7

 ジンが危険な目に会ったのは、耕太のせいなのにさ。なんでジンは耕太をかばうようなことを言うんだろう。


 心の中で思ったけれど、耕太はそれを口に出したりはしなかった。


「でもまあともかく、無事でよかったわね」


 芽衣が言った。今度は翔が芽衣に尋ねる。


「そちらはどうだったの? 怖いこととかあった?」

「何にも。むしろ楽しかったわ。美味しい実を見つけたの。あと綺麗な小川も」

「いいなあ。そっちの道が当たりだったね。こちらには実も小川もなかったよ。俺たちが引いたのははずれ。……って、ジンやっぱりはずれを引いてる」

「そうなのか?」


 ジンが首をかしげる。芽衣と翔がそれを見て笑った。


「どうするの、これから。まだ先を進む?」


 芽衣が翔に尋ねると、翔が意気揚々と答えた。


「もちろん! まだ恐竜に乗ってないだろ!」

「怖いことがあったのに?」


 耕太が口を出す。翔が耕太を見て言った。


「あれはもう平気。幻はおっぱらったから、もう出てこないよ」

「でも……」


 翔がまた、恐ろしいことを考えれば出てくるんじゃないの? と思う。芽衣が耕太のそばに寄って、そっと訊いた。


「帰りたい?」

「ううん!」


 耕太はきっぱりと大きな声で答えた。本当は気持ちが揺らいでいたけれど。ここで切り上げてもいいんじゃないかと思っていたけれど。けれども、怖がっていると思われるのは嫌だった。


「僕も恐竜に乗りたいよ。先に進もう」


 そして、再び四人組となった一行は道を歩き始めたのだった。翔が先頭、それに芽衣とジンが続き、三人が団子のようになっている。耕太は少し離れて、三人の後をついていった。


 なぜか、気分が冴えなかった。足取りが重くなる。耕太はわざと、歩く速度を落とした。


 先を行く三人が、楽しそうに笑い声をあげる。耕太はそれを、ぼんやりと見守った。少しずつ、足を緩め距離を開ける。あの中に入っていく気にはなれなかった。


 翔はいい奴なんだけど、と耕太は思った。でもちょっとわがままなんだよな。さっきの件にしてもそう。翔は大丈夫というけれど、同じことがまた起こらないとは限らない。


 ジンをまた危険にさらすかもしれないんだよ。耕太は三人の背中を見ながら思った。わざとゆっくり歩いているせいで、その背中がちょっとずつ小さくなる。ジンもジンだよ。翔の肩を持つなんてさ。僕のほうがよっぽど、ジンのことを考えてると思うんだけど。


 耕太はだんだん空しくなってきた。わかっているのだ。これがただのやきもちにすぎないということが。けれども――あれこれつまらないことを考えずにいられなかった。


 やっぱり、三番目って損だよ。と耕太は思うのだった。しっかり者で頼れる長男、優等生で顔もいい次男、天真爛漫で周囲から愛される末っ子。それに比べて自分は――なんの取り柄もないただの三男坊じゃないか。


 とぼとぼと歩いていると、ふと何かが目の端に見えた。黄色いものだ。花かな、と思って、そちらのほうをよく見る。森の木に何かがついている。さっき、芽衣と食べた謎の実だ。


 いくつかなっているのが見える。他の人たちにも食べさせてあげたいな、とふと思った。道をそれ、森の中に入っていく。木に近づき、背伸びして四個取った。自分ももう一つ食べたいし、きっと芽衣もそうだろうと思ったのだ。


 腕に実を抱えて元の道に戻る。そしてはっとした。三人の姿がないのだ。


 けれどもそれはおかしなことではない。道は少し先でカーブしている。そのため、みんなの姿が見えなくなったのだ。それはわかる。が、耕太の胸がどきどきしてきた。


 早くみんなのところに行かなくちゃ、と耕太は思った。離れているのはやっぱりよくないよ。だから、早く――。駆け出していく。と、すぐに、前方から誰かがやってきた。


 ジンだ。ジンは耕太を見て笑顔になった。


「気づいたら姿が見えなくなっていたので、心配して引き返してきたんだよ。何かあったのか?」

「う、ううん」


 耕太は実をぎゅっと抱えたまま答えた。わざわざ探しに戻ってきてくれたんだ、と嬉しさが湧き上がる。けれどもそれを表に出すのは恥ずかしかったので、ジンから目をそらし、早口に言った。


「あ、あの、これ!」耕太は持っていた実を見せた。「これ、芽衣と食べたやつ! 他にもなってるの見つけたんだ。だから、これをとってて、それでちょっと遅れちゃって……」


「そうなのか」


 遅れた理由は他にもあるのだけど、でもやっぱりそれは言わない。言えない。ジンの優しい声が聞こえた。


「ありがとう」


 耕太は再びジンの顔を見た。笑顔が見えて、こちらもつられるように笑顔になる。嬉しくて何か言いたかったけれど、何を言ってよいのかわからぬままに黙っていると、もう一人、ジンの後ろからやってくるものがあった。


「二人とも、何してんの?」


 芽衣だ。「いつの間にか二人の姿が消えちゃってるから」


「芽衣! さっき食べたやつ!」


 気恥ずかしさをごまかすために、耕太は大きな声で言った。耕太の持っているものを見て、芽衣はあら、という顔をした。


「まだあったのね」

「そう。だからみんなで食べようと思って」


 芽衣とジンに一つずつ渡す。残った二つは、自分と翔のものだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る