第158話 災い転じて福となせ
『まったく、カッパ三浦ってほんと嫌な奴』
煙草を吸いながら
こふだと仲良くなった龍一が煙を吐き出して一呼吸置くと、聞いて欲しいのだろうと思って一声かけた『何かあったんですか?』
『あったってもんじゃないわよ毎日毎日小言ばっかりでさぁ』
『はぁ』
『1言えばわかるのにくどくどと5も6もしゃべってさぁ』
『はぁ』
『何か言い返せばあげあし取ってそこを
龍一はその話を聞いて既存感を感じていた。
あげあし取ってマウント…
あ、
『どこにでも居るんですねそういう人』
『あんなの何人も居たらたまったものじゃないわよ』
『そうですね』
2人で地下へと向かう階段を下りると三浦が居た、高橋マネージャーが会議で居ないので今日はマネージャー代行のやりたい放題の日だったのである。
そこへ三浦が龍一へ声をかけて来た。
『桜坂くん、前出しはいいから値下げ商品の
『売ってきてと言いますと…』
『え?売るって意味わかる?』『はい、それはわかります』
『じゃぁ行ってきて』
『あの、私は契約で品出しに関わる業務だけとなっているんですけど』
『だから、品出ししたものを売るのも業務の一環だよね?』
『いえ、意味はわかりますけど売るという業務は含まれていません、次長にも高橋さんにも了承済みです』
『じゃぁ契約書見せてよ、契約書に書いてるんでしょ?契約したんでしょ?』
『それは次長が持ってるので』
『じゃぁ証拠が無いって事になるね、と言う訳で売って来て』
藤谷の物言いと全く同じだった、相手が言った事に対してあげあしを取り、答えを出さずに質問を返してくる、それも強めの口調で。
藤谷は嫌いじゃないが、このものの言い方は嫌いだ、しかも三浦の言い方は相手を追い詰める道筋が一貫しており、ゴールは揺るぎない、この方法は攻める方はとても楽なのだ、三浦は「売ってきて」をゴールに設定し、龍一の意見をことごとく攻撃して、売ってきてというゴールに向けてそのレールに乗せる。
『契約違反になりますけど大丈夫なんですか?』
『俺はその契約聞いてないし知らないから、まず売ってきて、てゆーかなんで売るのはNGなの?』
『苦手なんです、人前に出るのが』
『それだけ?そんなのただのわがままでしょ、それは通らないから売って来て、ほら早く』
わがままと言われればそうなのかもしれない、そうだと強く言われてしまうときっとそうなのだと思ってしまう弱い部分も持っていた龍一は言われるがままに売り場に出ることを選んでしまう。
売り場に出ると凄いお客様の数に圧倒され、一気に具合が悪くなる。ビッグベイ如月の件から人混みは苦手だった、これがトラウマと言うものなのだろうか、皆が無視をしている気がする、皆が笑っている気がする、この人混みの中に自分がひとりぼっちのような気がしてならない、独りは慣れているけれど、その感情とはまた違う、恐怖すら感じる程の孤独だった、そんなものは当然理解すらしてもらえず、結局は「わがまま」と言う言葉で片付けられるのが世の中の自然な流れだった。
平台の前に立つが、何と言ったらいいのかわからない、何を言えば良いのか、何を売るのかがわからない。
『お兄ちゃん、何が安いの?何を売ってるの?』
『あ、はい、あの、この台に乗ってるものが…』
『安いの?』
『はい』『ふぅ~ん』
話しかけられればそれなりに話せる、外でならいくらでも突っ張れるのだが、会社でそういう事をしていいわけがない、そうなると平台商品を売れと言われてもどうしたらよいのかわからない、ただただ立っていることしかできなかった。
『桜坂くん、突っ立ってて売れるわけないよね?』
三浦が隠れて見ていたらしく、側に来てまた龍一を問い詰める。
『あの、売り方がわからなくて』
『何がわからないの?』『売り方です』
『売り方と言ってもたくさんあるからわからないんだよ、売り方の何を聞きたいのか言ってくれる?』
『そもそも売り方全てが全くわからないんです』
