第45話 外道
私の友達とそのお母さんは、母子家庭用の寮に住んでおり、中学生の頃は頻繁に遊びに行っていた。
その寮は玄関を入った正面に施設職員が常駐する事務室があり、出入りを厳しくチェックされていた。母親が留守の際は、私のような部外者は友達とその母親が暮らす1LDKの部屋にあがることは許されず、事務室の隣の応接間のようなところで友達と遊ばなければならない。ファミコンや漫画など、面白いものは全て友達の部屋にあるのだし、母親が不在の時の方がのびのびと遊べるので、度々不法侵入を試みたが、なかなかどうして、事務室の職員は目ざとく私の悪事を発見した。見つかって酷く怒られるようなことはなかったが、捕まればその日はゲームができなくなることが確定し、私は大いに不満であった。
何度も部屋に遊びに行っていたので、友達のお母さんとも当然面識があった。当時はまだ珍しかった明るい茶色に染めた髪をベリーショートにしており、化粧も濃かったが、仕事はクリーニングの工場勤務。その寮に暮らす母親は皆その仕事についていたらしい。寮内は禁煙なのに部屋で煙草を吸う人だったが、私の父も煙草を吸うし、頻繁に遊びに行っても嫌な顔をされなかったので、私も目を瞑ることにしていた。
その日私は、友達の部屋に上がり込んでゲームをしていた。たまたま、友達のお母さんの友達も、遊びに来ていた。お母さんの友達は恐らく四十代、まだ一歳にならない赤ちゃんを連れて来ていた。赤ちゃんの顔には、既に顕著な特徴が表れていたので、私は赤ちゃんの将来を思い気持ちが暗くなった。母親達二人は昼間からキッチンで酒を飲み、煙草を吸っていた。私と私の友達はリビングに居て、ゲームをプレイしていない方が赤ちゃんをあやしていた。表情に乏しい子であったが、ころころして可愛らしかった。
しばらくすると、授乳の時間だと言って母親が赤ちゃんをキッチンに連れて行った。同性であっても、乳を与える姿をじろじろ見ない方がよいと思い、私はキッチンに背を向けて座った。
「ねえ、この子、酔っぱらってるんじゃない?」
という友達のお母さんの声がキッチンから聞こえてきた。そして、大人二人の笑い声。
「血は争えないね」
授乳を終えた母親は、再び酒を飲み始め、煙草を吸った。赤ちゃんは母親の腕に抱かれていた。私は酒を飲み煙草をふかす大人二人に対し口を開きかけて、やめた。友達の方をちらりと見たが、彼女は何も気にならないようだった。
「あんたも飲む?」
と赤ちゃんの母親が言って、抱いている赤ちゃんの口に缶チューハイを近づけた。私は友達の方を見たが、彼女はゲームに夢中だった。
「飲んだ飲んだ」
と友達のお母さんがゲラゲラ笑った。赤ちゃんの顔は。急に高熱を出したかのように真っ赤になっていた。それを見て私の友達もゲラゲラ笑った。
私は何がおかしいのかわからず、困惑していた。
「あの、赤ちゃんにお酒を飲ませたら、いけないんじゃ」
大人二人は、私が何か最高に面白いジョークでも言ったかのように、ヒステリックに笑った。
赤ちゃんは、潤んだ瞳で、しゃっくりをした。友達も加わって、三人は、さも愉快そうに笑い転げた。
赤ちゃんの母親が、再度缶チューハイの中身を赤ちゃんに飲ませた。
「やめてください!」
私は恐ろしくなって少し大きな声で言った。
「大丈夫よ、このくらい」
と赤ちゃんの母親は言った。友達の母親は、煙草を吸いながら私を見ていた。そして顔を真っ赤にしてぐったりとした赤ちゃんと私を除いて、三人は、しばらく笑い続けた。
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