第117話 どんどん薄く、小さくなる
やあこんにちは。
ちょっとまって。自動翻訳を使わないと、何言ってるのかさっぱり。この国はAI翻訳が台頭したとき、コスト削減の名のもとにいちはやく企業や役所に導入したからね。もう誰も外国語なんて学んでないし、英語を話せる人間もいない。
え、ドイツ語。
おたくがしゃべくってるの、ドイツ語? ドイツ語が国際言語になったんだ。へえ。
そういえば、ニュースで見た気がしたな。でもこの国はシン・サコクで閉ざされてたから。海外のニュースはほとんど、ね。
うん、そう。
人権にうるさい国とか国際機関とかがさ、ぎゃぎゃー言ってくるから。あ、いけね。ジンケンなんて口にしただけでシン・コーアンに引っ張られるんだった。この国には、ジンケンなんて存在しないことになってるからね。
よくそれで生きられるなって。
いやまあ、まずいことになったなっていうのは、思わないでもなかったよ。実際、政治家主導でシン・ケンポーが発動されてからしばらくは一部の声のデカいマイノリティーどもが騒いでたけどさ。あいつらが反対ならおれは賛成するっていう連中がいっぱいいたの。教育の敗北ってやつだね。とにかくセコく、他の連中が自分よりいい目をみないようにお互いを監視しあって足を引っ張りあったらみんな平等に落ちぶれた感じ?
まあ、仕方なかったんだよ。三十年経っても四十年経っても賃金はあがらず、物価だけがどんどんあがって、年金は削られまくって最後には消滅しちゃった。昔は、お米券やお肉券が選挙の前に配給されてたんだけど、今じゃ緊急事態宣言下だから、選挙がなくなっちゃってさ。今の若い子に訊いてごらんよ。トウヒョウ? なにそれ、食べられるの? てなもんだよ。
うん、まあ、かわいそうにって思ったこともあったよ。
でもさ、体が小さければ、飲み食いする量も少なくて済むじゃない。今のシン・ジンルイ――今時の若い子たちのことをそう呼ぶんだ――の子たちは、むしろ得したと思ってるよ。
だってさ、長引く不況のせいでステルス値上げが横行してね。え、知らないの、ステルス値上げ。あ、ステルス戦闘機自体、もう使ってないんだ。時代は変わったね。
とにかく、物価がどんどん上がるなかでどうにか値段を据え置きにするために、中身を小さく、薄く、少なくすることをステルス値上げって言って、この国ではいまだに時代遅れのステルス機を「同盟国」からバカ高い値段で購入して、これがあればどこの国が攻めて来ても安心だ、なんて言ってるから、ステルスは現役なんだよね。
でもそんなステルス値上げの企業努力もむなしく、物の値段はどんどん上がり続けた。もう誰も定価で食品を買えなくなって、夕方の食品コーナーは値引き商品を争って流血騒ぎになることも珍しくない。
そんな風だから、今この国の若い世代の平均身長が、ピーク時より三十センチも低くなってるっていうのは、理に適った話なのさ。小さい子を産んだ母親は、母親の鑑ってもてはやされるからね。隣の女の子なんて、中学生なのにもう百六十センチもあって、ご近所に顔向けできないって母親がロープで……いや、発見がはやくて命に別状はなかったよ。でも、そのあと、美容整形クリニックで手足の長さを縮める手術を受けさせるって、クラファンしながら、食費をさらに削って、可哀想に、あの一家は全員向こうが透けて見えそうなぐらい薄く平べったくなっちゃってる。
え、その女の子?
周りの子がみんな身長百二十センチぐらいしかないのに、頭一つ大きくて「ガリバー」なんて呼ばれちゃってさ。バスケ部で大活躍してた明るい子だったのに、「一人だけ背が高いなんてズルい」って相手校のみならず同じチームの子たちからもバッシングされて。
「好きでこんな体に生まれてきたんじゃない」
なんてうっかり口走っちゃったんだって。かわいそうに。でも、親を批判することは許されないからね。
それからは学校中が敵みたいになって、一人だけ不当な利益を受けることは許されないって部活をやめさせたんだ。母親のこともあったし、今じゃ学校も休みがちなんだって。だから、手術は喜んで受けると思うよ。
この国じゃあ、少しでも他の人と違ってたら生きていけないんだから。
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