第77話喧嘩祭り
告白から三日後、森霊種の国で喧嘩祭りが開催された。
全国から様々な猛者が集結し覇を争うこの大会は、森霊種国内における一大イベントであり、国民がこの一年ずっと楽しみにしてきたイベントだ。
国内だけでなく各国からも様々な人物が集まるこの大会は、驚く程の金が動くので商売的な面から見ても大事な時期である。
商人達がここぞとばかりに各国から集まり様々な出店を開く中、エルピス達はいきつけのカフェにいた。
「トーナメントの方に出ても良かったけどそっち出たらさすがに他の人たちの迷惑だろうから、個人戦の方に応募しといた」
「王国だと参加資格取るために事前に力量検査してたけど、こっちではしないのね」
「いや、力量検査は一応あったよ」
「本当に? ならどうやって通ったの? アルヘオ家の名前使って?」
「そりゃもうこれを使ってよ」
テーブルを囲んでいるのでアウローラから直接は見えていなかっただろうが、
獲得を勧められた時はそこまでこのカードの効力があるとは思っていなかったが、見せただけで大会の参加資格を得ることができた。
個人部門に後から参加したり多少トーナメントの組み合わせを弄らせてもらえたのも、このカードの効力があればこそである。
義務である依頼達成もこの国に来て早々に終わらせたので、今年中はもうこのカードの事を気にかける理由もない。
「なるほど、本当に便利ねそれ。組み合わせはもう決まってるの?」
「決まってるよ、まだ公表されてないから他の人にバラしちゃダメだけどね。
初戦は俺対エラリリィヘリア、次がセラ対フェルだね」
「個人部門なのに1対3って可能なの?」
「そこはもうゴリ押しでなんとかした」
「リリィとヘリアって誰だい? 聞いたこと無いんだけど」
「灰猫は知らなかったっけ? 僕が昔世話してもらってたメイドさん達」
「強いの?」
「そりゃもう強いよ」
単純な疑問として聞いた灰猫に対し、笑顔でそう答えたエルピスを見て灰猫は一体どんな人物なのかと想像する。
龍を見ても恐怖しない程の強者であるエルピスが強いという人物、灰猫からすれば想像もつかないがかなりの実力者であるということは分かった。
〈気配察知〉を使い辺りの人混みの中に強い人物を探すが、今日は各国から猛者が集まっておりそれに加えて人の数が尋常では無いので、強い個人を特定するのは灰猫には無理だ。
実力を隠している事も考えられるので諦めた灰猫をよそに、思い出したようにアウローラが軽くて手を打つ。
「そう言えばトーナメントの方って空きあった? 力試ししたいし参加してみようかな」
「あ、それなら私も参加する!」
「灰猫はいいけどアウローラは……」
「なによ? 私の実力じゃ危ないっていうの?」
「いや強い事は強いんだけど、戦闘訓練積んで無いからさ。万が一怪我でもしたら困るし」
魔法についての扱い方はしっかりとエルピスは指導を終えた自信があるが、それ以外の面については正直言って不安が残る。
対魔法程度ならば問題なくこなせるとは思うが、対武器、対徒手になってくると間合いの取り方からして違う事も多々あるのだ。
アルキゴスの様に魔法を切れる剣士はそういないにしても、魔法発動を予感して事前に避けることが可能な戦士はそう少なくない。
「大丈夫よあんたが思ってるほど私やわじゃ無いわよ? これでもアルに手ほどきされていろいろ学んできたんだから」
「……分かったよ、ただし危ないと思ったら直ぐに止めるからね」
自信満々にそういうアウローラを見て、エルピスは何を言っても意思は変えられそうに無いなと思い、それならばと頭を縦に振る。
言っても所詮は模擬戦、命の取り合いまでするわけでは無い。
危なくなったら審判が止めに入るだろうし、そうでなければエルピスが乱入すればいいだけの話だ。
「じゃあ試合開始まで適当にその辺うろつきますか」
テラス席からいろいろな出店を眺めながら、エルピスはそう言う。
その顔は早くいろいろな物を食べたいという意欲に溢れており、セラやエラはそんな彼を見ながら事前に調べておいた店のリストを頭の中に思い浮かべる。
こうして試合前の少しの時間は食事で全て消えていくのだった。
/
「──それではトーナメントAブロックが終了いたしましたので、只今から個人戦を開始いたします。
出場する選手の方は控え室まで来てください」
