第42話 吉田の策

とある夕食時間に母親がこんなことを言い出した。


『あんた、修学旅行行ったら直ぐに受験なんだからね?わかってる?見た感じ勉強全くしていないようだけど、行く高校は決めたの?親父さん交えて先生と話しする時までに決めときなさいよ』


クラスは少しづつ受験の事でザワザワしているので、母親の言葉は正直聴きたくなかった、学校でも家でも受験の話しなんかうんざりなのだ。行く高校なんか決まっていない、それ以前に行きたい高校なんてなかった、もっと以前に戻ると高校の事なんかまったくわからず、どんな学校があるのか、どれくらいの頭の良さなら入れるのか、最近耳にするランクと言う言葉も何のことなのか全然わからずにいた。クズ組みに聞いて、それを説明されても意味が分からない。イライラは募り、不安も積み重なっている、そのタイミングで母親に投げつけられた言葉。


『決めときなさいって何?俺だってわかんねーんだよ命令すんな!』


『わからなければ友達に聞けばいいでしょ!』


『友達なんかいねーんだよ!!!!!』


『いないって…あんた…』

衝撃的な龍一の言葉に続く言葉が見つからなかった母親。

まさか自分の息子に友達が居ないなんて思っても居なかった。

怒って居間を出る後ろ姿を見つめるのが精いっぱいだった。

今までの母親であれば、追いかけてとっ捕まえてビンタの2・3発もしただろうが、友達が居ないと言う言葉に身動きが取れなかったのだった。


部屋に怒鳴り込んでこない母親の行動が、逆に龍一の胸を締め付けた。自分で言った言葉に自分で傷ついた、そんな思いでいっぱいだったのに殴りに来ない、いっそぶっ飛ばされたかった、その方がどんなに楽だろうか、苛立ち、不安、寂しさ、全部が一瞬で襲って来たこの夜の龍一を冷静にするのは、自らの手で腕に傷をつける事だけ、おもむろにカッターを取り出すと左手首から肘の内側にかけて、浅く、長く、しかしじりじりと皮が斬れる音をしっかりと聴きながら、ゆっくりと一本の赤いスジを入れ、流れる血を見て少しづつ落ち着きを取り戻して行った。


翌日、勇気を出して職員室の前に立ち、ひとつ深呼吸をするがノックする勇気までは出なかった、それもそのはず、職員室で先生たちにメチャクチャ殴られた事が龍一のノックする手の邪魔をする…。だが聞かない事には何も始まらない、聞けば終わる、そう自分に言い聞かせると2回ノックをし、ドアを開けた。『失礼します』そう言うと軽く会釈をして担任のもとへ向かった。


『先生、あの、高校の事で聞きたいことがありまして』聞けば終わるとはこの事だった、どんな高校があるのか、まずはそれを知るのが先決だったからだ。


『なんだ桜坂、高校の何を聞きたいんだ?』


『どんな高校があるのか…その…』


『呆れた奴だな、お前みたいのが入れる高校があると思っているのか?いいか?お前は今Fランクだ、最低でもEランクの成績じゃないとそれ以下の人間が入れる高校なんかないんだよ、だから聞いても無駄だ、受験する権利もないんだよ今のお前には…あーあるわ、定時制だ、定時に行け、でも素行が悪いから無理かもな、最初から定時制を希望する場合は面接ってものがあるからな、働くしかないんじゃないか?もっとも中卒で働かせてくれる会社なんかないけどな、このままじゃ終わりだよお前は、わかったら帰れ』


若干早口気味に、まるで龍一の為に用意されていた台本を何度も練習していたかのようにすらすらと、薄ら笑いを浮かべながら教師とは思えない言葉の針でチクチクと刺したのだった。


