第27話親と子供と教育係

 食器とフォークが擦れる音だけが辺りを支配し、エルピスは緊張を隠しもせずに、ぎこちない動作で口に食べ物を運ぶ。

 数十人が座れる長い椅子には王とその他の王族が詰めて座っており、次にアウローラと、その両親であるヴァスィリオ家の夫妻が座っている。


 エルピスの状況はと聞かれれば、王の対面に座らされ、その斜め前には両親が座って居た。

 この世界においての一般的な作法など一切覚えておらず、スキル〈経験値増加Ⅴ〉を使って無理やりこの食事の前に作法を覚えただけで、他のものに比べれば少しぎごちなさが目立った。


 だが特に誰もそれについて言及しようとはして来ないので、ありがたく思いながらエルピスは見様見真似で悪い所を無くしていく。

 前菜が全て出され空気が落ち着くと、国王が口を開いた。


「イロアス、今回の事は無事こうして問題もなく終わった訳だが、このまま教師は続けさせるか?」


「俺に聞くなよ、エルピスの意見を尊重してくれ。まぁ俺としては別にーー」


「ーーエルピスには世の中がどんな物かは分かってもらったんだし、家庭教師として抜擢してくれたヴァスィリオには悪いけど、連れて帰らせて貰うわ」


 何時もの様に母が父の言葉を遮りながら、王とその近くに座るアウローラの両親に対して母は威圧をかけた。

 皿がひび割れそうな程の重圧を肌に感じ取りながら、エルピスはグロリアス達の方を見る。

 イロアス達が会話している最中に割り込もうとする素振りを見せる者は誰一人おらず、全員が静かに事の成り行きを見守っているので、この状況を変える気がある様には思えない。


 ここでエルピスが続けるか続けないか言えば話は簡単に終わりそうなものだが、今回の件は色々と裏で大人達が暗躍しているので、下手に行動すると今回の様にまた何かに巻き込まれかねない。

 王族の方々の様に静かに待つのが得策だろうと思っていると、意外にも一番にアウローラの父が母さんの意見に反対した。


「クリムさん、出来ればそれはやめて頂きたい」


「どうして? 騎士団長と魔術師長を身内から排出している貴方なら、娘にしっかりと魔法を覚えさせる環境を作ることなんて造作も無いでしょう?」


「ーー舐めないでいただきたいクリムさん。私とて貴族の端くれ、人の価値を見抜くのには長けていると自負しております」


「そう、それは良い事じゃない。だけどビルム、エルピスは#私__・__#の子供よ。龍の子に手を出してどうなるか、知らないとは言わせないわよ」


「危険を犯さなければ得られない物もあります。それに決めるのは貴方じゃない、エルピス君だ!」


 威圧する母に対して、アウローラの父は怯えた様子も見せずに言葉を返す。

 贔屓目に見ようとも強そうに見えない彼が母の威圧に耐えられる理由、それは貴族として日々強い人に会うであろうその環境も起因しては居るだろうが、直接の原因は娘に対する愛情だろう。


 母の威圧で怯えているアウローラに対して、ゆっくりと伸ばした手も向ける視線も、エルピスが両親から受ける愛情と同じくらいの愛情が向けられているのが、傍目から見ても分かった。

 それを母も分かっているのか、威圧をやめて浮かせていた腰を下ろし席に座りなおすと、こちらに視線を向ける。


「確かにその通りね。エルピス、貴方はどうしたい?」


「僕は……僕はもう少しここで教える事が出来るなら、そうしたい。まだ一日しか経って居ないけど、ここで教える事が出来れば、僕はきっともっと成長できる。だからもう少しここに居たいんだ」


