第7話 出会うはずのない少女《ヒロイン》


 俺たちは、アランにアイテムボックスの中身を、まるまる持ち逃げされてしまったわけだ。

 とりあえず、あのアランのバカは通報しておくとして……。

 俺たちは俺たちで、冒険を続けなくてはならないようだ。

 まあ、勇者だからな、なんとかなるだろう。

 だが、俺は正直この世界に来て間もない。

 まだなにがなんだかわからないって感じだ……。

 くそう……せめて数ページだけでも立ち読みできていればよかったんだが……。


「なあ、これからどうする……?」


 俺は、マチルダとユリシィに訊いてみる。

 なにもわからないのだから、ここは素直に仲間に頼るとしよう。

 幸い、勇者である俺は、あのアランとかいうヤツと違って、仲間からも好かれているようだし。


「そうねえ、私はまあ……なんでもいいけど、とりあえずはアイテムを集めなくちゃね。お金もアイテムボックスに入ってたわけだし……。なにかクエストを受けましょう」

「クエストかぁ……楽しそうだな」


 俺はあまりそういったゲームはやったことないんだが、それでもクエストと聴いて、ワクワクしない日本人はいないのではなかろうか?

 やっぱ、異世界に来たんだから、クエストとかダンジョンとかだよなぁ。


「なぁに言ってんの。クエストなら、いつも受けているじゃない」

「あ、ああ……そうだな」


 マチルダには不審に思われただろうか。

 とにかく、なんとか話を合わせていくしかないな。

 俺が勇者ジャスティスでないとバレるわけにはいかない。

 地図を開いて、ダンジョンの位置を確認していると、ユリシィが口を開いた。


「でしたら、ジャスティス。この前、ジャスティスが目をつけていたダンジョンなんかどうでしょう? あそこにはなにかある予感がする……と言ってたではありませんか」

「あ、ああ……そうだったな。うん、そこにしよう」


 自分で言った覚えはないが、俺が言ったのだったら、そこで間違いないだろう。

 なんていったって、勇者だし、主人公なんだからな。

 主人公補正っていって、俺の選択は大体正しいはずだ。

 勇者がなにかあると言ったのなら、そこにはなにかあるはずなのだ。

 だってこれは、俺が主役の物語なのだから。


「よし、じゃあ……行こう!」


 俺は意気揚々と、拳を掲げた。

 ――シーン……。

 しかし、なにも起こらない……。


「なにやってんのよジャスティス。あんたが転移の魔法を使わないと、行けないじゃない」

「あ、そ……そっか……」


 ちょっと恥ずかしい。

 どうやら俺には、転移の魔法が使えるらしかった。

 へぇ……勇者ってのは、マジで万能の存在なんだな。

 さすがは主人公だ……モブや悪役に転生しないで、ほんとによかったぜ……ふぅ……。


「よし、転移……!」


 俺たちはクエストボードから、目当てのクエストシートをもぎ取って、目標のダンジョンへと転移した。

 ダンジョンの名は【サイハテのダンジョン】というらしい。

 クエストの内容は、そこの調査といったところだ。

 まあ、その途中で、どんなモンスターを倒したとか、どんなことがあったとか……そういうのを調べるのだそう。

 その結果に応じて、お金ももらえるのだとか。

 ボスモンスターなんかを倒せれば、かなりの額になるらしい。

 これは、燃えてきたな!





 ――シュン!


 着いた……。

 転移のスキルを使うと、こうも一瞬で来れるんだな。

 これは便利だ。ぜひ通勤にも使いたいぜ……あ、もう働かないでいいんだった。そう考えると、ますます異世界最高って感じだな。

 っと……。


「そういえば、このサイハテのダンジョン……サイハテ……って、どういう意味なのでしょうね?」


 と、ユリシィがおかしなことを言い出した。


「は……? そりゃあ、サイハテって最果てって意味だろ?」

「……?」


 ええ……さっきまで普通に会話していたのに、急に日本語が通じない……!?

 なんというバグだ……?

 と思ったが……。

 どうやら、この世界の住人には、ダンジョンの名前などに使われている日本語は、そのままの日本語として処理されているようだった。

 まあ、物語のキャラクターたちが、それをわからないのは当然のような気もする。


 ってことは……俺だけ、ダンジョンの名前なんかの隠された意味が分かるってことか。

 これは大きなアドバンテージになるぞ!

 ラッキー!

 転生者ならではの恩恵というわけだな。


「まあ、俺もサイハテの意味はわからないが……なにやらすごい感じがするのだけは確かだ」


 と、誤魔化しておく。

 いろいろと説明が面倒だからな。


「ほんとなの……? 適当に言ってるんじゃないの?」


 マチルダがそんなことを言うので、


「いや、間違いなくここはなにか特別なダンジョンだぞ? 俺の勇者の勘がそう言ってる」

「あーはいはい……」


 なんて、既に俺はパーティーメンバーとも打ち解けてきたように思える。

 そんな無駄話をしながら、ダンジョンの奥へと進む。





「なにか……雰囲気が変わりましたね……」


 ある程度進んだところで、ユリシィが足を止めた。

 たしかに、言われてみるとそんな気がする。

 ボス部屋ってことなのかな……?


