#04 あたしはいらない子@強がりのヴェロニカ 崩壊




当然ながら魅音姉に退院の許可は下りていないし、たとえそれが療養病棟だとしても自由に外出していいわけでもない。

いや、自由だけれども外出や外泊は然るべき書類の提出が必要で、ナースステーションに提出された形跡はなかったらしい。

つまり脱走ということになる。




「そんなに遠くには行っていないはず」



とはいえ、タクシーにでも乗り込まれたら……もう付近にはいないかもしれないなぁ。



こんなときに限ってスマホを忘れてきたとか。アホすぎる。

置き手紙をしてきたから、きっとハル君は心配なんてしていないだろうけど。

ちょっと気がかりではある……。



それにしても、この病院の見守り体制はどうなってんのよ。



ん?


んんん???



漫画喫茶から車椅子の女性が……んんん?

魅音姉?

え?



魅音姉!?



そのまま駅に向かっている?

病院に戻らないの?



そして、エレベーターに乗るまでのムダのない動きッ!!

まるで車椅子バスケの選手のような身のこなし……。



「なんで追いつけないのよ……」



階段を駆け上って……ああ、もうッ!! こういうときに限ってかかとのあるブーツなんて履いてきちゃったから。

スイカをかざして改札を抜けて……またエレベーターッ!?

しかもタイミングよくドアが開いちゃうあたり、魅音姉って持っているよね。

真冬なのに汗だくよ。

はやくハル君邸に帰ってシャワー浴びなきゃ。



階段を下りたら、ああ、電車にちょうど乗り込んで……って、誰の手も借りずに余裕で電車に乗り込んでいるし。あの車椅子は身体の一部なわけ?



あたしも急いで飛び乗って……。



どうしよう?

魅音姉に声を掛けて、引き止めるしかないよね。

それともしばらく様子を見るのか。

いや、声は掛けるべきだよね。



「魅音姉……どこに行くつもり?」

「……追いつかれちゃったか」

「苦労したけど。ねえ、魅音姉って。なんで脱走なんてしたの?」

「意外かもしれないけれど、あのお部屋はナースステーションに近いように見えて死角なの。だから見つからないように抜け出すには……こうするしかなかったんだけど……」

「いや、そういうことじゃなくて……方法じゃなくて理由を聞かせて?」

「……私は自由だから。誰にも縛られることなく自由に生きるの。だから美羽たちも——」

「待って。どういうこと? お別れ?」

「神様って親切ねぇ。こうして美羽にもに会わせてくれたし」

「答えになってないッ!!」



ああ、快速列車の中だった。まずいまずい。大きな声を上げると目立っちゃう。



「ほらほらぁ、熱くならないの。美羽の悪い癖よ」

「だって……魅音姉はどんな気持ちで……『最期に会わせてくれた』なんて言ったの?」

「言葉通り……だよ?」

「……え? 最期ってどういうこと? ねえ、魅音姉?」

「今までありがとう。美羽、次の駅で降りて帰りなさい」

「ま、待って……魅音姉? 何を考えて?」

「手紙を送ったから。そこに全部書いてあるわ。ちゃんと……自分の道は誰の支えもなく、自分で決める」

「……な、なに言ってるの? 待って。ダメだよ? 魅音姉?」

「自分の始末は自分でつける。これは私に残された唯一の意思表示で、人としての尊厳だから。ね? 分かってくれるよね?」

「嫌だよ……せめて……行き着く先くらい……見届けさせて」



それから新幹線に乗換えて……向かったのは秋田だった。

祖母の生家があるのだとか。



スマホも忘れたまま……来ちゃったけど。

よくよく考えたらリオン姉とシナモンのスマホの番号を控えていなかったし……当然ハル君とも連絡の取りようがないことに気づいた……。

そうだ。魅音姉は……?



「魅音姉スマホ……え?」



なんで首を横に振るわけ?

まさか……?



「解約したけど?」

「な、なんで?」

「だって、持っていたら居場所が見つかっちゃうじゃない」

「もう……魅音姉って……お願いだから帰ろうって」




秋田についていくつか電車を乗り継いで…‥‥田舎の駅からタクシーに乗って1時間ほど走ったのかな。

一面田んぼで山に囲まれた世界が広がっていた。

雪が深くて……寒い。

でも銀世界がなんだか幻想的。




「……すごい遠くに来ちゃった」

「ふふ。数時間で来られる場所がそんなに遠く感じるの?」

「だって……すぐに駆けつけられる場所じゃないよ?」

「そうね。私のつい棲家すみかにはちょうどいいのかもね」

「魅音姉、少し滞在したら帰ろう? みんな心配するし?」

「私は大丈夫だから美羽は帰りなさい」

「……イヤ」

「本当にしょうがない子ねぇ。こっちに来なさい。ほら屈んで」



そうやって頭を撫でて……いつまでも子供扱いして。魅音姉は、いつになったらあたしを大人として見てくれるの?