控え室から気配でなんとなく試合の内容を把握していたエルピスは、会場内に鳴り響いたアナウンスを聞きながら武器の整備を始めていく。
王国で行われていた喧嘩祭りは武器使用禁止の殴り合いのみだったが、この国ではルールがしっかりと決められた上での自由戦闘だ。
武器を使おうが魔法を使おうが、敵を殺めるような行動をしない限りはなんでも許されているので、その点においてはかなり人間優位だとも言える。
基本的に亜人は素手だし、搦め手で言えば亜人より人間の方が上手だからだ。
ただそれは圧倒的な地力の差を覆せるほど人間が強い場合の話であって、同格同士が戦う場合は怪しいものである。
「聞きましたよエルピス様、ようやくエラ達とくっついたらしいですね」
「話が早いねリリィ。エラから?」
「いえ、何も言われませんでしたけど、あそこまでにっこにこしてれば分かりますよ。長い付き合いですから」
そう言ってリリィが視線を移したのは、部屋の隅でヘリアと喋るエラだ。
確かに言われてみればいつもより表情豊かな彼女の顔は何かあったと判断するには十分で、こちらと目が合い笑顔を浮かべる彼女の姿は思わず口に出してしまうほどに可愛い。
戦闘前にここまでほんわかしているエルピス達をみて他の参加者達は冷やかしなのかと一瞬思うが、エルピスが持つ武器を見て全員がその考えを改める。
冷やかしなどでは無い、実力があるが故の余裕だと分かったからだ。
「可愛いですよね、エラ。私達の事も姉のように慕ってくれるし。エルピス様、頼みましたよ?」
「そんな念押ししなくてもそう言うのはちゃんとするよ。絶対悲しませたりしない」
「それを聞いて安心しました」
「ところでリリィは好きな人居ないの?」
「な、なんで私に振るんですか。そう言うのは私いままで関係なしで過ごしてきましたから話せませんよ?」
「へぇー。フィトゥスとは仲良かったけど違うの?」
「あれはそう言うんじゃ無いですよ! 確かにかっこ良いは良いですけど……」
今度フィトゥスにも聞いてみようと心の中でメモしながら、エルピスはそんなリリィの言葉に笑みを浮かべる。
完全に余計なお世話ではあるが、自分が恋人ができると他の人間にも幸せになって欲しいのだ。
余裕ができると考え方も変わってくるんだなと思いつつ、迷惑にならないように引き際はしっかりと見極める。
「エルピス・アルヘオ様。エラ様、リリィ様、ヘリア様。試合を開始いたしますので持ち場についてください」
運営の森霊種がそう言ったのに合わせて、エルピス達は移動を開始する。
このスタジアムは控え室からそのまま会場に出る少々特殊な作りになっており、エルピスはエラに頑張ろうとアイコンタクトを送ってから会場へと向かう。
普段はモンスターなども扱っているのか人間が通るにはあまりにも大きな扉を押し開けると、体の芯が震えるほどの歓声がエルピスの体を貫く。
王国でも味わったこの形容でき無いほどの威圧感、個人個人の力は弱くとも熱気と今から行われる試合に対する期待感がエルピスでさえ震えてしまうほどの重圧となって場を襲う。
この会場は戦闘用の会場としては王国での物と基本的な作りはほぼ同じになっており、観客席とエルピス達がいまから戦う場所は3、4メートルほどの溝が開いており、その中には水が満たされ円形の試合場にはそれを覆うようにして巨大な障壁が展開されていた。
高度限界がある点については王国と少々違うが、王国よりも観客席にかけられている障壁は強いのでその点に関して言えば安心できる。
少ししてエラ達も会場に入ってきて、試合開始までの時間が大きく空中に魔法によって表示された。
「それでは第3戦目、エキストラマッチ最高位冒険者エルピス・アルヘオVS森霊種三姉妹、行ってみましょぉぉぉー!!!」
表示された時間がゼロになると同時に実況のそんな声が聞こえ、エルピスの視界から三名が消える。
その原因はリリィとヘリアが共同で発動した魔法によって、エルピスが今いる場所が森に変えられてしまったからだ。
試合前に詠唱をしていなければ到底発動できないであろう魔法に少々ずるさは感じるが、ハンデとしては丁度いい。
森霊種は森の中において他の種族を圧倒するほどの感知能力を見せる。
〈神域〉を使うエルピスにはもちろんそれでも勝てないが、注意を分散させることくらいはできるだろう。
