第68話いろいろと小話
旅の道中の馬車の上、そこはこの世で最も暇を持て余した人間達がいる場所である。
変わらない景色、寝付きにくい環境、寝るわけでもなくかと言って何かするわけでもなく無為に時間を過ごすための場所。
そんな場所で暇を潰すように沈黙を破って声がかかる。
「──それにしてもあんた達って本当に仲が良いわよね」
エルピスが揺れる馬車に身を任せながら空を眺めていると、不意に背後からアウローラの声がした。
仲が良い、というアウローラの言葉はエルピスの肩に頭を乗せて寝ているエラの事だろう。
灰猫もエルピスの足を枕にして寝ているのだが、それには触れる気がないらしい。
ゆらゆらと揺れる灰猫の尻尾を眺めながら僅かに赤みがかった頬を肩に乗せているエラの頭を撫でながら、エルピスはアウローラに対して言葉を返す。
「そうだね。生まれた時からの付き合いだし、側に居なかった事がほとんどないから」
「ほんっとに羨ましい人生送ってるわね。私もこんな可愛い女の子が護衛だったらなぁ……周りはおっさんばっかだったし」
そう言いながらアウローラはエルピスの隣に座り、何かを思い出す様に遠くを見つめる。
おそらく思い出してるのはアルキゴスや近衛兵、もしくは前国王だろう。
自分が異世界転生後直ぐにあの人達を見たら、間違いなく気絶する自信がある。
あそこまでの筋肉量のある人間など前世では一度も見たことがなかったし、こう考えているとどこかで見たことがないような気がしないでもないけれど、もしあったとしてもアニメの中だろう。
逆でなくて良かった心底思っていると、アウローラが何かを思い出した様な動作をする。
「そういえば私って、あんまり昔のエルピスの事知らないわよね?」
思いつきでそう言った彼女の言葉に対して、エルピスはそうだったろうかと記憶を探る。
思ってみれば訓練中以外でもかなりの時間共にいたアウローラではあるが、基本的に話題になるのはアニメや漫画の話、あとは魔法が少々といったところだった。
アウローラ自身は自らの出生や前世について積極的に語ってくれたのである程度の内容は把握している、だがエルピスはアウローラに対して日本に住んでいた時のことをほとんど言っていない。
これは両親に対しても同じで、エルピスはこの世界においてまだ誰にも前世での出来事を詳しくは話していないはずだ。
端的に言えば家庭環境があまり良く無かったので話したくないのだが。
話が少しずれ気味になってしまっているが、結局のところアウローラの言う通り自分の事をエルピスは、前世も今世も含めてよく喋っていないと言うことは確かだ。
「……確かにそう言われてみればそうかも。俺がアウローラと知り合ったのは10歳くらいからだし、急にどうしたの?」
「次の目的地に着く前に、エルピスの秘密を暴いちゃおうと思ってね。そのヒントにでもなればなぁと」
神様関連の称号をここで話すのもなんだからと、次の街で話す約束をした自分もまぁどうかと思うが、そのヒントの為だけに過去を赤裸々にされるというのは、いかがなものなのだろうか?
