6

 質問を挟みながら、会話は続いていく。きょうだいや従妹について話す慎一は幸せそうだったし、彼らのことを知ることができて、ジンも嬉しくなった。


 魔界について慎一が尋ねてきた。答えられる範囲で話す。様々な種類の魔物たちが行き交う賑やかで大きな街、めぐる季節に折々の楽しみ。壮麗な宮殿に王子としての務め、優しい使用人たちそして家族――。家族のことを考えるとき、ジンの胸は痛んだ。


 けれども慎一は聞き上手で、人があまり話したがらないことはよくわかっていて、そこに不作法に足を踏み入れたりしない。ジンはいつの間にか、よい気持ちで魔界のことを語っている自分に気づいた。


 二人の間に和やかな空気が流れる。


 ほんの少し、雲が薄くなったような気がした。風が、これもまたほんの少し和らいでいる。話が途切れ、ジンは思い切って、言った。


「あのさ、他の四人のことなんだけど」

「そうだよ。それ! うっかり別の話に夢中になってたけど……みんなどこにいるんだよ」

「あの……閉じ込められてるんだ」

「閉じ込められてる?」


 慎一が驚いた顔をする。ジンが慌てて、


「あ、でも、大したことない……たぶん大したことないんだ。ほら、海がさ、泳ぐに相応しい感じじゃないだろ。天気があまりよくなくて」

「まあ、そうだな」


 浜辺に目をやり、慎一が言った。


「もう少し、楽しい海になるといいんだ。そうしたらみんなやってくる」

「でも……どうやって?」

「ここは慎一、君の夢なんだよ」


 明るく、元気づけるようにジンが言った。「だから、君が望めば変えることができる!」


「望めばと言われても……」

「手を出して」


 ジンに言われ、慎一は素直に手を差し出した。その手に、ジンが触れる。


「明るい海を想像するんだ。太陽が照って、砂浜が暑くて、人々の笑い声が聞こえて、空が青くて海も青くて……」


 小さな、柔らかな光がつないだ手から溢れてくる。それは次第に、二人を呑み込むように大きくなっていった。




――――




「ああーもうおしまいだよー」


 そう言って耕太が机につっぷさんばかりに嘆いた。


 女性に言われるがままに、トランプで遊ぶことになったのだ。大富豪をやる。何度かやったが、耕太はとてもよく負けるのだ。今回も最下位だ。


「僕は一生、底辺から上がることはできないんだよ……」暗い目で耕太は言った。「現実でもきっとそうなんだよ……。大貧民のまま、一生貧しい、日の当たることのない、辛い生活をすることになるんだよ!」


「これはゲームよ」


 平民の芽衣が冷静に言った。


「そう。ただのゲーム」


 貧民の翔が続けた。「俺たちはちょっとゲームが不得意なだけ」


 富豪の祐希は何も言わず、大富豪の女性はころころ笑った。


「あなたって、かわいいわね」

「……。でも家の中で飼ってはくれないんでしょ?」

「やきもちやいてるの!? かわいい! そうね、室内にいれてあげないこともないわ」


 いや、別にお屋敷とやらの中に入りたいわけじゃないんだけどさ、と耕太は思い口をとがらせた。


「……もう十分にゲームも楽しんだし、そろそろここから出たいな」


 祐希がぽつりと言った。女性が少し目を細め、冷ややかに祐希を見た。


「どうやるの? 出口はないのよ」


「出口はないけど……さっきから、気になってることがある」

「何?」


 女性が片方の頬でわずかに笑う。祐希が椅子から立ち上がって、女性に手をのばした。


「そのネックレスだよ」


 そう言って、祐希はネックレスに手をかけ、ひっぱった。不思議なことに、もろくもネックレスが崩れる。女性が悲鳴を上げる。


 と、悲鳴とともに、大きな音がした。窓ガラスにひびが入り、そこから水が、押し寄せてきたのだ。驚きのあまり耕太たちも大きな声を出してしまう。


 たちまち周囲が水に囲まれた。溺れてしまう、とあまり泳げない耕太は思ったが、すぐに、水中でも息ができることに気づいた。身体は浮いている。けれども呼吸はできる。パニックにならなくてもよさそうだ。


 濡れている感じもしないので、ひょっとすると水ではないのかもしれない。耕太は懸命に手足を動かした。兄弟と、芽衣の姿が見える。女性の姿は消えていた。


「みんな!」


 聞きなれた声がした。振り返るとそこにいたのは慎一だった。耕太は慎一のほうへ、もがきながら進んだ。


「慎一兄さん!」

「みんな大丈夫か!? ジンから、閉じ込められてると聞いて……」


 しっかり者の、長兄の声だった。慎一の周りに全員が集まる。慎一のそばにはジンもいる。


「大丈夫だよ」


 ほっとして、耕太は笑った。


「一体何があったんだ」


 尋ねる慎一に芽衣がそっけなく言った。


「美人と遊んでたの」

「美人?」

「そう。性格のめちゃくちゃ悪い美人」


 慎一がよくわからない、というような顔をしている。


「……ともかく……いったんは帰ろうか」


 慎一は申し訳なさそうな顔で言った。「海につれて行けなくてごめんな。これは俺の夢なんだよな。俺が、海に行きたい気持ちに、今一つなれなくて、それでこんな変なことになったんだと思う……」


「いいのよ、別に。美人と遊ぶのも楽しかったから」


 芽衣があっさりと言った。


「じゃあ、帰ることで決まりだな」


 ジンが宣言した。




――――




 無事、元の世界に帰還となった。慎一は疲れたので少し横になると言って離れへ行った。座敷には他の五人が残る。

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