第17話 ルマンド

龍一には全く縁が無かった『バレンタインデー』なる儀式がまたやってきた。

チョコレートなんか貰ったことのない龍一は

浮かれ野郎どものお祭りくらいにしか思っていなかった。


ところが・・・。


放課後、男子からも女子からも人気のある女子『高橋さん』に呼び出された。


体育館の横で・・・と書かれたメモを渡されたのだった。


鈍感な龍一は取り敢えず行ってみることにした。


高橋さんが待っていた。


『桜坂君』


『あ・・・うん・・・どうしたの?』


『これ、受け取って欲しいの』


そう言うと高橋さんはチョコレートと思われる箱を差し出した。

受け取った龍一は『あ・・・ありがと・・・』

そう言うと振り向いてその場を後にした。


周囲を確認して箱の臭いを嗅ぐと、高橋さんの臭いがした。

龍一はなんとなく心がザワザワした。


『え?なにこれ、チョコをくれたって事は俺を好きってこと?

いや、流行りの義理チョコってやつ?

だったらわざわざ体育館横に呼び出すか?』


ぶつぶつ言いながら歩き、家に着いた。


包み紙を開けると手紙が入っていた。


”桜坂君、君って無口だけど何だか気になります。

仲良くしてくれたら嬉しいです”


ますます龍一を悩ます内容だった。


『どっちなの?気になるの?仲良くしたいの?・・・

でも・・・俺と仲良くなると・・・』


甘酸っぱい恋の予感がする寒い夜は更けていくのでした。


学校へ行くと高橋さんが気になって仕方が無かった。

でも、向こうからは何のリアクションもない。

加奈子は猛烈アピールしてきたからわかりやすかったけれど、

高橋さんは全く見向きもしない。


『やっぱ義理だよな・・・』


そう思ったら龍一は途端に興味が無くなった。



3月に入り、とある事を耳にする。

『ホワイトデー?』


『あぁ、知らねーの?バレンタインにチョコ貰ったら

返さなきゃダメなんだよ、その日』


タカヒロがエロ本通り4丁目の土管の中で、煙草を吸いながら教えてくれた。


『返すの?なに返すの?』


『おい龍一!お前まさか貰ったのか?誰に!』


『高橋さん』


『マジか!マドンナじゃねーかよ!』


『ライクアヴァージンの?』


『そっちじゃねーし!人気者って事だよ、おっぱいも膨らんでるしな!』


『え?そんなにおっぱいあったっけ?』


『吸わせてもらえるかもな!龍一!』


『やめろって、義理チョコだよ義理』


『なんだよ義理かよ、あのな、返すものも意味があるらしいぜ』


『意味?』


『あぁ、飴が好きで、クッキーが普通で、マシュマロが嫌い だとさ』


『じゃぁクッキー返せばいいってこと?』


『まぁお前の気持ちが普通ならな、でもおっぱいくらいは吸わせてもらえよ』


『なんでクッキーやっておっぱい吸わせてくれるんだよ』


『わはははははは』『わはははははは』



家に帰った龍一は母親に相談した。


『母ちゃん、クッキー喰いたいからお金貰えないかな』


『クッキー?あぁ買い物行ったら買って来ればいいんでしょ?』


『あ、それでもいいなら、頼むわ、悪ぃな』




翌日、母親が龍一の部屋にやってきて、ベッドの上に居る龍一に

お菓子を投げつけ『ほれ』と言った。


龍一がお菓子を確認すると【ルマンド】と書いていた。

袋にルマンドがいっぱい入ってるやつだった。


『裸で渡すわけには行かないよな・・・。』


龍一は部屋を漁ったが包み紙なんかあるわけもなく、

どうしようもなくて母親に相談した。


『あのぁ、母ちゃん・・・さっきのお菓子を実はお返しに使いたくて』


『お返し?はぁ・・・んで?』


『どうしたらいいかわからなくて』


『あぁ、親父さんに頼んであげるよ、専門にやってたから。』


『ほんとか!助かるよ』


バレンタインのお返しを親父さんに任せることになった龍一。

親父は嫌いだが、ここは利用しないわけにはいかない。

安心して眠りについた龍一。


3月14日の朝、居間に出てくると母親が『できてるよお返し』と言った。

指を指す方を見るとルマンドにのし紙が巻かれ、志と筆で書いていた。

龍一はそう言うものだと思ったので不信感は無く、躊躇なく鞄に入れた。


高橋さんの机の中に忍ばせたかったので、早めに登校することに。

教室は案の定無人、龍一はそそくさと高橋さんの机にルマンドを押し込んだ。


『喜ぶぞ、高橋さん、ふふふふ』


『おはよう』


『おはよう』


続々と生徒たちが集まってくる。


『おはよう』


高橋さんが満を持して登場した。


『きた・・・きた・・・・さ、気づいて・・・・』

祈るように見つめる龍一。


席に着いた高橋さんが机の中に教科書とノートを入れようとして

つっかかることに気付き、中を覗いている。

その何かを取り出した、いよいよ龍一のルマンドに気付くときが来た。


ドキドキする龍一。


『やだ!!!!なにこれ!!!!気持ち悪い!!!!!』


高橋さんの恐怖に満ちた叫び声が教室にこだまする。

周りに人が集まってくる。


『志?し?なにこれ・・・呪い?』


『ルマンドの呪い?』


『高橋さん可哀そう、こういうことするの誰なの?』


『酷い・・・酷い・・・・』


泣き出した高橋さんを見てさすがにヤバいと感じた龍一は

高橋さんの取り囲みの中に混じり『許せないな・・・』と言ってみたりした。


本当に怖かったのだろう、高橋さんは震えながらずっと泣いていた。


担任の先生が入ってきて事態に気付く。


『どうした高橋』


他の生徒が担任に説明を始める


『先生、誰かが高橋さんに嫌がらせしたんです』


『嫌がらせ?』


『しって書いたお菓子を机に押し込んでたんですよ!』


『し?』


『これです!』


高橋さんの机から一人の女生徒が取り出して呪いのルマンドを見せた。


『あ~こころざしね・・・・バレンタインのお返しとかじゃないのか?』


『え?マジ?気持ち悪っ!』


『センスねぇー』


『お歳暮じゃねーかよ』


『まぁまぁ、とにかく誰かの気持ちなんだからそう騒いでやるな、な、

ルマンドは先生大好きだから貰っとくぞ。』


龍一はとてもじゃないが白状することが出来なかった。

どうするか考えに考え、財布に入っていた300円でナカムラ商店で

駄菓子を買えるだけ買って、高橋さんの家に直接行き

『バレンタインのお返し、駄菓子でもいい?』と可愛い笑顔をしてみた。


高橋さんは『うれしい!駄菓子大好き!』と言って喜んでくれた。

『遊んでいかない?』と誘われたのだが、あまりの恥ずかしさに

『今日は時間なくて、また今度ね』と言って断ってしまった。

龍一は加奈子の一件から女の子と仲良くするのが怖くなっていたのだ、

また居なくなってしまうんじゃないかと・・・。


帰り道、龍一は『あぁ・・・おっぱい吸えたかもなぁ』と呟きながら

マルボロを吸いながら、春めいたぐちゃぐちゃの泥道を歩くのだった。

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