろう。


 エルピスは苦い顔を隠そうともせず、少しだけ呼吸を深くしてから溜息を強く吐く。

 一体何を想像したのか他の者には分からないが、おおよそ虐められている自分の分身に想いを馳せたのだろう。


「つまりはその洗脳さえ解いてしまえばあるいは……?」

「そうなるね。ひとまず君たちの目標はそれにすればいいんじゃないかな」

「難しいけど出来ない話じゃないか……よしっ」

「あ、そうそうエルピス。叔父さんが今回の事で力になれたらってきてるらしいから、一度行ってみたら?」

「ダレン叔父さんが? 分かった、今から向かうよ」


 空飛ぶ島に居を構え、最高位冒険者に近い力を持っているダレンは、エルピスとしても参戦に期待していた人物の一人だ。

 

 これで王国を防衛するための人員は近衛兵、宮廷魔術師、騎士団、王国所属の冒険者、異世界人に加えてダレンまでだ。

 こうして考えてみれば王国には少々過剰とも言えるほどの戦力が備わっていたわけだが、この状況になればそのおかげでエルピスも安心して他を守ることができる。


「それじゃあいったんここで解散か? 俺たちは屋敷に戻っておくよ」

「たのんだ。行こうかニル」

「あいあいさー」


 ダレンが入るのであれば、防衛ラインの引直しから物事を始める必要があるだろう。

 ようやく充実してきた戦力に少し頬を緩ませながら、エルピスは王城へと向かうのだった。

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