第2話

「おはよう、唐沢くん」

「おはよう、朝比奈さん」

 彼女は今日も十字路の交点に真っ直ぐに立ち、僕は今日も十字路の前で空を見る。

 背景は靄がかかったような灰色だ。

「なんかどんよりしてるね。毎日晴れならいいのに」

「雨降らないと困る人もいるからさ」

「そうなんだけどさ、天気悪いとテンション下がるじゃん。いっそどこかの一日で一年分まとめて降っちゃわないかな」

「日本沈める気か」

 強い風が正面から吹きつけ、空は厚く重い雲で覆われている。太陽が隠されて、いつもより暗い色の登校路を僕たちはいつも通り並んで歩く。

 そういえば、この『いつも通り』はいつから始まったっけ。

 朝比奈さんとは高校で出会ったから、去年であることは間違いないはずだけど。

「あ、また下向いてる」

 朝比奈さんの声で自分がまた地面に目を向けていたことに気付く。

 顔を上げると、覗き込むようにこちらを見ていた彼女と目が合った。

「いや、ちょっと考え事してて」

「なに考え事って」

「いつから一緒に学校に通い始めたんだっけと思ってさ」

「ほう。うーん、たぶん去年の初めくらいだよ。あったかかったし」

「ざっくりだなあ」

「いいじゃん別に。今こうして楽しく歩けてればそれで」

 まあね、という返事のつもりで僕は小さく笑う。

 今が幸せなら、その幸せはいつからなんて気にしなくていいか。

 けれど代わりにもうひとつ疑問が生まれた。

「じゃあなんで君は僕に声をかけてくれたの?」

 言葉にしてからはっと気づく。

 もしかしたらこれは訊いちゃダメなやつだったかもしれない。もしも「ひとりぼっちで可哀そうだったから」なんて言われたら普通に傷つく。

「え、そんなの決まってんじゃん」

 そんな僕の杞憂を吹き飛ばすように、彼女は空より明るく笑った。

「きみに前を向いてほしくて、だよ」

 僕はやっぱりそれを直視できない。

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