第10話 兎の居場所



 兎のムーが居なくなってから、どれくらいの月日が流れたであろうか。マルセリーノは、ふと思うことがある。ムーの首にまたがり友ペンの家に訪れたり、乗馬よろしく散歩へ出かけたり。広い草原の上に広がる青い空、ムーの柔らかな兎毛に身を寄せながら居眠りした事。


 マルセリーノは、毎日研究所に通うようになっていた。愚にも付かない理論上の方程式を書いては消して、天井を眺めてはため息を吐く。


「ワイ、あいつに甘えとったんかなぁ」


などとムーを思い出しては冷めたコーヒーを飲む。


 そんな時、マルセリーノの机に置いてある送受信機のランプが光り、呼び出し音が鳴る。マルセリーノは応答確認のスイッチを押した。


「ワイや、マルセリーノや」

「マルセリーノ統括教授、タッタリア宇宙医学教授から連絡が入っております」

「タッタリアか、ええよ、繋いでや」


「マルセリーノ統括教授、タッタリアです」

「おう、久しぶりやないけ、古本屋店長。どないしたん?」

「古本屋は既に廃業しております」

「幼稚園もか?」

「はい、随分前に卒園式を終えた後、閉園しました」

「そうかぁ。と言うことは、あの子ら二人も卒園してんなぁ」

「それどころか、地球の時の流れからだと二人は高校を卒業するくらいになっていますよ」

「早! 星によって時の流れはちゃうけど、もう、そないになんねんな」

「はい、で、統括教授はムーさんが地球にいらっしゃる事をご存知ですか?」

「何やて? あいつ、また地球に行ってんの?」

「はい、地球の時間で、もう何年も前にこちらに来ていることになります」

「ほんまかいな、でもや、何んでお前が知ってんの?」

「はい、閉園してからペットショップを始めまして、リンさんにも手伝ってもらっております」

「お前、ほんまに何んでもやるな」

「はい、一応、地球のエージェントですから。リンさん目当てにやって来るお客さんで繁盛させてもらっております」

「まじお前ら、そのまんまそっちで生活したら?」

「いえいえ、エージェントですから。それでですね、ムーさん、数年前にあるお客さんに買われて行ったんですよ」

「それって、あいつ、ワイらの星に帰って来る気あるんか?」

「まぁ、ムーさんのことですから、そこは心配要らないと思いますが、それよりも、ムーさんを買って行ったのが市木さんなんですよ」

「え、何やて? なんでもっと早よう言うてくれへんかったん?」

「はい、それがですね、研究所所長に連絡しましたところ、『マルセリーノには連絡せんでもええで、あいつ、最近、研究もろくに出来てへんし、もっと身ぃ入れて研究してもらわなあかんし、いらんこと言わんでもええ』って言われたんです」

「あの、アホボケカス、絶対に抗議に行ったる!」


 マルセリーノが研究所所長に抗議に行ったかどうかは定かではないが、それからマルセリーノは猛勉強し、新しい宇宙理論を立ち上げ研究に没頭した。その間に地球の時間で更に数年が経った。

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