だがこんな機会も余り無いし、自分がどんな風に生きて来たかは話しておいた方が良いかと判断をくだす。
灰猫とニルも気にしていないふりをしているが、随分気になっている様である。
灰猫寝たふり下手過ぎだろ。耳と尻尾がピクピクしてるぞ。
「どんな話がいい?」
「じゃあさ、先ずはエラとの一番印象に残った事を教えて!」
「一番印象に残った事なら4歳半くらいの時だな」
──そう、あれは俺が4歳の誕生日を迎えてから、約数ヶ月くらいの事──
♪
「ぼっちゃま今日はどちらで遊ばれますか?」
寝起きで重たい瞼を擦りながら起きると、まるで待ち構えていたかの様にエラが部屋に入ってくる。
いや待ち構えていた様に、と言うより実際に待ち構えていたのだろう。
それを証明するかの様にエラの手には、エルピスが今日着るであろう服が携えられていた。
ボーダーのシャツに黒のズボン、手首につけるミサンガに黒い靴。
この世界の衣服に今更口出しする気は無かったが敢えて言うのならば、絶対に異世界人が何か悪さをしたに違いない。
こんな服がこちらの世界で着れることに何とも言えない気持ちを持ちながら、エラの問いにエルピスは眠気を抑えながら答える。
「今日は魔物狩りにでも──なんてね。行きませんよ? 行きませんから、まじでその手に持ってる縄をしまって。本当に」
「なら良いんですよ、なら」
虚空から取り出した縄を手に持ち自分の方へとジリジリにじり寄ってくるエラを見て、慌ててエルピスは静止する。
(その縄毎回何処に消えてるんだよ……)
気付けばいつも手の中にあって、気付けばいつのまにか手から消えている。
いつかそのトリックは聴くとして、エラの質問に答える為に考えてみるが今日は何処に出掛けようか。
街はまだ外出許可が出てないし、今日は父も色々と仕事をしている。
見た目は子供でも中身が高校生なので簡単な仕事くらいならば手伝えない訳ではないが、父は仕事を任せたがらないので、この選択肢は無しだろう。
そうなると残ってる選択肢は……。
「うーんそうだなぁ……取り敢えずお母さんのとこに行こうかな」
「それでしたらこちらの服ですね、どうぞ」
先程まで見せられていた服とは別の、家の中で着る用の綺麗な服を渡され、エルピスは特に何も思わずそれを着る。
着替え中に終始こちらをにこやかな笑顔で眺めて来るエラにも、もう随分慣れたものだ。
初めは全力で部屋の中から出て行って貰おうとも思ったが、服を着せられていた昔に比べればまだマシと言えるのだろう。
渡された服を着替え終え服装に乱れがないか確認してから、エルピスはエラに母の行方を尋ねる。
「ふぅ…さてと、お母さんは今何処にいるの?」
「中庭で日向ぼっこされていますね、メチルとティスタも一緒にいる様です」
「まだ朝なのに日向ぼっこしてるの? 本当にここ最近ぐうたらなんだから」
母は仕事のオンとオフがかなり激しい人物で、前までは遠征の合間を縫ってエルピスに会いにきていたのでクールな女性というイメージが強かったものだが、今となってはそのイメージも何処かへと飛んでいってしまった。
オフの時の母親はまるで蝶よ花よと育てられてきた貴族の令嬢のようで、高貴な風格をその身に纏いながらもさながらお姫様の如く自由奔放だ。
あれに毎度付き合わされる数人の執事とメイドの疲労を考えると少しかわいそうになるが、どうせ近いうちエルピスも同じような事を執事やメイドたちにするのが目に見えているので特に何も言わない。
中庭に向けて歩いて行くと、樹の下で遊んでいる母を見つけた。
猫人族のメチルと
「あ! エルピス様! おはようございますニャ!!」
「おはようございますエルピス様」
「おはようメチル、ティスタ。母さんもおはよう、今日はいい天気だね」
「あらエルピス起きたのね、こっちにいらっしゃい。お母さんと一緒に日向ぼっこしましょう」
芝生に寝転びながら自分の隣をポンポン叩くお母さんに近づき、上体を少し起こしながらその隣へと寝転がる。
普段ならここまで素直に近寄らないが、まぁたまにはそんな日もあって良いだろう。
愛情に対する照れ隠しで普段は素っ気ない態度をとってしまうが、その実エルピスもまだまだ人肌が恋しいのだ。
「気持ちいいですね母さん。なんだかまた眠っちゃいそうです」
「あらあら起きたばかりでしょう? 母さんともう少しお喋りしましょう?」
「──クリム様、意外って顔してるニャ」
「普段はクリム様が誘ってもエルピス様は断りますから、余程嬉しいんでしょうね」
「わざわざ龍化までして、雨雲を吹き飛ばしたりもしてたしニャ」
エルピスが母と喋っていると、不意にそんな声が聞こえてくる。
