第62話 ファミコンへの道
勉強に打ち込まなければならないと言うのに、世の中は誘惑の魔の手を龍一に伸ばしてくる。
ファミコン
1983年(昭和53年)に発売された家庭用ゲーム機、販売価格は14.800円。龍一が8歳、小学2~3年生頃に既に発売されていた。
欲しくて欲しくてたまらなかった龍一だったが、生活に余裕のない桜坂家にとって14.800円も出してゲーム機を買うと言う事などあり得なかった、それにもまして厳格な父親である康平がゲーム等と言うものを認めるはずもなく、龍一はコツコツと小銭をクッキーの缶に入れて貯めていた。しかしそのお金は貯まっては100円玉だけが綺麗にその缶から定期的に消えてゆくのだ、煙草欲しさに抜き取ってゆく昂一の仕業だった。龍一も言えないでいたので何度も何度も場所を変えて貯め直すが、ことごとく見つけては抜き取られていた。
昂一が頻繁に顔を出さなくなると貯めていた龍一のお金は減ることが無かったので、中学3年生になった龍一は、やっと買える程の金額までたどり着いた。だが、勉強をしなくてはならない、いくら龍一でも買えばドハマりして勉強どころではなくなることはわかっていたので、受験が終わってから…そう考えていた。
そんなある日の事、久しぶりにクズ組みとガンプラを買いに行こうと言う話を持ち掛けられた。龍一はファミコンを買うためのお金からガンプラを買う訳にもいかないので『俺は買わないけど付き合うよ』と言う事で話しがまとまった。
ガンプラ
テレビアニメ「機動戦士ガンダム」に登場するモビルスーツやモビルアーマーをプラモデル化したものを総じて「ガンプラ」と呼ばれていた。世の中ではガンプラを買うために開店と同時に子供たちが店内になだれ込み、怪我をすると言う事件が起きる程の人気だった。
約束した日の放課後、三浦(シロ)と藤枝(バイマン)が待ち合わせ場所に来た。
『あれ?おっさん(中本)は?』
『家の用事で出られなくなったんだって』
『そうなんだ、一番欲しがっていたのにな』
『家の用事じゃしょうがないよね』『そうだね』
3人は自転車でスドーヨーカドーに向かった。
地元で一番大きな百貨店なので、まずここに行けば間違いなかったからである。
朝から並ばないと直ぐ品切れになるのだが、今日は平日の火曜日、しかも午前と午後の2回プラモデルが入荷すると言う情報を仕入れていたので、余裕があった、他愛もない話をしながらヨーカドーに到着すると、2階のおもちゃコーナーに向かった、しかしガンプラが一つも無かったので、実はあまり知られていないと言われている地下のおもちゃコーナーに向かった。実はあまり知られていないと言う情報が出回っている時点でかなり知られていると言う事だと思うのだが、得意げにそれを話すシロには突っ込まないで置いた。エレベーターやエスカレーターを使わず、階段を使うのがクズ組みの流儀、それは大した意味は無いが、エレベーターと言う密室でワイワイ話す事はマナー的に良くない、エスカレーターだと前後に別れて立たなくちゃいけないので話がし難い、だから階段を選ぶのだ。話しながら階段を下りると下から見るからにヤンキーが3人上がって来た、マズいかな?と感じた龍一だったが、チラリとシロを3人が見てニヤリとして通り過ぎた。なんの微笑なのかは読み取れなかったが、きっとシロが小学生のように細くて小さいから馬鹿にしたのだろうと感じた、何にせよもめ事にならなくて安心した龍一だった。
穴場と言う地下のおもちゃコーナーを見ると、びっくりするほどガンプラが陳列されていた、シロは直ぐに1つ800円の少し大きめのグフとドム言う名前のモビルスーツのプラモデルを抱え込んだ、シロが抱えると4.000円くらいの巨大なプラモデルに見える。
『欲しいプラモデル2つもあってよかった!』
満面の笑みでシロが笑った。
その笑顔を見て、余程ほしかったんだな…と感じた龍一は『よかったね』と声をかけながらシロの左肩をポンと叩いた。
バイマンは1/144と言うサイズのガンダムを1つ買った、ガンプラでいう所の一番ポピュラーで買いやすい価格、更に改造しやすいサイズ。
会計を済ませるとシロがトイレに行きたいと言う、バイマンも続いて『俺も!』と、ガンプラを手に入れた嬉しさからか、いつもより高い声で申し出た。
『じゃぁ俺、2階の本屋ちょっと見てきていいかな?』
龍一の申し出に2人は頷き、玄関を待ち合わせ場所に決めて一旦別れた。
2階の本屋に足を踏み入れると、真っすぐに心の師匠と決めた大友克洋の本が陳列された棚を目指す龍一。買えないので来た時は目に焼き付けていたので、本の場所などお店が変えない限りわかり切っていたのだった。