結局相手にもされずに職員室を後にする龍一。


『はぁ』一つため息を吐くと三階へと上がる階段へと歩を進める、その速度は極めて遅く、一段一段を確かめるように、その一歩に全体重を乗せながら上がった。『人生は登山である』そんな言葉を聞いたことがあるが、龍一にとってはリアルに登山をしている感覚だった。


『よいしょー!!!!』


龍一の背中を押しながらドンドン上に押し上げて行く上りの電車ごっこが始まった、何が起こったのかわからないまま、押され続けて上の階へ来た。振り向くと吉田(きった)だった。


『吉田ぁ~』そう言いながら右拳を突き出すと、吉田も右拳を突き出してコツっと合わせる、いつからかこれが2人の挨拶となっていた。


『桜坂、今日遊ばない?まだまだ話があんだよ、大友克洋の注文していた「気分はもう戦争」が届いたんだよ、はっはっは』


『まじめに!?みたいみたい!』


『オッケー決まりな!はっはっは』


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放課後、家に帰ると勉強勉強と煩く言われて家を出にくくなるのを懸念して、吉田と一緒に彼の家へ行くことにした。いつもの駄菓子屋でおやつを少し買い、店を出ると近くの公園から声を掛けられた。


『なに調子こいて駄菓子なんか買ってんだよ桜坂』


タカヒロだった。

あまり交流のない不良が周りに2人いたので、調子こいてるのはお前だろと思いながら無視を決めると、タカヒロとその2人がいかにも不良ですと言わんばかりに、外股でポケットに手を突っ込み、猫背になりながら近づいてきた。奇しくも全員が同じポーズで歩幅も左右の手足の出し方も一緒なので、龍一は笑ってしまった。


『ははは、みろよ吉田』


振り向くと吉田の姿はなかった…


『またか…』


そう思ったが、裏切られるのは毎度の事なので直ぐに闘う気持ちに切り替えた。やれば終る、そんな希望を胸に抱いて、棒立ちではあるが、とっさに動けるように両足には必要な力を加えて若干右足を前にして斜めに立った。


『なんだよ桜坂、またヒーロー気取りか?何がおかしかったんだ?』

風貌も含めてすっかり変わってしまったタカヒロ。良く見ると他の2人の中に、以前喧嘩した覚えのあるヤベもいた。アベ タカヒロとヤベ タカヒロ、ほとんど一緒じゃねーかよと思うとまた笑ってしまった、考えて見ると吉田 龍二と桜坂 龍一もさして変わらずややこしいなと思うと、より一層面白みが増した。


『だから何笑ってんだって聞いてんだよ』


『笑う理由をイチイチ説明しなきゃいけないなら外でうかうか笑えないな』


『あれあれ?もう一人は逃げちゃったのかな?お前からは皆居なくなるな、いいざまだぜ』タカヒロの言葉に賛同するように着いてきた2人がヘラヘラと笑う。


『何笑ってんだ?』桜坂がタカヒロの質問をそっくり2人に向けて返す。


『あ?』『うるせーよ』『やんのかこら』どうしてこう絡んで来る奴はボキャブラリーが貧困なのだろうか、もう少しなぜ気に入らないのか、どうして喧嘩したいのかを話し合って、双方納得の上で喧嘩したいものであると頭の中のもう一人の龍一がぶつぶつと言う。


一触即発の空気が完成した時、大きな声がした。

『警察と先生が来るぞ!!!!!!』


4人が驚いて声の方に振り向くと、吉田が叫びながら走って来て『近所から通報があったらしいぞ、先生が警察呼んだみたいだからヤバいぞ!』とまくし立てるように言った。


絡んできた3人は転びそうな勢いで逃げた、龍一も走り出そうとした時、吉田が龍一の腕を掴んで言った。『これが俺の戦い方だよ』


『ん?え?どゆこと????』


『うそだっぴょーん!はははは』


『なんだよ!俺はてっきりまた…いや、何でもないよ、やったな吉田!』


2人は笑いながら吉田の家を目指して歩き出した。





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