第70話 私立入試開始
数日が経過し、いよいよ私立高校受験の日が間近となった。
龍一が受ける私立高校は『大学付属隆斗高等学校(りゅうと)』である。
この街の私立高校は4校。
龍一とは無関係の、天才レベルしか入稿を許されない狭き門『サラザール高等学校』
いわゆるお坊ちゃんお嬢ちゃんたちが集まる『大学付属郭陵高等学校』市内最悪の悪が集まり、最強を競い合う恐怖の学校『大川高等学校』ここで不動の王として君臨していたのが兄である順一だ、そして『大学付属隆斗高等学校』ここは高校と言う名の軍隊と良ばれ、暴力上等の屈強な教師がガッチリと管理しており、規則基底に違反する者は厳罰に処される。が、故にか、部活での成績は市内トップクラスで、野球に関しては甲子園に何度か出る程である。
龍一がここを選んだ理由は、さほどレベルが高くなく、誰でも入れると言われているからだった、更には教師の厳しさに安心感を抱いたからでもある。しかしながらもっと低いレベルの高校も存在する、入試問題で2ケタの足し算が一番難しかったと言われているほどの、そこが大川高校。入るならそこが確実だが、ヤンキーのバトルロイヤルに参加するつもりはない。
と言うわけで大学付属隆斗高等学校なのだった。
当然ながら軍隊も嫌だったが、上を目指す頭もないので消去法でここしかないのだ、ただし、私立は莫大なお金がかかるとは知らない。
龍一の気持ちは正直『周りが受験するから』、その思いは薄れる事はなかった。高校に行って何をしたいか、行けなかったらどうするのか、そんな事は何も考えていない、カッコイイ言い方をするなら「何とかなるさ」としか考えていない、いや、何とかなるさとすら思っても居ないのだ、何のために行くのかもわかっていない、行けばどうなるのか、行ってどうするのか、川に落ちた枯れ葉の様に、今の龍一はただただ流されている。唯一の救いは流されながらも、理由がないながらも、高校に入るために頑張ったという事だろう。
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試験当日
朝は天気が良く、足元は少し雪が溶けてシャーベットの上を歩いているようだった。大概の生徒は友人と受験に行くようだが、龍一は一緒に行く友人はいなかった。居ないわけではないものの、一方では家族が送迎する生徒も少なくないからだ。当然龍一の父親は仕事で、姉と母親は免許がない。方向音痴だが、高校の場所は湯の河原ジオンに遊びに行く途中なのでわかっていた。時間の逆算をして早朝からシャリシャリと音をたてながら歩く龍一。手には中学校指定の補助バッグを持って。この補助バッグは薄いナイロンでできており、主にジャージや体操着を入れるものなので、固形の物体を入れると重心が傾いて非常に持ちにくいのが難点だった。補助バッグの持ち手に両腕を通してリュックの様に背負う龍一、中学校の土曜日は補助バッグでの通学を認められていたので、リュックの様に背負う使い方が蔓延していたのだった。
時計を見ながら歩く龍一、少しづつ足音よりも自分の呼吸音が大きくなってゆく。歩きなれていたものの、溶けかけた雪道はとても歩きにくく体力を徐々に奪うからだ。どんどん目につく生徒の数が増えてくると同時に、安心感と不安感が同時に強くなった、こいつらの何人が落ちるのだろうか、こいつらに勝てるのだろうか。
大学付属隆斗高等学校、その門の前で躊躇した。
『だれかこないかな』
その誰かが来たところで仲がいいわけではないから一緒に手続きをしたりできるわけではないのに。
『何やってんだ俺は、クラスメイトなんか頼ったこと無いのに、今更頼ってどうするんだ…ずっと独りだったじゃないか…ん?どの立場で言ってるんだ、俺は何様だ?何だ?…俺は何なんだ…』
ここへ来て龍一の心が揺さぶられ始める。
『俺は何をしているんだ…』
『よ!』
遠くへ飛び立とうとしていたかのような龍一の心の尻尾をグッと掴んだのは吉田だった。龍一の心と身体が合体して我に帰った。
『吉田(きった)!』
『突っ立てどうしたの、予習でもしてんの?行こうよ、はははは』
『うん』
こんな緊張感溢れる現場でも吉田は笑った。
なぜ笑えるんだ…その笑顔で救われた気持ちも大きいが、この状況でなぜ笑えるんだろうと言う疑問も大きかった。『これが彼の強さなのだろうか』どんな状況でも笑おうと決めているとでもいうのか、それとも今ここで笑えることこそが強さなのだろうか。吉田が何か話していたようだが、龍一の頭の中は『笑える吉田』の事でいっぱいだった。
高校の生徒達がボランティアで案内してくれるままに試験会場に入る、机の角に自分の番号が貼られた席に座り、ドキドキを押さえる様に静かに、そして深い深呼吸をした。
間もなく教師が現れて、試験に関する説明を始めた。
『机の上に置いて良いのは鉛筆またはシャープペン1本と消しゴム1個、消しゴムはケースから出して裸の状態にしろ、他は一切机の上には置くな、わかったらすぐ準備しろ!』
なんたる気にくわない口の利き方だろうか、高校とはこんなところなのか、この高校が軍隊と呼ばれる意味が少しわかった気がする、目に入る教師は全員がチンピラに見えた、極道と言う圧のある存在でも無ければ仁義を重んじている厚みはない、粋がっている大人、つまりチンピラにしか見えなかった。あちこちのヤンキーから舌打ちが聞こえる。
『舌打ちすんなコラ、出て行かせることもできるんだぞチンピラコラぁ』
教師の言葉とは信じがたいが、チンピラがチンピラにチンピラと言っている様がおかしくて仕方が無かった、そう言う面では龍一は少なくともこの教師よりは大人な思考だったようだ。チンピラ教師が立ち去ると、違うチンピラ教師が現れて、問題用紙と答案用紙を列の先頭の生徒に順番に置いていくと『後ろにまわせ』と言った。龍一はどうにもこうにもこの命令口調が気に入らなかったので思わず『まわせってことあんのかよ』と呟いた。
『あぁ?誰か何か言ったか?』
誰も龍一を売らず、龍一も名乗り出なかったのでその場はそれで終わったのだが、龍一の小さな反撃が他校のヤンキーどもに火をつけた。『おめぇ何様よコラ』『口の利き方ちゃんとせーやセンコーだろうがよ』一気にヤンキー達がフーリガンと化した。大騒ぎとなった教室にはチンピラ教師が3人なだれ込み、まるで暴動を止める機動隊との闘いの様だったが、それは言葉のぶつけあいで暴力は無かった。
『この試験を無効にしても良いんだぞ』
この一言で一瞬で教室は静まり返ったが、どこかの学校の生徒が一言言い放った。『先生なんですから言葉遣いちゃんとしていただけませんか』その生徒は恐らく滑り止めでここと受験しに来たのだろう、どう見てもお坊ちゃんだった。だがこの場で強烈な一言を放つ勇気は誰よりもあったと言える。
『そ、そうだな』
予定より少し遅れて仕切り直しとなった。
龍一は必要のない筆箱をどこに置こうか考えたが、窓側の席だったので、窓のスペースに静かに置いた。
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