「いつもより身体が動かしやすい……これもハンデのうちということですか?」
「よく分かったね、今回に限ってはこの場にいる全ての精霊がそっちの味方だ。それくらいで丁度いい」
精霊神の権能まではまださすがに使えないが、龍神と魔神の称号が定着し始めたいま、もう一つの神の力を使うくらいは何とかなる。
周辺にいる全ての精霊に向こうの味方をする様に指示し、ロームの加護の効果も消して両目の効果も遮断しておく。
危険察知や未来予知系の技能を展開した状態では、いくら矢なり魔法なりを撃たれても無意識のうちに避けることができる、それを防ぐためだ。
後は火の魔法を使って、この木々を焼き払わないのもハンデのうちの一つだ。
「舐められたものですね!」
ヘリアの珍しく怒りが混じった声とともに、全方位からエルピスを狙って矢が飛んでくる。
様々な魔法的付加がなされたそれはまともに受ければエルピスの障壁も貫通し、相応のダメージを与えてくることだろう。
だがそれをエルピスは動体視力だけでかわしきると、足元を思いっきり蹴りつける。
この会場の足場は正方形の大きなブロックを組み合わして作られており、エルピスの蹴りによってそのうちの一枚が高く空に打ち上がる。
それにタイミングを合わせて渾身の蹴りを叩き込むと、おそらくはリリィ達がいる方面に向かって亜音速の石飛礫が広範囲にわたって撒き散らされる。
「あっぶないですね! いつからそんなに足癖が悪くなってしまわれたんですか!?」
「昔からこんなだよ! フィトゥスにリリィ対策は教えてもらってるしね!」
「あいつは関係ないじゃ無いですか!」
「リリィ落ち着きなさい、怒ったら向こうの思う壺よ。フィトゥスの事は後回しにしなさい」
「ヘリアさぁん……」
「まったくもう、緊張感がない──って危ないなエラ」
「さすが、これも受けますか。少しぶりですねエルピス」
リリィとヘリアの会話に気を取られいつのまにか背後に回っていたエラは、エルピスの首元に向かって容赦なく剣を振り下ろす。
だがそれをギリギリ気づいたエルピスは、腰から飛び出した魔剣を無理やり滑り込ませる事で事なきを得ていた。
敬語とタメ口が入り混じったエラに苦笑いを浮かべつつ、エルピスは身体能力に物を言わせてエラの服の袖を掴みそのまま上に放り投げる。
「おっとー! エラ選手、ここで無抵抗を強いられる空中に打ち上げられた!!」
実況がそう言うよりも一瞬早く、エルピスの元に二人の森霊種が駆け寄ってきていた。
空に投げたエラを見ていたエルピスはその二人の行動に一瞬後手に回ってしまい、やらかしたと反省しながら二人の攻撃をなんとかしてさばく。
リリィは身体能力が高く持ち前の戦闘力と技術力で、短剣ながらもエルピスにかなりの圧をかけてきていた。
ヘリアは逆に圧こそないものの、熟練の技術と戦闘経験でリリィの隙を完全に埋めており、圧倒的な身体能力を持つエルピスを技術で圧倒していた。
「右、左、それはフェイントで本命はこっち!」
「いちいち口に出さないでくださいよやりにくい!」
動きを読めている訳ではない、相手が動いたのを見てから口に出して言っているだけ。
だがそれでも相手に動きを言われ続けると、次も読まれるのではないかと動きが鈍りやすくなる。
そうこうしているうちに放り投げたエラも戦闘に参加し、真正面から連撃を加えてくる二人とは違い木々に隠れながらエルピスのほんの僅かな隙にちまちまと攻撃してきていた。
はっきいりって鬱陶しい事この上ない、ここまで綺麗な連携を組まれるとは思ってもおらず、力任せに攻撃すれば逆に敗因になると判断したエルピスは短剣をしまいその場で足払いをする。
急なエルピスの動きにヘリアは反応できたもののリリィは反応することができず、浮いた足首を無理やりエルピスに掴まれる。
「危ないリリィ!」
「離れてくださいヘリア先輩!!」
「させるわけないでしょ」
掴んだリリィをそのまま剣のようしてヘリアに向かって振るうが、それを済んでのところでヘリアは回避する。
女性に向かってどうこうのと思うところが無いわけではないが、いまそんなことを考えるのは全力を尽くしてくれている目の前の敵に対して失礼だ。
だからこそエルピスは一切の優しさを持たず手に持っていたリリィを近くの木に向かって受け身が取れない速度で放り投げ、その影を通ってヘリアに近づく。
「リリィの仇!!」
