第112話権能の再確認
「それでは権能のレクチャーを始めるわよ」
フィトゥス達と別れたエルピスは、そのまま直ぐに王都まで戻りセラとニルに教えを乞いに来ていた。
今日はあちらこちらと移動して心労は溜まっているが、身体の方はまだまだ問題なく動く。
剣術と魔法の技術を学んだエルピスが最終日強化できるとしたら、未だに実態を上手くつかめていない権能についてだろう。
これは下手を打つと取り返しのつかない範囲で問題が起きるので、万が一があっても抑え込める二人を師匠としてお願いした。
それにこの二人はこの世界を作った立場の人間だ、権能について誰よりも知っていることだろう。
「まずだけどエルピスの権能は僕の管轄外だから、詳しい能力自体は教えられないんだ。それだけは分かっておいてね」
そう思っていたのだがそんな目論見は残念ながら外れてしまう。
「本当はどの神もある程度この世界のルールに則っていて、共通とはいかずとも似るから分かるんだけどね。
貴方の場合は創生神が弄った所為でこの世界のルールと少し違うのよ」
「この空間は僕と姉さんの力で完全に外の世界とは遮断してあるから、もし万が一があっても被害は及ばないから安心してね」
薄い膜のように貼られた結界を触りながら、ニルはエルピスの方を見てそう言った。
邪神と魔神と龍神の合わせ技で作られた結界に、セラとニルが上から重ねていくつか障壁を張っている。
もし天災魔法級の何かがこの中で起こったとしても、一度くらいならば無傷で終えることができるだろう。
それに限度以上の破壊は遠い海の上空に転移させるように設定してあるので、万が一にも人的被害は出ることも無い。
「とりあえず龍神の権能から使用してみよっか。〈完全鑑定〉で先に権能を鑑定してから使用できる?」
「それが無理なんだよ。昔は出て来たんだけど、今は弾かれる」
「私が分かりやすいように統合した時に、盗神と他の神の称号の親和性を高くして隠蔽性を上げたからね。
多分能力も他の称号に反応してかなり変わっているはずよ」
「えっと…つまり今から何が起きるか分からないって事? なんか罰ゲームでもさせられてるみたいだね」
「エルピスならなんとなくは分かるでしょう? 攻撃系だとか何に対して効果がある権能かくらいは」
「まぁそれくらいなら、確実に当たる保証は無いけどなんとなく」
龍神と邪神から感じる権能の内特に強力なものは五つ、魔神からは六つ。
一つの称号に対して一つ程度しか権能を使用していなかったので、いままでエルピスがいかに権能を使っていなかったかがよく分かる。
だが言い訳がないわけではない。
エルピスが全力で行うレベルの戦闘ともなると、頭で考えているとその数秒後には死体となって転がっていてもおかしく無い。
だからこそ積み上げた戦闘経験で手癖にも近い風に戦闘を行っているので、頭で考えてあの権能をこの権能をと言った風に使い分けが出来なかったのだ。
だがそれをする為のこの時間であり、有意義に時間を使おうと意識を引き締め直してセラに話しかける。
「とりあえず龍神からやろう。一番被害も出なさそうだし」
「そうね、出てきなさいエキドナ。出番よ」
『巻き込まないで欲しいのだが……。まだ死にたくない』
「近くに龍が居ないから仕方がないよ。とりあえず一個なんか使ってみてエルピス」
「ならブレスはもうやった事あるしさすがにここだと危ないから……そうだな、これにしてみようか」
身体の内側に意識を傾け、いくつかある龍神の権能の力を辿っていきその大元を引き摺り出して権能を発動させる。
この手順を踏まなければ暴走してしまうので権能は嫌いなのだが、それも何度かすれば慣れる予感はあった。
いまエルピスが引き寄せたのは自己に対してなんらかの効果を付与する権能で、使用してからその効果がなんなのか良く理解することができた、これは昔洞窟でエキドナに対してエルピスが使用したものだ。
「龍からの攻撃完全無効化と従属化の複合みたいだね。目の方も権能に呼応して強化されてるみたい、いつもよりなんかゆっくり見える」
『試しに火を吐いてみようか?』
「頼んだ」
エルピスが言うと同時に口から灼熱を吐き出したエキドナ、だが炎はエルピスに当たる前に左右に分かれ霧散していく。
