第66話報酬

 行きはかなりの時間がかかったものの、帰りは魔物も完全に討伐し終え道も分かっていたので、一週間程でエルピス達は地上に戻る事が出来た。


 久しぶりに太陽の光を浴びて目を細めていると、いつのまにか初日にも出会った執事が近くへと寄ってきていた。


「お待ちしておりました。エルピス様」

「ご苦労様、それで依頼主はどこに? お借りしていた傭兵達が怪我を負ってしまったから、至急手当を頼みたいんだけど」

「それはそれは。かの者達は主人も大変お気に入りな様でして、至急事に当たらせてもらいます。

──さて主人の現在の居場所ですが、エルピス様達がダンジョンに挑戦している間に、城に戻りパーティを開く準備をしております」


 遥希達が全身黒服の如何にもな人達に連れ去られて行くのを横目で確認しつつ、エルピス達も執事の後を追う。

 数分程歩くと、草原に馴染む様な色のテントが1つだけ設置されている場所に来た。


 中から転移魔法系統の魔力の流れを感じるので、おそらくは非魔導師でも使えるように細工された転移魔法陣があることが外からでも分かる。


「ここから転移で我が主人の居城シュヴァイン・バルツ・スレード城に向かいます。お足元にお気をつけて」


 部屋の中に入ってみれば随分と大掛かりな魔法陣が床一面に刻まれており、少し見てみれば明らかに転移に関係のなさそうな呪術系術式もいくつか見受けられる。


 呪い系統は邪神の権能の効果を使用せずとも、人類種が使える程度の物ならば神の力で余裕を持って抵抗レジストできるのでエルピス自身には何の問題もないのだが、アウローラなどにはかかってしまう可能性があるので必要ない術式以外全て壊しておく。


 魔神に対してこの程度の罠が機能するのかと言いたくなるが、まさか作ったやつも魔神に対して使うなんて思っていなかっただろうなと思い悪戯が成功したような気分になる。


「では転移します。少し揺れたりしますが、お気になさらぬよう」


 執事がポケットから小さな小瓶を取り出し中身を魔法陣に垂らすと、発動条件を満たしたのか魔法が起動する。

 どうやら魔素を液体状にしたものらしい。


 王国でも実験的にいくつか作られているのは見たが、ここまで完成度の高いものはなかった。

 さすが上が腐っていようとも四大国の内の一つである共和国、技術力において完全に王国を圧倒している。


 魔神の力によって作り方は完全に把握できたので、その内複製するのもよさそうだ。

 何度やっても慣れない転移の浮遊感を感じながら、エルピスは一月以上いたこの地から国王のいる城に向けて転移していく。


 今から行く場所の方が迷宮より余程面倒だと思いながら、エルピスは目を閉じるのだった。


「おおエルピス殿! 無事戻られたか。武勇伝や晩餐会なども捨てがたいがそれよりも先ずは……」


 転移した先で真っ先に口を開いたのは、机の上に大量の書類を放置し葉巻を口にくわえた共和国の実質的な国王であるディタルティアだ。

 愚王が目ざとくエルピスの腰に付けてある皮袋を舐める様に見つめるが、この中には水しか入っていないのでおそらく彼は魔石か何かでも入っていると思っているのだろう。


 こいつの話に合わせないと時間が伸びる上に計画が狂うから仕方ないか、そう思いながらエルピスは愚王のお望み通りに動く。


「結果発表ですね、無事私達が勝利いたしまたしのでびた一文貴方にお渡しいたしません、それでは忙しいのでこれにて失礼」

「ん、何を言っている? どう言う事だ!?」

「お忙しいディタルティア様は覚えていらっしゃらないかもしれませんが、迷宮攻略前にしっかりと早い者勝ちで構わないとおっしゃっていましたよね?」


 エルピスが何を言っているのか分からないと言いたげに顔を真っ赤にして喚き散らすディタルティアに対して、エルピスは予測していた通りの反応が返ってきたので事前に考えていた通り言葉を返す。


 エルピスの読みではこの辺りで内容を思い出し顔が青ざめるくらいはしてくれるかと思っていたのだが、何故かディタルティアの顔は赤いままで、今にでも衛兵を呼び出しそうな勢いだ。