『やっぱすげーな…』
そう呟きながら30分程が過ぎた。
『あ!こんな時間』
慌てて龍一は玄関に向かうと2人はまだ来ていなかった。
『だったらこっちから行くか』
地下のトイレに向かうとなにやら警備員や店員が居てザワザワしていた。人だかりの隙間から割り込んで前に出ると、シロが口から血を流して仰向けに倒れていた。警備員の制止を振り払って駆け寄る龍一。
『シロ!シロ!どうした!バイマンは!?』
シロは声をあげることが出来ず、指でトイレの方を指した。警備員に制止されて中に入れなかったが、倒れていると思われるバイマンの足が見えた。
『バイマン!バっ…藤枝!どうした!』
『桜坂ぁ…ガンプラ取られちゃったよぉ…』
その言葉で龍一は全てを把握した。
龍一は勘だけで駐輪場へ足を向けて走った。
『あの時すれ違った3人にちがいねぇ!』
確信は無いが、あの微笑の意味がこれだったと決めつけて走る龍一。
駐輪場に出て周囲を見渡した、ガンプラを奪ったのならそれが目印なので、目線を下げて手元だけを流れ作業歴30年の職人のように見て歩いた。
『あれだ!』
大きい箱2つと小さい箱1つが見えた。
走って近寄るとやはり階段ですれ違った3人組だった。
『なぁ、そのプラモデル返してくれないか、友達が金貯めてやっと買ったモノなんだよ、頼むよ』
『あ?あんな弱いヤツがガンプラ持って歩くのが悪いだろ、狙われて当然だ』
龍一の質問にこうも簡単に「犯人です」と名乗ってくれるとはありがたかった、しかし喧嘩をせずに済むならその方が楽なので交渉を続けた。
『それは悪かったよ、あいつに強い奴と買いに来いって言っておくからさ、返してもらえないかな』
『素直じゃねぇの、じゃぁ取りに来いよ』
『悪いね、ほんと悪いね』
そう言って2、3歩前に出た龍一だったが、3人のうちの1人がグフを地面に落した、すると続けてドムとガンダムも地面に落された。
『わりぃな、手が滑ったわ』
『拾ってってくれよ、しゃがむのめんどくせぇから』
『あ、あぁ、いいよいいよ拾うから』
怒りを押さえつけた精一杯の作り笑顔で龍一がもう1歩前に出ると、示し合わせた様に3人がガンプラをメチャクチャに踏みつけだした、まるで3人が熱いフライパンの上に居る様に。その光景からして中身が無事とは思えなかった。
龍一はとっさに足元に落ちていた持ち手と中心の棒しかない傘を拾って、狂ったようにメチャクチャに殴りつけた。こっちに向かって来ようとしたらそいつを殴りつけ、違う男が前に出てきたらそいつを殴り、とにかく弾幕を張るように、だが冷静に相手を見ながら殴って殴って殴りまくった。幸い前にも同じような事があったので、狭い場所での喧嘩には少し経験があったのが幸いだった。ガードして前に来たら前蹴り入れて即傘で殴る、呼吸を忘れる程必死に闘った。これで反撃を許したら病院送りになるほどやられるだろう、そう考えると殴る手と蹴る足、更に集中力を切らすわけにはいかなかった。
何よりあいつらのガンプラを手に入れた時の笑顔を見たから許せない気持ちも大きかった。
1人が言った『こいつやべぇ!逃げろ!!!』
3人は走ってその場を去り、龍一は勝った、深く深く息をした。
はぁはぁと言う荒いものではなく、それはそれはゆっくりと深いものだった。
ゆっくりとガンプラを確認するが予想通りメチャクチャになっていた。
戦いに勝ったのに悔しくて悔しくて涙が出そうだった。
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玄関に戻ると、シロとバイマンがベンチに座っていた。
『どこも痛くないか?』と龍一が声をかける。
『ボクは殴られたから口の中が切れたみたい、でも平気だよ、なんとか頼み込んで親や学校には連絡しないでもらえたよ、ボクら被害者だしね』
『俺も土下座して頼んだよ、やられただけだから連絡しないでくれって、俺は腹殴られたからちょっとまだ痛いけど大丈夫』
『そっか、お前らはお前らで頑張ったんだな、あ、ほらこれ』
2人に紙袋を渡すとそこにはグフとドム、そしてガンダムが入っていた。
『え?桜坂君取り返してくれたの?』
『1人でやってきたのか?大丈夫だったのか?』
『あぁ、右手の手の平がジャギジャギにキレたくらいかな』
『おいおい!血が流れてるじゃんか!』
『どぉってこと無いって、さ、帰ろうぜ』
『うん、ありがとう桜坂君』『ありがとな、桜坂』
『おう』
龍一はファミコンまでの道のりが少し遠のいたが、2人の満面の笑みをもう一度見れたので満足だった。
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