これで龍とは戦闘にすら発展しないことが確定した。
そうは言ってもこの権能は前から少し弱体化した状態で使用していて、その時から龍は既に敵にもなっていなかったのだが。
新しい発見と言うよりは、いままでなぁなぁで使っていた力をしっかりと認識して使うようになった、と言うところだろう。
「次は召喚系っぽいかな。エキドナ召喚するからちょっと影の中潜ってて」
『了解した』
次に権能を使用すると、エルピスの読みが的中し部屋の中に大きな召喚陣が現れる。
空間拡張しているからその大きさに違和感をかんじなかったが、エキドナが陣から顔を出してその違和感の状態に気がつく。
なんだかエキドナの姿が普段より二回りほど大きい。
能力もかなり強化されているように見え、なんなら種族自体が別の種族になっているようにすら見える。
半人半龍の血がそうエルピスに伝えようとしているので、エキドナの種族は何か別のものにへと変化したのだろう。
魔神の権能を使用してその魔法陣を見てみれば、召喚する龍に対しての過剰なまでの強化と龍神の使いへと変化させる術式が組み込まれていた。
「いきなり強くなったね。龍神もどきってところかな?」
『これは良いな。今度からこの姿で召喚してくれ、何かと便利そうだ』
「戻ったりするのは自由なんだな。戦闘中に余裕があればそれで呼ぶようにするよ」
目の前でいつものサイズに戻っていくエキドナを見ながら、エルピスはニルの言った龍神もどきと言う言葉にその通りだなと納得する。
抱擁する魔力量も気配も威圧感も、そこらにいる龍に出せる限度を超えていた。
「さてサクサクいくか。次はどんな能力かな?」
「そろそろ水関連来るんじゃないかな。日本で龍と言えば水だし」
「西洋の龍なら雷もあり得るんじゃないかしら? 魔法でするより派手な天候操作系もあり得るわよ」
「さてどれが正解かなっと」
権能を発動した瞬間に、エルピスはこの権能がどんなものなのか気づく。
途中で中断出来るような能力ではないらしく、権能が発動された瞬間にエルピスの目線はだんだんと上がっていき背中がなんだかむずむずする感覚に襲われ、いつもより手が動かし辛くなる。
次第に二足歩行から四足歩行へと変わっていき、歯は尖り始め皮膚の表面にいつもとは比べ物にならないほどくっきりと鱗が現れた。
『龍化か。龍人がよく使用している能力だが、融通の効きやすさがどうやら違うようだな』
「わぁエルピスかっこいいね! ペットにしてあげたくなる感じ」
「二足歩行をイメージして鱗をもう少し薄くすれば普段通りになるはずよ、やってみたら?」
「えっと……こうか。慣れないから難しいな」
普段エルピスが纏っている龍神の鱗よりも更に硬い鱗をこの方法では纏えるようだが、意識していないと自然と身体が龍になっていく。
元が半人半龍なだけあって龍になっても違和感は別にないのだが、剣が握れないのはいろいろと死活問題だ。
せっかくアルキゴスに指導をお願いしたのに無駄になってしまう。
焦りながらもなんとか体勢を立て直して元の姿に戻る。
「使用して分かったけどこの権能を使用するのが他の権能を使用する最低ラインみたいだね。
他の権能の使い方もこれを使ったら分かった」
「多分それを最初に使うものとして想定されたんでしょうね。最後のはどんな能力だったの?」
「気になる気になる!」
「セラの読み通り天候操作系だった。水系統は基本能力として既に組み込まれているらしい」
「読みが外れたか。さすがに水関係は有名すぎたみたいだね」
魔法を使わずに天候を操作できるのは何かと都合がいい。
魔法を使うとどうしてもある程度の実力の者であれば、それが魔法で行われた事だと直ぐに分かる。
権能を使えばバレる心配もないし、それに権能クラスの天候操作となってくると、やろうと思えば辺りに与える被害も尋常ではない。
広範囲に効果のあるいつでも使いたい放題な天候操作は、使い方次第によっては国程度ならば滅ぼせる強い能力だ。
「次は魔神を見てみましょうか」
「魔法の吸収と無効化はもう確かやったよね。あと全魔法使用可能もか」
「次こそ当てるよ。多分新規魔法開拓じゃないかな、この世界の歴史上魔法を作り出したのは魔神だって出てたし」