わざわざ自分と遊ぶ為だけに雲を吹き飛ばすなんて事をした母にエルピスがいた堪れない視線を送っていると、隣に誰かが寝そべる音が聞こえた。
「お隣失礼しますエルピス様」
「びっくりしたエラか。春とは言えそんな格好で寝そべってたら風邪引くよ? これ使って」
「それだとエルピスが風邪引いちゃうでしょ。これ着なさい」
「僕は毛布を持ってるので、大丈夫ですよお母さん」
「なんでこの子はいつも私には敬語なのかしら」
エルピスが着ていた上着をエラに掛けると、心配した様子のお母さんが上着を渡そうとしてくるがそれを止めて毛布を被る。
まぁ寝て直ぐにまた寝る訳にも行かないので、気休め程度の薄いやつではあるが。
「──おっ ! 両手に花とは、随分と羨ましい状況だなエルピス」
日向ぼっこをしているこちらの姿が目に止まったのか、渡り廊下からマグカップ片手に父はこちらへとやってくる。
仕事がどうやらひと段落ついたらしい。
一度仕事を始めるとそれを終えるまでずっと出てこない父が出て来たという事は、仕事はもう終わったのだろうか。
目の下には深い熊が刻まれており、英雄と呼ばれる男でも仕事に追われるのは辛いのだろうと心配する。
「あ、お父さん! 仕事は終わったんですか?」
「残念だけどまだ少し残ってる。後で参加させて貰うとするよ」
そう言う父の手にはいくつかの書類と、エルピスが実験で作ったマグカップが握られていた。
まるで学校の図工の時間に作った工作物を家族が作っているような──事実そんなものなのだが──を使われている事に羞恥心と幸福感を感じる。
そんなエルピス特製のマグカップの中には、白い液体がなみなみと注がれていた。
匂いを嗅いでみるがミルクなどの乳製品の様な匂いはしない、どちらかといえば薬草系統に近いだろうか。
「なんだか身体に悪そうですねそれ。そんな物飲んで体は大丈夫なんですか?」
「知り合いの暗殺者に教えてもらった眠気覚ましだから、ちょっと身体には悪いかもな。まぁでも効果は俺のお墨付きだ」
そう言いながらお父さんは白い液体を飲む。
どうやらもう既に何度か飲んでいる様子だし、父はああ言っているがエルピスの前にも持ってくると言う事は安全な物なんだろう。
とは言えここにまで漂ってくるこのツンとした臭いは、少しどうかと思うが。
「なら僕も飲ませて貰って良いですか? 起きたばっかりで、少し寝惚けているので」
「あそういや今はそんな時間だったな。徹夜し過ぎてもう時間がわかんねぇ」
「七日も寝ないからですよ……ならこれ飲み終わった後手伝います。お母さんとももう遊びましたし」
「えっ!? まだ十分くらいしか経っていないわよ!」
驚いている母を無視して、父からマグカップを受け取り、エルピスは作業を手伝う事を許可して貰う。
まぁとは言え政治的観念に関しては余り得意ではないので、エルピスが手伝えるのは実務と簡単な計算程度だが。
そんな事を思いながら、少しキツイ臭いを我慢し飲み干す。
「ふぅ……お母さん僕はお父さんの仕事を手伝ってきまふ」
「だ、大丈夫エルピス? 呂律が回ってないけど」
「こにょていどみょんだいな──」
「あ、やっべこれ飲ませちゃダメだったんだ」
強烈な眠気と共に地面が近づいてくる。
自分がぶっ倒れたと気づいたのは、それから5時間後の事だった。
/
「いや一体何があった訳!? あとエラあんまり関係なくない?」
六年も前の思い出に浸っていると、アウローラから的確な突っ込みが飛んできた。
まぁとは言え自分ももしアウローラがこんな話をしてきたら、同じ反応をする自信がある。
さすがにこれだけで理解してもらえるとはエルピスも思っていないので、しっかりと説明を挟んでおく。
「お父さんの能力に〈毒物・弱体化系魔法効果反転〉って言う能力がある所為で、それに合わせたの飲んじゃったから爆睡しちゃったんだよ」
要はエルピスの父は毒物の効果を反転させるので、薬物に対してかなりの耐性を持っているエルピスが寝てしまうほどの睡眠薬を飲めば目がすっきりと覚めるということだ。
しかしエルピスはそれを一切知らずに睡眠薬を飲んでしまい、ああしてぐっすりと寝てしまったのだ。
「あんたも大概だけどお父さんも大概ね…」
「こんなので驚いてたらやってけないよ、もっとヤバいのいっぱいあるから」
「それでなんでこれが一番印象に残ったことなの?」
「エラの前で俺が倒れたのあれが初めてだったんだよね、お母さんの前で倒れたのもそうか」
「なるほどね…もしかしてエルピスの能力って反転系のものとかそんな感じ?」
誰かの前で倒れたのは初めてだし、神の力を身にまとっている今なら薬物系統は全て無効化できるので、あれで最後だろう。
