第43話 名探偵モンドリコ

 犯人はお前だ、と名探偵が指さしたのは、意外な相手だった。証拠があるのかと不敵な笑みを浮かべる真犯人に、探偵はいつものように華麗なる推理を披露する、はずだったのだ。ところが


「早くご飯食べなさい。何回言えばわかるの、この子は」


 鬼の顔をした母親に、テレビを消されてしまった。私が子供の頃は、皆テレビに夢中だった。


 『名探偵モンドリコ』は大人向けのサスペンスドラマだった。夜八時から放送で普段なら我が家の食事はそれまでに終わっており、子供の私は殺人シーンが怖くて父の隣で薄目で見るのが常だったのだが、その日はたまたま夕食の時間が遅れ、私はついテレビ画面に引き込まれ、母に何度注意されても食事中の箸が止まってしまったのだった。


「おい、見てるのに」


 この番組の一番のファンは父だったが、母に頭があがらない父は、怖い顔で母に睨まれると、「早くご飯を食べてしまいなさい」と私に八つ当たりをした。


 結局、私が一生懸命ご飯をかきこんでテレビを見ることが許された時にはドラマは終わってしまっていた。ブラウン管テレビでリモコンすらなく、家庭用ビデオデッキも存在していなかった時代である。翌日学校でモンドリコの話をしても、誰ものって来なかった。子供はだいたいモンドリコの裏のクイズ番組を好んで見ていた。私は変わった子だと皆から思われていた。



 それから今日まで、何度か『名探偵モンドリコ』の再放送を見る機会があった。しかし、十年近く続いた人気シリーズである。いつ自分が見逃したエピソードが放送されるのかと心待ちにしながら待っているうちに、仕事や用事のせいで見られない回が発生し、結局目当てのものに遭遇できないまま時が流れた。


 気が付けば、私は初老といっていい年齢になっていた。


 今はネット全盛の時代である。情報検索がこれほど容易になったことはかつてなく、私は長らく忘れていた『名探偵モンドリコ』のまぼろし回について思い出した。「まぼろし回」などといっても、子供時代の私がたまたま途中までしか見ることがでず、今日まで結末がどうなるか知らずに五十年近く経過したというだけなのだが。


 私はまず動画サイトで『名探偵モンドリコ』を検索してみた。いわゆる違法アップロードということになるのであろう、まるまる一話分のエピソードが公開されていたりして懐かしく鑑賞したが、私が捜しているものはなかった。


 そこで、オンラインショッピングサイトを覗いてみたら、あった。『名探偵モンドリコ DVD完全BOXセット』。どうしてこちらを先に思いつかなかったのか、と我ながら己の迂闊さに腹が立ったが、ともかくこれでようやく五十年来の願いを成就させられる、と躊躇いなく注文をした。


 配達されたDVDセットを前に、私は子供時代に帰ったような興奮を覚えた。今見ればいかにも血糊然とした作り物の特殊メイクで怖くもなんともないのだが、それも味があって楽しく鑑賞できた。私は膨大なDVDの山をシーズン1の第1話から順にみていくことにした。



 週末に二三話見続けて、もどかしくなり平日の夜にも鑑賞するようになり、数ヶ月かけて『名探偵モンドリコ 』の全エピソードを制覇した。非常に楽しく有意義な時間であった。しかし、私の捜しているものは見つからなかった。


 ドラマによっては、当時と現在の事情の違いから放送不可能となり、抹殺されてしまうエピソードもあるというが、私が調べた限り、『名探偵モンドリコ』にそのような回は存在しない。「完全BOXセット」は文字通り完全版のはずだった。


 私はネットを通じて知り合った『名探偵モンドリコ』コミュニティの仲間に疑問を投げかけてみた。


「子供の頃に見たモンドリコのエピソード、犯人は置物の雷神像。長年屋敷に飾られているうちにいつの間にか生命が宿り、虐待される未亡人に同情し犯罪に手を染めた、というもの。どなたかご存知ないでしょうか。DVDセットを買いましたが、見つかりません。当時、謎解きの前に母にテレビを消されてしまい、未だに結末がわかりません。もう五十年ぐらいずっと気になっています」


 それに対する反応は、


「そんなエピソードありましたっけ?」

「私も子供の頃から好きで欠かさず見ていましたが……そんなお話は記憶にないですねえ」

「モンドリコ公式ハンドブックは確認されましたか? 私はまだ二十代の若いファンですが、DVDセットでも公式解説本でも、そんなお話は見当たりません。モンドリコは今から見れば相当荒唐無稽なお話が多いですけど、流石に置物が犯人というのは……」


 私は諦め悪く反論をしてみた。謎解きに至る前までのシーンは、割と鮮明に記憶に残っているのだ。主演のモンドリコ以外のゲスト俳優と女優――毎回豪華ゲストが登場することが売りだったのだ――の名前も憶えていた。しかし――


「その女優さんがモンドリコに出演したという記録はありませんね。俳優さんの方は、別のエピソード、シーズン5の第8話に登場しますが、ご記憶のような役柄ではありません」


 とあえなく否定されてしまった。どうやら、長い年月をかけて間違った記憶を育ててしまったようである。あるいは、どこかのパラレルワールドで垣間見たドラマの記憶ででもあるのだろうか。

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