『だから!売り方の全てなんて教えたら明日の朝になっちゃうよ、何を聞きたいかって聞いてるんだけど』
要するに三浦の意地悪である、質問をオウム返しの様にして龍一を追い詰める、そうすることで龍一の少ない質問の数が消えて行き、やがて将棋で言うところの詰みを迎える、三浦はそれを狙っているのだ、きっと
『黙ってるって事はもう質問はないんだね?平台の商品売り切るまで頑張ってよ』
黙ると言う事は「今は何を言っても無駄」と悟ったから話すことを止めたのであって質問が無い訳ではないのだ、それがわからず勝ち誇ったように上からものを言う三浦の姿は見ていて呆れるほど小さく見えた。
結局のところ三浦は龍一が再度アルバイトに来たことで周りがチヤホヤし、ラベラー選手権で日本最速記録を叩き出すなど、最近の龍一人気が気に入らないのだ。
『平台の商品全部売れって…一人ひとつとして軽く100人に買ってもらわなきゃなくならねぇじゃねーかよ…どうやって売るんだ…』
『いらっしゃいませー!ケーキいかがですかー!』
三波が声を張ってケーキの呼び込みをしているのが目に入る。
あ、そうかと気づく龍一だったが、あんな声なんか出るわけがない。
だからと言ってこれは仕事、逃げ出したり投げ出したりすることは出来ない、龍一は考えた。「いらっしゃいませ」そのものに違和感を感じていたのだ、そもそもいらっしゃいませはいらっしゃいました人にいらっしゃいませと言っているわけで、言われる方としてみれば「既にいらっしゃってるよ、何回言うね!」となっているのではないだろうか、なんなら言われ過ぎていらっしゃいませ自体がBGMくらいに薄れている声掛けなのではないだろうか。もっともっと掘り下げると、尊敬語である「いらっしゃる」に対して命令形の「ませ」を組み合わせたもの、つまり「いらっしゃいませ」は命令表現でもあるわけだ。しかし、命令系である「ませ」は丁寧の意味であり、「いらっしゃいませ」は尊敬語でもある訳の分からないものだ。
いや、これは常識であって、わからないのは龍一だけかもしれないが。
お客様の来訪を感謝している気持ちを伝えたいのであれば「ご来店いただき感謝いたします」ではないだろうか。
そんな事を考えながらボーっと突っ立っていると数人のお客様が平台を見ていた、ついつい龍一は『こんにちは』と声をかけてしまう。
だが、お客様は『こんにちは』と返し『なにか安いの?』と声をかけ返してきた。龍一の中で一閃の輝きが走る。
『こんにちは~、平台商品値下げ中です~』
声が出た、大きいとは言えないが声が出た。
龍一の場合はいらっしゃいませよりも、こんにちはからの方が入りやすいと気が付いたのだった、龍一にとって話すきっかけが作りやすいのだ、こんにちはと言われると条件反射もあり、なんなら知り合いかな?と言う勘違いでこちらを見てくれるのが大きなポイントだ。
なにより「接客している」と言う状況を作れば大声を張り上げずとも注意を受ける事もない。慣れてくるとバリエーションを増やしていった。
『こんにちは~平台商品お安くなってますよ』
『こんにちは、色々お安いですよ』
人が居る所には人が集まる、平台の周りにはいつの間にか人がたくさん集まっており、お兄さんこの値段でいいの?お兄さん一人何個買ってもイイの?と質問が次々と降り注ぐ。龍一は半分適当に『ついてる値段で結構ですよ!値下げしたばっかりですから!』『お一人何個でも大丈夫です!なんなら全部買ってもらっても!』冗談を言う余裕も出て来た龍一に、周囲のお客さんの笑いもついてきた。
16歳の少年がおば様たちに囲まれている姿は端から見れば滑稽であるが、龍一は何であれ売り切れば文句はないだろうと言う思いで、自分なりの方法でこのピンチをチャンスに変えて行くのだった。
それを陰から見ている三浦は奥歯を噛みしめながら『おもしろくない』と漏らした。
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