「……そう言う事なら私は邪魔しないわ。悪かったわねビルム、試す様な真似して」


「子供を思う気持ちがあってこそですから、何も言う事はございませんよ」


 一段落を終えてようやく場の空気が落ち着き、エルピスは目の前に出されていく料理を食べる。

 だが一段落終えたとは言え話は続くらしく、エルピスが使った魔法について今度は話題が上がった。


「そう言えばあの魔法はエルピスの物だろ? あんな馬鹿げた消費魔力の魔法をあんな事に使うのなんてお前くらいだし」


「アウローラ様の魔法を見たら、初めて本気で魔法を撃ちたくなっちゃって、でも父さん。特に実害は無いようにした筈だから、被害は出てないでしょ」


「まぁ直接的な被害はな。だけどあんまり急にあんな事するなよ? 魔力に当てられやすい種族も居るんだから」


 そう言いながら父は、部屋の隅で他の城勤の使用人と同じ様に立ったままのフィトゥスとへリアを見る。

 #森霊種__エルフ__#であるヘリアは体の中にいる精霊の影響で間接的に今回の魔法の余波を受けたらしく、髪色が茶髪から白色に変わっている。


 フィトゥスに関しては特に外見上の変化は見られないが、また進化でもしたのか種族として一段階上に上がって居るように見えた。

 考え無しの行動のせいで思わぬ所に影響が出た事を反省し、フィトゥス達の方に身体を向けて頭を下げる。


「……ごめんフィトゥス、ヘリア。僕が魔法を使っちゃったせいで」


「構いませんよ、それにあの魔法の所為で今のヘリアがこうなって居るわけでは有りません」


「ーーえっ? そうなのか?」


「イロアス様には言っていませんでしたが、そうなのです。そもそも周囲の魔力に当てられて進化したり髪の色が変色したら今頃は#森霊種__エルフ__#の名前はカメレオンにでも変わってーー痛いですヘリア! 杖で脇腹を突くのをやめて下さい!」


「五月蝿い、お前は黙っていろ。ここからは私が説明させていただきます。エルピス様が発動された魔法は、主に王都と龍の森を中心に構成されており、他の地域と比べて大量の魔力が回された森は木々が急成長を遂げたのです。イロアス様達は実際に見たから分かると思いますが、それはもう巨大に」


「確かにあれはちょっと異常だったな」


 なるほど元からかなり大きかった木々が、更に成長を遂げたと。

 それが本当なら父が怒るのも無理はないだろう。

 魔力が関係して木々が育つということは、莫大な魔力がその地に浸透していったということだ。


 日差しなんて通るわけが無いし、そもそもただでさえ森の中で魔法を使って遊んでいた時に、周囲一体の魔力量が

上がりすぎて酔うと龍達から文句が有ったことを考えると、エルピスのしたことは考えなしだっただろう。

 今回の魔法の所為できっと彼等はまた体調を悪くして居るんだろうと思うと、悪いことをしたなと思う。

 そんな事を考えながら、ヘリアの言葉に耳を傾ける。


「さすがに日差しや魔力濃度的に放っておけない事態になったので、木々の中にある魔力をこちらで吸い取りました。その結果多少見た目が変わりましたが、とは言え直ぐに治りますから」

