第6話実力

 この世界にある技能スキルは、一般的に開示方法が存在しなかったらしい。


 しなかったらしいという事はつまり今はできるという事で、それが転生者ないし転移者がこの世界に落とした不確定要素の一つでもあった。

 巻物、通称をスクロールと呼ばれるそれには魔力を込める事で込められた魔法を発動する効果が存在し、魔法を使えない一般人や剣士に愛用されているそれは、父が遠征からのお土産として持ってきたものでもある。


 様々な魔法を入れられる巻物スクロールに父が入れてきたのは異世界から来たものが考案したスクロール開示の魔法であり、特殊技能ユニークスキルや称号は不可能だが通常の技能スキルであればこの巻物があれば確認する事ができるらしい。


「使用上の注意ですが、巻物スクロールには耐久限界が存在し、一定量の魔力を込めると爆散します。

 通常ならそんな事は有り得ませんが、エルピス様魔力量多いんですから気をつけてくださいよ?」


「分かってるって、そんなヘマしないよ」


 ヘリアの言葉にたいして気楽にそう返しつつも、エルピスの手は慎重に巻物スクロールに魔力を込めていく。

 ある程度込めたところでするりとエルピスの手から巻物スクロールがこぼれ落ちていき、それからゆっくりと巻物スクロールは床一面に広がっていった。


 先程まで無地であった巻物スクロールにはいつの間にか文字が描かれており、どうやらそれがエルピスの技能スキルのようだ。

 獲得した特殊技能ユニークスキルや称号は記憶しているが、これらの技能スキルはエルピスがこの世界に来てから自力で手に入れたものであり、非常に興味がそそられる。


「なるほどなるほど……この技能スキルレベルならば最近の魔法の上達が著しいのも納得がいきます。さすがですねエルピス様」


「んっ、でもなんだか必要ない物も多いね」


 頭を撫でられ目を細めつつも、エルピスは己の技能スキルを改めて見返す。

 体術や武器を扱う術、その他にもいろいろと有益そうなものもあれば、消化速度が早くなるなど必要かどうか不明瞭な物も存在する。


「才能でしょう、普通のものならばこの5分の1程度です、誇るべき事なのですよ」


 技能スキルレベルについての講習は事前にフィトゥスの方から受けており、エルピスは自らの技能スキルのレベルを一つずつ確認していく。

 日本でいうところのローマ数字を用いてレベル評価はなされており、大雑把に五段階評価に分かれている。

 Iが見習いⅡが一人前Ⅲが熟練者Ⅳが達人Ⅴが神話級といった風になっており、大抵の英雄が己の得意分野でⅤの能力を持っている物である。


 エルピスの魔法の大半は既にⅣの領域にまで到達しており、建築や釣りなどの私生活に使用するような技能スキルもⅢ、つまりは熟練者と言った扱いにまで成長している。

 これは単にエルピスが経験値増加Vを持っているからであり、そのおかげでこうして能力の強化も楽に進める事ができているのだ。


「それにしてもそうですか……困りましたね。この家で一番魔法の技能スキルレベルが高いのはもちろんイロアス様で、ついでフィトゥスや妖精魔法ならリリィ辺りがかなりできる方なのですが、技能スキルレベルⅤはイロアス様だけなんですよね」


「そう考えると僕すごくない?」


「凄いですよ、街でこんなの見せたら偽証だと思われます。まぁ私はイロアス様とクリム様両方を長い間見てきたので今更ですが」


 驚いて欲しかったのだが、両親を引き合いに出されてしまってはエルピスの力では少々届かない。

 楽しくなさそうに頬を膨らませるエルピスを無視して、ヘリアは何か紙に書き留めていく。


 その内容を見たくてヘリアの近くに寄ると、エルピスからは見れないようにやんわりと手で隠されてしまう。

 別方向から身体を出して見たりといろいろ工夫はしてみるが見せてもらえず、エルピスは不満げに声を漏らす。


「なんなのさ」


「なんでもありませんよエルピス様。それよりほら、クリム様が呼んでいらっしゃいました。

 早く行かないとまた一緒にお昼寝ですよ」


「──マジ?」


「マジでございます」


「そういうのはもっと早く言って!」


「扉はそんなに荒々しく閉める物ではありませんよ」


 扉を壊さんばかりの勢いで、というより半壊させて出て行ったエルピスを見送りヘリアは書き留めを続ける。

 それから十分後、ヘリアが居る部屋に一人の来訪者がやってきた。

 それは何を隠そうこの家の主人イロアスである。


 エルピスには未だに遠征中であるという話を通してあるが、実はここ数日間この作業のために森に潜んで居たのだ。

 神妙な面持ちでやってきたイロアス相手にヘリアは椅子を引いて着席を進める。


「ありがとう。それでどうだった?」


「前失礼します。技能スキルの方はそちらに、中々面白いですよ」


 10分間の間に綺麗にまとめておいた巻物スクロールを渡すと、イロアスは吟味しながらその内容を読んでいく。

 技能スキルを確認する必要があったのはエルピスよりもどちらかといえばイロアス達の方だ、今回の計画を組むにあたってエルピスの技能スキルは必要な情報のうちの一つでもある。


技能スキルの成長速度が異常だな、祝福ギフトなしでこれも珍しい」


「先天的な物ももちろんあるでしょうが、一番はこちらの能力でしょうね」


「……なるほど、これでどっちか確定したな。まぁ普段の態度見てたら分かるけど…うーん」



 ヘリアがイロアスから事前に指示され、エルピスにさえ見せなかった書き留めの内容、それはエルピスの特殊技能ユニークスキルに関する物だ。

 経験値増加Ⅴ、魔剣士、ガチャ、無詠唱、完全鑑定、完全隠蔽、整理整頓。


 実に7つにも及ぶ特殊技能ユニークスキルの存在は、イロアスが予想していたよりも更に多い。

 称号類があればまた少しは考える材料があったのだが、先程使った巻物スクロールにエルピスに違和感を抱かせないように魔法を組み込むにはこれが限界だった。


 現在は能力をまともに扱えていないので擬似的とはいえ、魔神相手に嘘を突き通したイロアスの魔法操作技術はさすが人類最高峰の一人である。


「私達召使いからしてみればエルピス様は可愛いエルピス様のままです。

 ですがイロアス様の判断がこの家の判断、でしたら私達は貴方様の指示通りに動きます」


「ーーとりあえずクリムに聞かないと俺にはなんとも。

 あの子はいい子だ、考えることができるし他人を思いやることもできる。

 生意気な時はもちろんあるが、俺にとっては血のつながった可愛い息子だ。

 だけど腹を痛めてエルピスを産んだのはクリムだ、こうなってしまった以上は俺一人の判断じゃどうにもしかねるな」


「そうですか……それはよかったです」


「いいのか? まだ確定でエルピスをどうするか決まったわけじゃないんだぞ?」


「問題ありませんよ、クリム様もイロアス様も同じくらいにエルピス様のことが好きですから、なら大丈夫です」


 フィトゥスでもリリィでもなく、ヘリアがこうして今日エルピスの面倒を見ていたのは、こういった事態にヘリアが一番慣れているからだ。

 伊達に長い間アルヘオ家に仕えてはいない、それにエルピスを騙すなんて事をするのも自分だけで良いのだ。


「それじゃあクリムと相談はするけど、とりあえず成人したら決行するか」


「そうですね。それで宜しいかと」


 大人達の相談はエルピスを置いて進んでいく。

 まだ2歳と少しのエルピスからしてみれば遥か遠い未来の話、だけれど森霊種のヘリアからしてみればその日はもうそう遠くはないのだった。

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