第二部

第22話 神の『イト』


「さて……と」


 新しく神の座に就いたもと天使は、さっそく下界のようすを見下ろす。

 下界では、ちょうどアランが衛兵たちに捕らえられ、投獄されるところだった。


「ふむ……このアランという男も不憫ですね……。あの身勝手な神のせいで、主人公だったところからあれよあれよと堕ちていき、今では牢屋の中なんですから。まあ、彼自身の責任もないとは言えませんが」


 それでも、天使もとい神は、アランをなんとかしたいと考えた。


「このままではあまりにも彼が気の毒です。それに、私もなんだか楽しくなってきちゃいました……!」


 神は邪悪な笑みを浮かべた。

 それはまさに、前任者の老人と同じような笑みであった。

 誰もが権力を手にすると、同じようなことを考えてしまうのだ。


「まあ、私は別におかしなことをしているわけではありませんからね。あくまでも私は、もともとアランの持っていた権利を取り戻してあげるだけですから。あの老人とは違います。世界の修正業務も、神の仕事のうちです」


 そう言って、神は自分に言い聞かせた。

 はたから見れば、やっていることは同じだというのに、彼女は自分のやっていることを無理やり正当化した。

 そしてその横には、それを止めるような天使もいなかった。

 先ほど天使から神になったばかりなので、代わりの天使がまだ到着していないのだ。

 天界からすれば、それはほんの少しのあいだなのだが、現世からすればかなりのタイムラグがある。

 もはやこの新たな神を止めるものは、当分現れない。


「ふっふっふ……さあアランよ。私にもっと面白いものを見せてください……!」


 邪悪な笑みの元天使は、アランの元へ一本の糸を垂らしたのだった――。





【アラン視点】



 僕は今、衛兵たちに連れられて牢屋の中へ閉じ込められている。

 もう何時間もろくに食べていない。

 どうやら僕はこのままだと死刑になるらしい。

 そんなの絶対にごめんだ。

 みんなの前で、断頭台に送られ処刑されるなんて。

 きっとユリシィも見に来るだろうし、そんなの惨めすぎる。

 僕は……いったいどこで間違ってしまったんだろうか。


「くそ……ジャスティスのやろう……!」


 僕は思い切り、牢屋の石壁を殴る。

 しかし、僕の力と魔力は特別性の腕輪によって封じられているため、腕を痛めるだけだ。

 それに、頼みの綱のアイテムボックスだって、魔力がないと出せない。

 僕はもうなすすべがなかった。

 このままここで、冷たく孤独に死ぬのを待っていることしかできない。


「おい、こっちへこい……!」

「え……ぐわ……!?」


 看守たちから、暴行を受けることも日常茶飯事だった。

 なんとか貞操は守り抜いたけれど……それでも屈辱的なことには変わりない。


 ――ドカ!

 ――バキ!

 ――ズドン!


 看守たちに囲まれ、殴る蹴るの雨嵐。

 どうやら彼らの友達が、僕に殺されたりしたことの恨みらしい。

 衛兵同士、交流があったようだね。

 でも、僕を蹴ったところでなにもならないというのに……暇な連中だ。

 僕は必死に痛みを耐えた。


「くそぅ……いつか僕が解放されたら、みんな殺してやるのに……!」


 もはや僕は、ジャスティスだけじゃなくて、世界を恨んでいた。

 こんなことになったのは、僕が間違っているからじゃない。

 この世界のほうが間違っているんだ……!

 僕の思い通りにならない世界なんて、滅んでしまえばいいんだ!


 そんなある日の夜だった。

 その日はいつにもまして空気が冷たく、牢屋の中だというのに、静謐な、神聖な雰囲気が広がっていた。

 牢屋に唯一一個だけ存在する窓から、月明かりがわずかに入ってきている。

 僕は神に祈った。


「くそ神様……! 僕をどれだけ過酷な運命に陥れたら気が済むんだ! せめて最後に一度だけでいいから、僕を助けろよ……!」


 しかし、祈りは届かない。

 当たり前だ。

 この世界に、神なんてものが存在するのであれば、僕にこんな仕打ちはしないだろう。

 いたとしても、それは邪悪な神だ。

 幼いころに培った信仰心は、今の僕にはかけらも残っていなかった。

 僕は結局、物語のわき役でしかないんだ。

 主人公だったら、こんなときでもなにか助かる手段が得られるんだろうけど……。


 もはや冷たくて、体に力が入らない。

 このまま僕は、処刑の日を待たずして、死んでしまうのだろうか。

 あきらめかけたその時――。


 牢屋の天井から謎の光が差し込んだ。

 そして、一本の糸が垂れ下がってきたではないか。

 僕は、すがるような気持ちでその糸に触れた。


 ――パアアア!


 すると、僕の力を封じていた腕輪が、音を立てて崩れ落ちた。


 ――バリィイン!


「はは……!」


 そして腕輪は、灰になって消えてしまった。

 これが……神の助けなのだろうか……?

 だとしたら、僕はまだ見捨てられていなかった!?

 もしかして、僕が主人公の物語が、ここから始まるのかもしれない。

 今までの不幸は、すべてこの伏線だったのか!?


「ふっふっふ……! みていろジャスティス……いや、この世界ぜんぶだ。僕はもう誰にも遠慮はしない。失うものなんてないんだ……! 僕が……この世界の主人公だ……!」


 僕はアイテムボックスから、帰還用のアイテムを取り出して、使用した。

 一瞬で牢屋の中から、外へと出ることができた。

 とりあえず、潜伏しやすそうなダンジョンを目指す。


「この世界を……めちゃくちゃにしてやる……!」


 僕の新たな物語が、動き始めた。

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