ただそれだけの理由で話したのだがアウローラが何か深読みでもしたらしく、少し微笑みながらこちらを向いてそう言った。
正解は神の称号と勇者系統の称号なのだが、とはいえ反転も能力としては遠からずも近からずではあるので、苦笑いでスルーしておく。
「あ! もしかして当たった感じ? ねぇねぇ」
「そう言えばギフトってどうやって確認するんだ? 分かるかセラ?」
「ちょ、なんで無視するし!」
「確認方法は分かりませんが、鑑定スキルを使用すれば一応分かりますよ」
「セラまでぇ……」
「じゃあ頼む」
半泣きなアウローラにごめんごめんと笑いかけながら、エルピスはセラからの鑑定を受ける。
王国にいた時は数分単位でかかっていたセラの鑑定だが、神の称号を二つ解除してエルピスの力もかなり強くなったので、それに比例してセラの力も強くなり鑑定時間も大幅に短縮された様だ。
通常の鑑定と違って足の先からスキャンされる様な感覚に襲われながらも待っていると、不意にその違和感が消える。
セラの鑑定が終了したのだろう。
「鑑定完了しました。九個の特殊称号によるギフトを確認できました」
「じゃあ二度手間だけどメールで送って貰っていい?」
「了解しました」
アウローラにこの場でバレる訳にも行かないので、技能〈メニュー〉のメールからギフトの一覧を貰う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
メリット
魔神(悪魔召喚+天使召喚)【神災魔法】
邪神(障壁強化+全属性攻撃力アップ)【即死】
盗神(隠密強化+速力アップ+特殊魔法獲得)【効果上昇】
龍神(龍の魔眼強化)【全能】
精霊神(精霊の眼強化+魔力増幅)【神災魔法】
鍛治神(武器系統性質強化+武器性能強化+錬成能力強化+エンチャント能力強化)【創造】
全能の神(称号効果全強化+デメリット減衰)【信仰】
勇者(全ステータス上昇+使用可能魔法増加)【指揮+軍略+勇気】
level効果(消費魔力減少)
デメリット
回復魔法使用不可、悪魔召喚時能力減衰、天使召喚時能力減衰、神聖系魔法使用時消費魔力上昇
【】内は権能使用時のギフト
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
どうやらそこまで上手い話ばかりだと言うわけでもなく、メリット以外にもデメリットがあるらしい。
おそらくではあるが基本的には神の称号は一つまでしか手に入れる事ができないので、複数の神の称号を手に入れてた事で称号同士が反発しているのだろう。
フェルを召喚した事によってデメリットが起きていたり、神聖魔法の消費魔力が上昇している事も問題ではあるが、一番問題なのは回復魔法が使用不可能となっている事だ。
「ん? これってどういう事? 普段使っていないとはいえ結構な頻度で回復魔法使ってたよ?」
基本的には敵から攻撃を食らう前に邪神の障壁で攻撃は防ぐので、よほどの強敵でも現れない限りエルピスは怪我をしない。
最近だとニルとの戦闘中に怪我を負ったが、その時も魔法を使用して自分の傷を癒したし、今も少し回復魔法を使用してみようと意識を傾けるとしっかりと発動できている。
「私が回復魔法発動時のみ魔術回廊を肩代わりしているので、発動自体は出来ますよ」
「つまりセラが戦闘不能だったり、距離が離れていた場合…」
「回復魔法が使えませんね、大ピンチです」
それってかなり大問題なのではないだろうか?
セラが負ける相手なら正直今のエルピスだと勝てる気はしないが、なんらかの理由で例えばセラが天界に帰ったりした場合エルピスはかなり戦いづらくなる。
意外なところで助けられていたんだという事を再確認しつつ、ギフトを貰ったのだから仕方ないかと割り切る。
「つまりはエルピス様が私から離れずに、ずっと近くにいて下されば良いのです」
「確かにそうだな、これからも色々と頼むよ」
「はい! もちろんなんでも任せてください」
「エルピス~? 僕も居るんだからちゃんと構ってね」
「起きたのかニル、構ってって言われても今の体勢じゃ無理…って左手持ってかないでよ」
「あれ? なんかこれ私いない物として扱われてない!?」
思っていたよりも短い時間で終わったしまった回想は、目的地が近づいてきてしまったとこで完全に終了する。
次なる目的地は森霊種の国、初めて訪れる亜人の国に高鳴る鼓動を押さえつけることもせず、エルピスは好奇心を胸に秘めて目的地へと向かうのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます