第6話 御爺様


ロティシュ伯爵家が国王陛下から信頼を得て重用されているのは、国軍の元帥を務めていた御爺様の功績によるものだ。

若くして即位された国王陛下を支え、苦楽を共にしたという美談があるが、御爺様曰くただの腐れ縁で「あいつは問題児だ」と言っていた。

国の頂点に立つ人を「あいつ」呼ばわり出来るのは御爺様だけだろう。



数年前に現役を引退した御爺様は隠居先をランシーン砦にし、後進の教育に力を入れている、らしい。

曖昧なのは、御爺様はお父様が成人し本格的に領主の仕事を任せられるようになると爵位を譲りランシーン砦に籠もってしまわれたからだ。

年に一度くらいは顔を見に来てくれていたが、隠居されてからはそれもない。

それでも私だけは御爺様と手紙の遣り取りをしているので、お元気に過ごされているということはわかっている。


因みに後進というのは軍だけではなくロティシュ家の私兵も含まれていたりする。

私兵を持っているのは極一部の裕福な貴族や軍事貴族と呼ばれている者達だけ。我が家は軍事貴族枠なので勿論私兵を持っているのだが、三分の一は領地に、残りはランシーン砦に待機させ有事の際に駆けつけることになっている。

国軍の砦に私兵を置けば私物化していると糾弾され処罰されてもおかしくはないのに、そこはあの御爺様だからと皆口を閉ざしているのだと思う……。


ランシーン砦までは馬車で六日かかる。

私はゆっくり向かいたいからと急がせず、長い旅路を楽しんだ。

伯爵家の令嬢が数名の護衛と侍女を連れて六日も旅をすることなどほぼない。ほぼというより絶対にない。これが許されるのは我が家くらいのものだろう。


ラッセル国軍の元帥フィルデ・ロティシュの家紋が彫られている馬車を襲うような者はこの国に一人もいない。報復が恐ろしいのと、国を敵に回す可能性があるからだ。


それでも危ないという理由でお父様から遠出は許されていなかったので、こうして他の街を見て回ることはなかった。

食べ物も微妙に違うし、売っている物や好まれている物も違う。

将来領地を治めるなら外に出て見聞を広げるべきだと言っていたお父様の執事を味方につけられたのは良かった。

それに、私が今からやろうとしている事は、お父様でも逆らえない御爺様に頼るのが一番良い。

身内であっても甘くはなく、基本容赦がない。

そんな御爺様を納得させ、許可を得ることが出来れば私の未来は明るいだろう……多分。


ランシーン砦に入るには先ず手前の街の門で身元の確認を受けなくてはならない。

滞在先や日数、予定などを詳しく聞かれるのだが、これに関しては貴族であろうと平民であろうと変わらない。

国境を護るランシーン砦に繋がる街なので、拒否したり不敬だと騒いだとしても軍が出て来て排除されてしまうだけ。


私の場合は御爺様の下に暫く留まるつもりなので砦の方へ確認を取ったあと、真っ直ぐランシーン砦の門の前に通された。





「良く来たな」


馬車から降りると、砦の前には銀髪で赤い瞳という私と同じ色彩を持つ男性が仁王立ちしていた。

捲られた隊服の袖から見える肌は日に焼け、如何にも軍人という筋肉に覆われている。

無邪気に笑いながら「……ん?どうした?」と言う御爺様は常日頃から鍛えているからか年齢より若く見える。

書類仕事をしているお父様よりも身体が大きく、健康的に歳を取っている感じがする。


「セレスティーア」


両手を広げていた御爺様が右手の指をクイッ……と二度ほど折り曲げた。

意図していることはわかっているのだけれど、貴族令嬢らしく優雅に淑やかにと気をつけて馬車から降り、微笑みながら口を閉ざしている意味がなくなってしまう……。

困ったわ……と眉を下げるが、御爺様はお構いなしだ。



護衛に苦笑され、御爺様の背後に立っている方達に見守れながら。


「大好きな御爺様。お会いしたかったです……!」


ダッと駆け出し、御爺様の広い胸の中に飛び込んだ。



もう淑女教育もマナーも必要がないのかもしれない。

だって、私は王都の学園に入るつもりはないのだから。








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