山のふもとに集落があって、そこから少し離れた場所に佇む古民家が魅音姉の家らしい。



「なかなかいいでしょ? 私の家。ちゃんとリフォームしたし」

「ここって……魅音姉のおばあちゃんの?」

「うん。生きていれば今年で84歳だったのかな。でも、私が8歳の頃亡くなって、この家だけ残されていたみたいなの」

「……聞きづらいんだけど、今……両親は? 魅音姉のこと知っているの?」

「……二人とも病院暮らし。会いたいとも思わないけど。今は治療もうまくいって、だいぶまともになったとかで。全財産は子どもたちにすべて譲るって。もちろん病気のことは言っていないわよ」



それで、この古民家も。

宮島姉妹の両親はお酒を飲んで暴れていたとか。

まともになった……ならさ。



「……会わなくていいの?」

「今さら会っても……なんて声かけていいか分からいじゃない。こんな身体だし」



そんな身体だからこそ……会えばいいのに、なんてあたしが無責任に言い放つようなことでもないけれど。会えるときに会わなかったら後悔するんじゃないかな……。

でも、きっとトラウマは一生消えないから……その判断はあたしには正解が見えない。あたしだって……両親がいたら……会うのかな。

分かんないや。捨てられたトラウマ……ううん。なんでもない。

ダメダメ。今はそれどころじゃない。



「ごめんね。美羽の前で話すようなことじゃなかったわね。さあ、帰りなさい」

「帰れないよ……魅音姉一人残して帰れるはずないじゃないの……」

「大丈夫よ。ほら、出てきた」



魅音姉より少し年上の男性が家の中から出てきて、ぺこりってお辞儀をしたから、あたしも会釈したけど。この人は……?



「そういうわけだから。ね?」

「はい。魅音さんのことはお任せください」

「ど、どういうご関係で?」

「美羽……察して」



まさか。

魅音姉に限って、そんなこと……いや。

魅音姉の想い人はもうこの世にはいない。きっと、あの人も魅音姉の幸せを願っているはず。

ならば、魅音姉に新しい恋人が出来たとしても——とがめられるいわれなどあるはずないじゃない。



「……分かった。魅音姉」

「はい?」

「また会いに来てもいい?」

「——来ないで。凜音と紫音にもそう言って聞かせなさい」



柔和な表情が……少し硬くなった気がする。怒ったのかな。

凛とした空気が場に落ちたような。

なんで、長年寄り添ったあたし達をそんなに邪険にするの?

重荷になりたくないって……そんなのあんまりだよ。

だって、あたしは……あたしにとって魅音姉は家族なのに。



魅音姉の生活を邪魔する気なんてないのに。

もし、魅音姉がこうしたかったらちゃんと話してくれれば、あたし達だって応援したのに。それなのに、なんでこんな逃げるような真似して。

病院にまで迷惑を掛けて。いったい、いったい魅音姉は何を考えているのよ。




「さあ、帰って。ここまで連れてきてくれてありがとう。美羽、元気でね」

「み、魅音姉……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」




そんなのってないよ。あんまりだ。あたし、もっと魅音姉といっぱいお話したかった!!

もっと、いっぱい甘えたかった。もっと相談に乗ってほしかった!!

もっと笑顔を見たかった。もっともっともっと——。



もっと——一緒にいたかったよ。



「行きなさい。美羽。強く生きて。それと、六歌から何を話されても……恨まないであげて」

「え——?」

「さあ、行って」

「ヤダ。行きたくない」

「私は……もう懲り懲り。あなた達と一緒に居て楽しいことなんてなかった。もう疲れちゃったの。だから私は自由に生きるって決めた。私は腹黒いから。男と住むために私はあなた達を見限ったの。だから、あなた達もこんな私のことは忘れて、ほら、帰れって言ってんだよッ!! 帰れ。そして二度と来るな……ッ!!」



え——な、なんで怒っているの?



魅音姉……待って。待って……家の中に入らないで……。




あたしがどんなに泣きじゃくっても、玄関を開けてくれなかった。



あたし……捨てられちゃったの?



あのときみたいに……?




『美羽、来るな』

『美羽はお留守番していて。ほら布団に入りなさい』

『元気でな』



ふあ……‥、ああ、ああああ、あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ……。



や、やめて。



『九頭龍美羽ちゃんを無事保護しました。バイタル異常なし。精神的不安定な様子のため、搬送します』



つ、連れて行かないで。あたし捨てられてなんかいないよ?

もうすぐ帰ってくるはずだから。

あ、あた、あたし……。



『汚い子だねぇ。なんで姉さんの子なんて引き取らなきゃいけないのよ』

『うちも子供がいるし、余裕なんてないぞ?』

『こっち来んなよッ!』



あたしはいらない子なの?

あたし……。



『美羽……ちゃん? 大丈夫だから。こっちにおいで。ほら、お菓子あげるから』

『わ、わたし……宮島紫音みやじましおんです……よ、よろしくお願い……します』

『私は凜音りおんだ。よろしくな』



ずっと家族だと思っていたのに。

決して切れない絆で結ばれ、ているって思っていたのに。




「うぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁん」




か、え、ろう……。

おうちに……かえ……ろ。

かえ……ろ……。





あ、たしはいらない……子……。





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