 約束を違える事はいくら隠蔽によって弱まっているとはいえ、邪神の力によって不可能なはずだが……そう思いながらディタルティアの姿を見て何故彼がエルピスに対して怒りの感情をぶつけ続けているのか理解できた。

 この男、自分がした約束を忘れているのだ。


 大方自陣営の勝利を疑わず勝ったものだと思い込み、故に勝利したから報酬をもらうのは正当なものなのだと思い込んでいるらしい。

 これだから世襲制で受け継いだだけの馬鹿を高い地位に据えるのは悪でしかないのに、まったく何のための共和国なのかと頭を押さえたくなる。


 ──まぁこう言うこともあるかと手は回してあるので問題はないが。


「衛兵供出てこい! この者達をひっ捕らえて地下牢にぶち込んでおけ!」


 ディタルティアの言葉と共に、扉を開けて数人ほど衛兵が入ってくるが、セラとニルの二人が威圧すると声も出さずに武器を捨てて膝をつく。


 迷宮内で喧嘩していた時はどうなることかと思ったが、こういう時ニルとセラはかなり頼りになる。

 衛兵達の顔は見るまでもなく恐怖に歪んでいるが、エルピスが驚いたのは衛兵達の着ていた装備だ。


 基本的には量より質であるこの世界において、雑兵に力を入れる事自体無駄なので必然的に王国と同じように、才能ある近衛兵を身近に起き何かあった時に対処するのが常なのだが、どうやらこの国は装備だけで実力差がどうにかなると思っているらしい。


 アルキゴスが普段着用していた装備と同じか、下手をすればそれよりも上の──もちろんF式装備と比べれば天と地の差はあるが──装備を着ている彼らの練度は良くて王国にいる街中を巡回している兵士と同じ程度。


 そう考えばもしかすると王国にいる兵士の練度が高すぎるのかもしれないが、とはいえこの程度の威圧で怯んでしまうのではそうだとしても使い物にならない。


 なんせニルもエラも一切力を出していなくてあれだ、本気を出せば威圧だけで目の前にいる者達の身体活動を停止させることもできるだろう。


「何をしている! お前達早く捕まえるのだ!」

「む、無理です、勝てるわけがない。私達は共和国を守るために集まった有志、こんな所で命を無意味に投げ捨てる気は無い!」

「保身の為とはいえ、かなりしっかりと物を言いますね、尊敬されてないんじゃ無いですか貴方」

「かもねー。あ、お兄さん達分かってると思うけど動かないでね。命が大切なんでしょう?」

「貴様ら…こんな事をしてタダで済むと思っているのか!

私を誰だと思っている、共和国盟主のトップでありこの国の支配者であるディタルティアだぞ!」


 目の前でそう叫びながら手当たり次第に机の上にある物を投げつけてくるディタルティアに対して、エルピスは久しぶりに本気で怒りの感情が湧いてくる。


 アウローラの一件で少しは反省して盟主達も共和国の中で責任ある立場の者として、少しはマシになっているかと思っていたのだが。

 どうやら自分と関係ないから、どうでもいいくらいにしか思っていなかったらしい。


 だが計画通りに事が運んでいるので、エルピスは仕方なく怒りを抑えながらそのまま話を進めていく。


「ふむ、なるほど。それでこの国の支配者であるディタルティア様に聞きますけれど、何故お怒りなのでしょうか? 

私は自らの権利を行使しているだけなのですが?」

「ふざけるなッ! それが一国の王に対する態度か!?」

「逆に聞くがこの国の名誉貴族の位を自ら授けておいて、我が家が何も言わないのをいい事に不当な税収や調査を何度となく行い、幾度となくありもしない権利を主張したあの件に関してはどうお考えかね?」

「何を言っている、この国の土地の中に存在する物全てが我のものだ!