「これ……扉……?」


 ダンジョンはそこで、突き当りになっていた。

 そして大きな扉のようなものがある。

 まさに、なにかあるに違いないという感じだ。


「あ、開けるぞ……?」

「気を付けてね……?」


 俺は、恐る恐るその扉を開けた。

 すると――。


「お、女の子……?」


 扉を開けた先には、それまでとは雰囲気の違う部屋があった。

 それはまさにボス部屋といった感じだったが……。

 中にいたのは、巨大なモンスターなどではなく――。


 鎖に繋がれた女の子だった。


「ん…………」


 鎖の少女は、かすかにそんな吐息を漏らした。

 生きている。


 銀色の長髪、すらっと伸びた白い脚。

 ボロボロの衣服に身を包んでいるが、どこか気品を感じさせる。

 胸はそこそこ、スレンダーな感じだ。

 まあ、おっぱい要員はマチルダとユリシィで足りているから、このくらいがちょうどいいのかもしれない。

 って……何を考えているんだ俺は。


「はやく……助けなきゃ……!」


 俺はその少女に駆け寄った。


「ジャスティス! 危ないかもしれませんよ……!」

「大丈夫だ……!」


 ユリシィが心配してくれるが、俺はそれよりもこの少女を助けなければと思った。

 身体が勝手に動いたのだ。

 鎖に繋がれて、苦しそうにしている。

 俺が鎖に触れると、それは簡単にほどけた。


「なんだったんだ……」


 少女を床におろすと、彼女が非常に弱っていることがわかった。

 そりゃあ、当然だ。

 こんな冷たいダンジョンの中に、置き去りにされていたんだから。

 俺は急いでユリシィに合図する。


「ユリシィ……! はやく治療を……!」

「は、はい……!」


 いったいいつから、彼女はここにつるされていたのだろうか。

 なぜ、こんなことになっていたのだろうか……。

 謎は深まるばかりだが、とりあえず助けなくてはと思った。


「ん…………」


 どうやら目が覚めたみたいだ。

 眠り姫のお目覚めだ。

 だが、そんな彼女の口から出た言葉は、あまりにも意外な言葉だった。


「勇者……」

「え……? 勇者……?」


 まあ確かに俺は勇者ジャスティスだが……。

 なぜこの子がそれを知っているんだ?

 鎖に繋がれ、ダンジョンの奥地に囚われていたこの子が。


「君は、いったい……」

「私は、勇者の祠を護る存在……」


「囚われていたのは……?」

「私……勇者がくるまで動けない約束だった。でも、あなたが来た。私が解放されたのは、あなたのおかげ」

「はぁ……そうなんだ……」


 なんだろうこの子。

 話し方がやけにそっけないというか、クーデレキャラって感じだ。

 まあ、ずっとダンジョンに囚われていたから、仕方がないか。

 それにしても、どういうことなのかさっぱりだ。


「あなたに、真の勇者の力を授ける。来て……」

「っておい……俺は既に勇者なんだけど……?」


 女の子は、俺の手を引っ張って、部屋の奥に備えられた祠のほうに連れて行こうとする。

 真の勇者の力って……じゃあ今の俺は真の勇者じゃないのか?


「あなたの勇者の力は、まだ不完全。これで完成する。イニシエから伝わる、真の勇者の力を受け継ぐの……」

「はぁ……なるほど。まあ、さらに強くなれるってんなら、俺は歓迎だ」


「ここに、手を置いて」

「うん……うわぁ……!」


 すると、まばゆい光と共に、俺の中に何かが入り込んできた。


「こ、これは……!?」

「これで、過去の勇者たちの力が、すべてあなたに受け継がれた。これで正真正銘、最強。真の勇者」


「へぇ……じゃあ、俺がここに来たのも必然だったってことか」

「そう……かも……?」


 このダンジョンには何かあるに違いない、そう思った俺の勇者の直感は、正しかったというわけだな。

 これは物語の正規ルートっぽいな。

 なにかちょっと違うような気もするが……。

 まあ原作読んでないから、確かめようもない。

 でも、この子が正規ヒロインっぽいし、まあ大丈夫だろ。


「で……あんたは一体なんなのよ?」


 と、マチルダが銀髪の少女に問いかけた。


「私……私は……わからない……」

「はぁ……?」


「ただ、ここでこの祠を護っていた……ずっと……」

「ずっとって……どれくらい……?」


「500年……とか?」

「えぇ……?」


 ますます謎の多い少女だ。

 これは絶対に正規ヒロインに違いないぞ!

 謎の多い女の子は、ヒロインだと相場が決まっている。


「じゃあ、名まえは?」


 俺は訊ねた。


「ラフィア……それしか、わからない」

「そうか、ラフィア……じゃあ、俺と一緒にくるか……?」


「いいの……?」

「もちろんだ!」


 だって、それが物語的にも正解っぽいし。

 これ、原作通りっぽい感じだろう? 知らないけど。


 かくして、俺は真の勇者の力とやらに目覚めてしまった。

 ま、主人公なんだから当たり前だよな!

 俺以外に、真の勇者の力に覚醒されるわけないもんな!



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