「直ぐに変わっちゃうの?  私ヘリアのその髪の色可愛くて好きだったんだけどなぁ」

「ありがとうございます奥様。ですが自然と戻ってしまうので、私ではどうにも出来ません」


 嬉しそうに話すヘリアと笑みを見せるお母さんの会話を聞きながら、エルピスは出された主食に舌鼓を打つ。

  それから数十分後。

 食事を終えた後の会話はやはり家族同士の物になり、それぞれの家族が固まって会話を始めていた。


「それにしてもさ、父さん。魔法の威力を上げる方法は分かったけど、戦術級以上の魔法が少な過ぎるんだよ。どうにかならない?」


「あのなぁエルピス。そもそも戦術級は個人で撃つ魔法じゃ無いし、たまにお前が使ってるけど国級にもなったら本来超が付く秘匿情報なんだぞ?」


「この前読んでたあの本には書いてなかったの?」


「なんで母さん俺が読んでたの知ってーーまぁ良いや。あの本には基本的な事と、過去に使われた時の細かい情報しか書かれてなかった」


「そんな本持ってたのかよ。今も持ってるだろ? 見せてくれないか?」


 手を出しながら父がそう言うので、#収納庫__ストレージ__#の奥の方に入れてある#本__魔導の書__#を渡す。

 もう内容は全て覚えたのだが、父が読めば何か変わるんじゃ無いかと思い、渡してから母さんと雑談して居ると、父さんから声がかかる。


「これは……凄いな。これ一個あれば魔法使いとして大成出来るぞ」


「イロアス様、少し確認させて頂いてもよろしいですか? ……なるほど、確かにこれは素晴らしいものですね。ですが少しおかしいですね」


「おかしい? 何が?」


「少しお待ちくださいね」


 会話しながらフィトゥスは最後のページを開くと、手を当てて何かを探る。

 本に指を押し当てながら手を動かしていると、不意にフィトゥスの手が止まった。

 そこは最後のページ、もう次のページはなく、エルピスの記憶が正しければ当たり障りのないことしか書かれていないはずだ。

 そこに手を当てながら本をめくるようにすると、新たなページが現れた。


「やはり有りましたか。封印されていたみたいですね」


「フィトゥス手が焦げてるけど大丈夫!?」


 新たなページが現れるのとほぼ同時に、フィトゥスの手が炎に包まれる。

 それを近寄って魔法で消火しつつエルピスは一体何があったのかと、フィトゥスの方を心配そうに見つめた。


「精霊か天使の魔力の所為ですね。かなり私も強くなったつもりでしたが、随分と強い者が張ったようです」


「そうなんだ……もう封印は全部解けたの?」


「それがまだ数十個ほど有りまして、これ以上の封印は神職にさせるのが一番ですね。一番強い障壁は私が壊しましたので、後はそれなりの術者なら剥がせるでしょう」


「じゃあ明日神殿に行こうかな」


 治っていく指をエルピスに見せ安心させながら、フィトゥスはそういった。

 神職という意味合いで言えばエルピス自身神なので恐らくーーと言うより間違い無く剥がせるだろうが、何時もなら何が何でもエルピスに関する事は譲らないフィトゥスが神殿を押したという事は何か理由があると思うので、素直に乗っておく。

 それから数時間後、エルピス達子供が睡魔に襲われ眠っている深夜に、小さいテーブルを囲み酒を煽る三人の人影があった。


「ーーにしてもだ、イロアス。お前んとこの子供は随分と俺たち側に近いな」


「俺たち側というと?」


「生まれつきの異能持ちって意味だよ。ビルムのとこもそうだろ?」


 そう言いながら国王ーームスクロルは酒を飲む。

 ムスクロルだけでなくこの場にいる三人、イロアスとビルムは先祖返りと呼ばれる異能を持って生まれてきた。

 分類的に言えば異世界人と先祖返りは違う物なのだが、その力が強力という点に関しては殆ど同じと考えていいだろう。


「うちの子はイロアスのとこみたいに、子供ながらにして竜を倒したりしねぇよ。いたって普通の可愛い子だ」


「うちの子の方が可愛いね! あの微妙に小生意気な性格が特に可愛いからな!」


「んだと! やるかコラ!」


「やってやんよ! 骨の一本くらい覚悟しろよ!」


「やめろやめろ、お前ら普段は冷静なのになんで子供が絡んだらそんなに熱くなるんだよ」


「「親だからだ!」」


「……聞いた俺がバカだった」


 話があらぬ方向に脱線していくが、何時もの事なので笑って話を流す。

 何時もなら一度こうなるとかなり長い間話はそれたままなのだが、今日はその自分の子供が話題に上がっているからか、意外にも直ぐに話題は元に戻る。


「ーーだが冗談抜きでエルピス君にはちゃんと善悪の判断をさせないと、不味い事になるぞ。今ならまだしも成長したら止められる気がしない」


「暴走する訳がないーーと言いたいが、あの年頃は細かい事で性格や感情なんて変わるからな。充分その点に関しては気をつけているつもりだ。それに今回のだってそれを図るためのものだろ」


「そうだな。先に言っておくがイロアス、もしエルピス君が暴走したら、お前が例え守ろうと俺は何があっても殺すぞ。それ程に彼は危険だ」


 万が一の場合は子供を殺すと言われても、イロアスの表情には変化が出ない。

 昔から交友のある二人からの言葉だからという事も有るが、何よりエルピスの事を信用しているからだ。

 だが目の前の二人が言いたい事は分かる。

 今のエルピスは力の使い方を知らない、その力がどれ程の域に達しているかも、自身の危険性にも。

 今回急遽と言っても良い速度でエルピスが家庭教師になるまでの話を組んだのは、再三ではあるが今のエルピスが善と悪どちらに傾いているかを判断する為と言うのが本当の目的だ。

 もし万が一にでも奴隷商人に手をかけた場合は、近場に控えていたメイドと執事数名にクリムとイロアスが強制的に家に帰らせる算段もつけていた。

 それ程までに今のエルピスは危険と言える。


「それについては何も言わないさ。そう言えば睡眠中のあの子の部屋に入ったらびっくりするぞ? 気配察知の濃度の異常さに、避けようと思えば思うほどに引っかかる魔法。子供の寝顔一つ見るのに戦闘する時より魔力を使うからな」


「そんなにか?」


「あぁ。そんなにだ。なんなら今から行って誰が引っかかるか勝負しようぜ」


「何を賭ける? もちろんハンデはありだよな」


「まぁ向こう着いてから考えようぜ」


 雑談を交わしながら立ち上がり、三人組はエルピスの眠る部屋へと足を進める。

 ーーその後魔法に引っかかったムスクロルが、国の外に強制転移させられ帰ってくるまでにかなりの時間がかかったのは別のお話。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る