アルヘオ家などという他国にも貴族としての位を置く実質スパイのような貴族に対して、多少の税収の代わりにこの国に住まわせてあげている我の心の広さを知れぇ!!」


 傲慢もここまでくれば一種の才能だ。

 呆れを通り越して感心を無くしかけているエルピスの代わりに、アウローラが会話を続ける。


「貴方、何故アルヘオ家が複数の国家に貴族として名を連ねて居るのかと、疑問を抱かないの?」

「──何が言いたい小娘?」

「小娘じゃない、私はアウローラ・ヴァスィリオ。ヴァンデルグ王国四大貴族の娘にして、あんた達に攫われそうになった少女の一人よ。

分からないようなら教えてあげる、国家間の戦争を防ぐためよ。

この世界においても亜人種を除き過剰戦力の内の一つといっても過言ではないアルヘオ家を相手取るとなれば、相応の覚悟が必要になるでしょう? 

 要は戦争を止める役割をしてくれているのよ、そんなアルヘオ家を蹴ったとなれば、攻める口実もないからすぐには来ないでしょうけれど、徐々に野党なんかに紛れて喜んで他国が攻めてくるでしょうね。

 アルヘオ家が絡んでこないんですから」


 嘘はついていない。

 さすがに急激に領土を取られたり奪われたりはしないと思うが、枷が一つ減るのは他国の者達からすれば随分と嬉しいイベントだ。


 かと言って今更言葉を取り消したところで、アルヘオ家の者はこの国から全員退散させているのでもう時はすでに遅いのだが。

 迷宮内からこちらまで上がってくるときに、何もエルピスだって馬鹿正直にそのまま上に上がってきていたわけではない。


 時間は有効利用しなければならない事など小学生でも今時わかる、この場にいない悪魔の姿を思い浮かべながらエルピスは視線を自称王のもとへ戻す。


「ふざけるな! ぶざけるな! ふざけるなぁッ!! 貴様ら生きて帰れるとは思うなよ、貴様らの親族全て斬首刑に処し、その首朽ち果てるまで城の前で晒しあげてくれるわ!」

「──はいカット、セラちゃんと国中に音声出せた?」


 これだけ喋ってくれたのならば問題ないだろう、そう思いながらエルピスはセラに指示を出す。

 勘のいい人間ならば今の一言で大体察してくれた事だろうが、単純な事で今の今までの音声全て国中に放送されているのだ。


 某錬金術師が行ったことを思いつきでやって見たのだが、案外上手くいく。

 盗聴器などがこの世界には流通していないので自身の言葉の重さを勘違いしてしまったのだろうが、これだけ言えば失脚は確定だろうしもしかすればそれ以上もあるかもしれない。


 どうなろうと知ったところではないが、嫌いな人間が不幸になるのは気分が良くなるものだ。


「はい。この国の全ての住人が今の音声を聞いたはずです」

「慣れないことするもんじゃないね、いまいち言葉の引き出しかたがわかんないや」

「まぁこれだけ自爆してれば問題ないでしょ、国民もあんなの聞かされたら溜まったもんじゃないしすぐに来るわよ」


 そう言いながらアウローラは窓の方へと近寄ると、遠くの方を眺め出す。

 さすがにここまですぐに来ることは無いだろうが、もって後二日というところだろうか。


 今日をもって共和国が本当の意味で民主制になれる日が来たようだ。

 怒り心頭でこちらを眺める王の姿を眺めながら、エルピスは機嫌よくその場を離れるのだった。


 #


「エルピスさん派手にやりましたねー、冒険者組合の方も大変ですよ」


 城から抜け出し一番最初にエルピスが向かってきたのは冒険者組合。

 特に何か危ないことはないと思うが、他のメンバーには一旦市街に行ってもらいここら辺から離れてもらっている。


 声音は柔らかいものの顔は引きつっているし、言外にお前の責任なんだからなんとかしろと言いたげな受付のお姉さんの前に袋を置きながら、笑みを浮かべて言葉を返す。


「お姉さんに渡された依頼書のところ行ってきました!」

「あのですね、私の話聞いてます? 迷宮制覇という偉業に対してこういう事いうのあれですけれど、今はそれよりも重大な問題がありますよね」

「まぁまぁ、それに我が家に向かって喧嘩ふっかけてきたの向こうですよ?

