第23話 子犬
「セレスティーア!?だ、大丈夫?」
「……はい。少し動悸が」
「横になる?水は?そうだ、アルトリードを呼んでくる!」
「いえ、もう治まりましたので」
今しがたまで無表情で冷たい態度を取っていたレナート様が急に無防備な笑顔を見せてきたのだ、その愛らしさに心臓が悲鳴を上げ、そのまま地面に崩れ落ち見悶えるのは当然のこと。
だが、私の奇行はレナート様をとても驚かせてしまったらしい。
しゃがみ込んで覗き込んでくるレナート様の顔は今にも泣きそうで、ハッとした私は安心させるように微笑みながら立ち上がった。
「本当に大丈夫なの?」
「はい」
眉を下げ不安気に尋ねながら落ち着きなく動く姿は子犬のようだ。
どうやら、今のレナート様が本来の姿なのだろう。
小さなうちから派閥だの後継者だのと頭を悩ませ、挙句身内から毒を盛られたのだから警戒するのも猜疑心が強いのも仕方がない。
髪も瞳の色もルドの太陽のようなイメージとは違い、レナート様の身に持つ色彩は冷たさを感じてしまうもので、表情を消し少し凄んだだけでもかなり恐怖を覚えてしまう。
こんなに愛らしい笑みを浮かべる方なのに……。
「セレスティーア?」
「……あっ!」
色々と誤解されそうだなぁ……と、無意識にレナート様の頭を撫でていた。
歳が一つ下とはいえ、私とレナート様の身長差は十センチ以上あるので幼い子供に接するかのように行動してしまった。
流石にコレは怒るのでは?とコクリと喉を鳴らし、ゆっくりと頭から手を離しながらレナート様を窺うが、当の本人はあどけない顔をしながら私を見上げているだけ。
もう少し、あと少し!と完全に手が離れる瞬間、「……ブッ」と背後から吹き出す声が聞こえた。
「……ルド」
「すまない。二人の遣り取りが面白くて……。しかし、この短時間で随分と仲良くなったものだな」
「どこかの誰か様が試合の観戦に夢中で私達を放っていましたから」
「私の楽しみの一つなのだから許してくれ。そろそろセレスの番らしいから呼びに来たんだぞ?」
「もうですか?今日は随分と早いな……」
「私達が来たからリックが気を遣ってくれたんだろう」
積もる話もあるだろう的なことだろうか?と頷きながら、その辺に放ってある私物まで移動し、タオルや飲み水と共に置いてあった物をズルッと引き上げた。
「それは?」
「鎧ですよ」
初めて見るのだろうか?
私の手元を凝視するレナート様に広げて見せたあと、小さな鉄の輪を繋げて作られた鎧をシャツの上に装備し軽く飛び跳ねる。
薄いシャツの下には厚手の袖無しの下着を着ているから擦れて肌を傷つけることはないだろう。
身体を捻り、肘を曲げ、念入りに動作の確認をしたあとダミー武器を手に持った。
「……もう鎧を着けて訓練をしているのか?」
「今のうちに慣れておこうかと思いまして」
ルドはチェーンメイルを鎧と表現したが、王都の騎士が着用している金属板で作られたプレートアーマーと比べると稚拙な見目だ。
騎士といえば眩しいくらいに輝く鎧に、身元を示す紋章が刺繍されたサーコート。
輝かしい王都の騎士と比べれば今の私の恰好は目を疑うものだろう。
けれど、あの重くて暑そうなプレートアーマーを着用するくらいなら、多少粗末な見目でも私は喜んで軽くて高性能なチェーンメイルを選ぶ。
「不思議な形ですね。初めて見ました」
「城にいる剣術の教師は鎧など着けないからな。騎士団では訓練時に着けていたりする」
「元帥や大佐はプレートアーマーの下にコレを着けていますよ」
「プレートアーマーは私も着けてみたことがあるが、重くて剣を振るのも一苦労だったのだが……」
「ですから、一般の軍人はチェーンメイルのみです。動けなければ話になりませんので」
小さな鉄輪で編まれているチェーンメイルは軽量で、剣で切断しにくいという特徴がある。切断されたところで輪の一つや二つ修理は容易く、更にその回数も少ない。
金属なので錆を落とさなければならないし、素肌にそのままというわけにもいかず、厚手のシャツを着なければならないので夏場は地獄を味わうが、それはチェーンだろうとプレートだろうと同じ。
細い武器は輪を貫通するし、打撃の衝撃は直で受けてしまうが、それでも利点の方が上回る。
「重量は?」
「そのままですよ。武器の方は徐々に重量を増やしていますが」
私の予備のチェーンメイルを片手で持ち上げ「うっ……」と眉を顰めたルドの肩を軽く叩き、模擬試合をしている広間の中央へと向かう。
「……セレスティーア」
「ご心配なさらず。罷り間違っても、あのようなことにはなりませんので」
あのような……と指差したのは、円の外で地面に転がりながら罵詈雑言を吐いている負け続けの軍人達のことだ。
――私も昨日まではあの中に混じって転がっていたのだが。
折角誤解も解け、ついでに警戒も少し薄れたのだから、ここで良いところを見せておけば偶にはあの可愛らしい笑顔が見られるかもしれない!
そんな下心があったのがいけなかった。
一戦目は引き分けたのに、二戦目のダンとの対戦で惨敗した。
「流石にまだ負けないから」とケラケラ笑うダンを睨みながら、悔しさと不甲斐なさでいつものように地面に転がる寸前……。
穴が開くのでは?というくらい私に向けられている熱い視線の出所(レナート様)を突き止め、曲げていた背を即座に伸ばしその場で地団太を踏む程度に止めた。
「セレスティーア……!凄い、凄く格好良かった!」
瞳を輝かせ、興奮しながら「あそこが良かった!」「あれはどうやるの?」と止まらない質問に苦笑しながら一つ一つ丁寧に答えていく。
少し離れた場所では、ルドが無邪気にはしゃぐレナート様の姿を嬉しそうに眺めていて、そんな姿を見せられては訓練に戻れるわけもなく。
「セレスティーア、聞いている?」
「はい」
「あの短剣の使い方は」
まだまだ続くであろう質問攻めに、レナート様が飽きるまで付き合おうと決めた。
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