そういったニルの予想通り、権能を使用したエルピスの目の前に白い球体が現れる。
無属性魔法とは少し違う、完全な魔素の集合体を見て、これが魔法の元なのかとエルピスは少し驚きながら観察していく。
ここに属性を付与する方法はなんとなく理解できる、普段やっている事と同じだからだ。
「当りだったみたいだね。まだ作る予定は無いけど今度作っても良いかも」
「重力計等を弄ってもいいかもしれませんね」
「あと一つはどんな能力なの?」
「どうやら魔法の遠隔起動みたい。普通なら魔力通してから遠隔起動しないといけないけど、完全に孤立させてから起動できるみたいだ」
いくつか空中に魔法陣を浮かばせつつ、エルピスはニルに対してそう答える。
マギアから教えてもらった技も含め、これを利用すればかなり不意打ちで敵を倒せそうだ。
魔神の権能は応用が効くものが多いので、大まかなに理解できたが実用的なものにするにはそれなりに時間が必要になる。
「残りは邪神か。なんか全然時間経ってないのに疲れたね、パパッと判別だけ終わらせようか」
「そうだな、さっさと終わらせよう。これ以上連続使用すると体がもたないし」
分かりやすくいうと魔法は魔力を使って発動するものだが、権能の場合は自らの体力を使用して発動する必要がある。
もちろん常人よりは遥かに生命力も高いし頑丈だが、こうも何度も使用していれば疲労は溜まっていく。
障壁と悪魔召喚は既に行ったので、残り三つを時間短縮の為に同時に使用する。
身体はきついがその分こうすれば後が楽だ。
見慣れたことのない魔法陣が地面に展開され、そしてそれを覆うようにして毒がその周りをコーティングしていく。
どうやら鑑定してみるとその毒には病気にかかる効果すら付与されているらしく、もはや毒とすら呼んでもいいのか分からないそれらを召喚の材料として小さな蛙が現れる。
見た目も至って普通、戦力的にも強そうな感じはしない。
限りなく弱い生き物をイメージしながら召喚陣を起動したので弱くても仕方ないが、とはいえ権能で召喚されたのだからもう少しは強そうでも良いものだ。
そう思っていると小さな虫がその蛙の皮膚に取り付いた瞬間、まるでそうあることが当然かのように溶けて消えていく。
「邪神の毒と万病を支配する権能が合わさるとこうなるのね。危ないからこの蛙は処理します」
「そうだな」
セラが手を軽くふるうと、業火に飲み込まれ蛙はその生命を絶たれる。
少しもったいない気はしたが正しい判断だろう、あれが外にでも出れば最悪近隣住民全員死にかねない。
血の一滴すら残さずにその生物が死んだのを確認してから、エルピスは先程まで蛙がいた空間ごと別空間へと放り込む。
この世のどんな毒よりも強い毒だ、焼きはしたがあの程度でどうにかなると思えないし、空気感染でもされたら最悪なので権能を使用して自分達にかかっている可能性のある病気や毒なども消しておく。
結局無駄使いすることにはなったが、これで今自分が使える権能が何なのかは理解できた。
当初の予定は概ね完了できたといったところだろう。
「あれに魅了とかの邪神の基本能力組み込んだら凶悪になりそうだね、使い所考えないと」
「そうだな、今日はありがとう。このあといろいろ権能について研究したいんだけどまだ大丈夫?」
「ええ、構わないわ最初からそのつもりだし」
「僕も大丈夫だよ!」
いい返事をくれた二人にありがとうと返すと、エルピスは先程までの効果を思い出しながら白い紙に使えそうな戦法を書いていく。
これで自分の強化は完璧……とまでとは行かずとも、理想にはだいぶ近づけた。
あと残されたのはアウローラと灰猫、エキドナの強化。
前者にはエルピスも学ぶものがある、弱者なりの様々な工夫を聞けばエルピスも強くなれることだろう。
エキドナは今回龍神の権能とフィトゥス達に権能を上げた前例があるので、かなり楽に終わる事が容易に想像できた。
それほど期間もかけずに強化も終えれそうだと一安心し、エルピスは今後の予定を組み立てるのだった。
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