大声は出しているもののヘリアは至って冷静で、エルピスの大振りの攻撃を誘う為に短剣を軽く振るう。
それを見切ったエルピスはわざと避けずにヘリアに肩の辺りを切らせ、それで動揺を誘う。
その作戦は見事成功し、いくら戦闘に集中していたとはいえ自身がエルピスを傷つけたことに一瞬ヘリアが思考を止めたその刹那の瞬間に、エルピスはヘリアの服を掴み自分の方に引き寄せながら思いっきり膝蹴りを腹に入れる。
「──かはっっ!」
「ヘリアさん!?」
足からヘリアの骨が折れる感触を感じながら、エルピスは血反吐を吐くヘリアをその辺に投げ捨てる。
リリィはまだ致命傷ではないし、この傷ならヘリアはもう戦闘に参加してこないだろうがエラもまだいる。
油断する時ではない。
「エルピス、私を怒らせましたね。リリィ先輩本気で行きますよ」
そんなエラの言葉と共に、精霊達が不規則に当たりを跳び回り出す。
ハーフの全力は予想できないほどに大きな被害を周りに及ぼすことがある。
このままヘリアを放置しておけば、余波によって重傷を負ってしまう可能性もあるからだ。
その事にすら気が付かないほどに怒り狂ったいまのエラはエルピスをして脅威だと判断するに十分だった。
呪力に長け魔法においては森妖種を凌駕し、戦闘能力に関しては窟暗種を凌駕する。
だからこそ混霊種は人々の畏怖の対象となるのだ。
「はぁぁぁっ!!」
先程までとは違い無計画なまでのエラの突進は、だがエルピスの防御を打ち破り内臓に十分なダメージを与える。
人生で初めての内臓から溢れてくる血の味にどこまで身体能力が強化されてるんだと言いたくなるが、その強化の原因はエルピスが精霊達にエラに力を貸すように言ったからだ。
権能は使えないにしろ、身体能力面において言えば今のエラは擬似的に精霊神の半分程度の力を手にしていた。
「ヘリアさんの受けた痛み、百倍にして返しますからね!」
久々の自分と同レベルの身体能力の敵に対して、エルピスは本気で拳を握る。
ここまで来るとフェイントはほぼ意味をなさず、敵の攻撃の発生時点で既に自分の体にその攻撃は当たっているので、読みで防ぐしかない。
脇腹に向かって拳を振ったエルピスに対して、エラは地面に手をつきそのまま逆立ちの格好で跳ね上がるとエルピスの頭に向かってかかとを振り下ろす。
曲芸師の様な動きをするエラに一瞬反応が遅れたエルピスは、その頭部を全力でエラによって蹴り飛ばされる。
「こ、これはなんと言う事だぁぁぁっ!!」
その衝撃で試合会場は真っ二つに割れ、辺りを囲っていた水は全て上空に吹き飛ばされる。
近くの街まで届いたのでは無いかと思える程の衝撃波に観客が驚く中、当の本人達はそんな事を気にせず戦闘を続けていた。
頭を蹴り飛ばされたダメージはあるものの、まだ倒れるほどでは無い。
何度かの攻防の内にエラの癖を見抜いたエルピスは自分の腹を犠牲にしてエラの服を掴むと、先程のエラの蹴りと同じくらいの強さで地面に向かって投げつける。
「痛っ──!?」
地にふしたエラに向かってエルピスは、追撃を仕掛ける為にエラのお腹に向かって足を振り下ろしそのまま踏み抜こうとしてその瞬間に足を止める。
当たっていないのにその風圧で辺りに強い風が吹き、エルピスは自嘲気味に自分の身体能力について改めて考え直す。
攻撃を辞めた理由は簡単で、ここから先はさすがにやり過ぎだ。
「降参ですエルピス様、本当にお強くなられましたね」
「お腹がぁ……痛つつ、加減してくださいよ」
「加減してたら負けちゃうからね。許してよ」
先程ヘリアにやったのも十二分にやり過ぎだが、今は三体一でもない。
これ以上やる必要がある様には感じられなかった。
それはリリィも同じだった様で、実況には見えていない様だが降参のサインを出していた。
魔法によって当たりの木々を全て燃やした段階で実況もそれを視認できたようで、こうしてこの試合は終わりを迎える。
「勝者はエルピス・アルヘオ!! その圧倒的な力で勝利を奪い取ったぁぁ!!!」
ボロボロの体を引きずりながら、エルピスは控え室へと足を運ぶのだった。
その道中ヘリアに鋭い目で睨まれ、道中必死に謝りながらエルピスは絶対エラにだけは逆らわないでおこうと心に誓うのだった。
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