 売られた喧嘩は買いなさいって親から教えられてるので」

「その割には喧嘩売られる前にアルヘオ家の私財が全て移動していたようですけれど? しかも数年も前から少しづつ」


 さすがに冒険者組合情報収集が早い。

 そもそもアウローラを攫おうとしたこの国に対して、アルヘオ家がこれ以上金を落とす理由など一つもない。


 いままでこの国に落としてきた金は手切れ金として渡すとして、それ以上を願うのであれば相応の覚悟を持って行って欲しいものだ。


「まぁ細かい事は良いじゃないですか、ここ地下に倉庫ありますよね? 出来れば行きたいんですけど」

「分かりましたよ、付いてきてください。それで何層だったんですか迷宮は」

「秘密にできます? 多分びっくりしますよ」

「なんですか、もしかして階層関連じゃなくて土地神でも住んでましたか?」

「土地神くらいなら楽なんですけどね」


 土地神は神と付いているがその力は少し強い亜人種と同じくらい、称号を解除していなかった幼い頃のエルピス程度の力しかない。

 そんな相手ならばかなり楽だったのだが、90階層あたりにいた龍などは土地神よりも更に上だっただろう。


 ちなみに縛り付けて放っておいた古龍だが、上に来る間に地上のどこかにランダムで転移する魔法をかけて何処かへと飛ばした。

 人間の集落を襲わず、人間の飼う動物を襲わないように契約して自由にしたので、龍に対して喧嘩を売る馬鹿以外はこれから先あの龍によって誰かが殺されることもないだろう。


 地下倉庫に着くと割と広い空間を貰えたので、収納箱ストレージに溜まった魔物を取り出していく。

 さすがに全て現物のまま出すとこの地下倉庫が魔物に埋もれてしまうので、迷宮内で価値の少ない物は魔石だけにして全て燃やしている。


「す、すごい量ですね……。解体士が何人必要になるか、というよりこの量の魔物をどうやって保管してたんですか」

「企業秘密です。めんどそうですし解体軽くしておきますね」


 聖剣を抜き、そしてまた鞘に戻す。

 側から見ればエルピスの行動はただそれだけに見えたことだろう。


 だが目の前で山のように盛られていた魔物達はその一瞬で部位ごとに切り分けられ、必要なものとそうでないものにきれいに分かれていた。


 いまのエルピスはニルと戦ったままの状態なので、これくらいは朝飯前だ。


「最高位の冒険者のやる事には驚いてたらキリがないって言ってた先輩の言葉の意味が、ようやくちゃんと理解できましたよ。じゃあ一体何があったんですか?」

「魔物の強さもまぁすごかったですけど、階層関連ですよ。迷宮は100階層あったんですよね。これが証拠の迷宮宝玉ダンジョンオーブです、おっきいですよねこれ」

「──へっ?」


 エルピスが取り出したのは、ニルが座っていた椅子の下にあった大きな宝玉だ。

 この宝玉、迷宮の大きさに比例してサイズが大きくなる性質があり、昔エルピスが見た子供程度のサイズのものでおそらく40~50階層程度のものだ。


 いまエルピスの目の前にある宝玉はそれとは比べ物にならないほどの大きさで、横幅は2~3メートル高さもエルピスの身長より高いので2メートル近くはあるだろう。

 これだけ大きい宝玉となると城を守る防壁なんかにも使用できるので、これ一つで莫大な金が動く事は想像に容易い。


「まさか出来立ての迷宮で100も有るとは…よく無事に帰ってこれましたね」

「伊達に最高位の冒険者じゃありませんから。

 あ、迷宮主に関しては僕の管轄下に置いてるので申し訳ないですけど素材とかは提供できないです」

「貴方よく常識外だとか常識を弁えて居ないとか言われませんか?」

「最高位冒険者なのでなんとも?」

「貴方もあのおかしな人達の内の一人ですもんね。なんで人間だろうが亜人種だろうが最高位の冒険者はおかしなのが多いんですかね本当に」


 これだけで納得されるのだから、最高位の冒険者という称号は随分と便利なものだ。

 報酬の受け取りと素材の換金を終わらせたエルピスはそのまま郊外へと向かっていく、次は一体どこへ行こうか。


 期待に胸を膨らませながらエルピスは外へと向かって歩くのだった。

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