劇団オーディション(テーマ エイプリルフール)

「いったいどういうこっちゃ。意味不明やないか」

「いやこうして目の前でスキヤキがぐつぐつ煮えてるわけですから」

「思うにこれはライトノベルの世界観ですね。もっと言えば異世界転生。最近は乱立しすぎてスライムや蜘蛛、挙げ句の果ては自動販売機にまで転生したりするわけで……今回はさらにモチーフがこんがらかった感じなのかも」

「普通に旨いジャン?」

「そりゃそうです和牛なのだから。けど座長からの課題は『生卵の存在しない世界でスキヤキを食う』……つまりですね。主人公はスキヤキを溶きほぐした生卵につけて食べる美味しさを知っているわけです。知った上で生卵が存在しない世界に今はいるわけ。当然、物足りない。だからそれを口に含んだ瞬間の違和感の微妙なニュアンスをですね、その表情に浮かべ……」

「ちょっとまてよ。勝手に盛り上がってるがこれ新劇のオーディションだぞ。ここの劇団の芝居見たことある? リア王とかマクベスとかさ。そりゃ今時はラノベ原作の舞台もあるが、商業主義を批判し芸術志向の演劇を目指すのが新劇だ。それにここにいる全員、本格的な役者志望なわけだろ? わざわざそんな特殊な設定でテストする理由あるか?」

「ですよね……」

「ふっ。課題放棄して逃げるのはご自由に。僕は逃げない。試験が理不尽なんて今にはじまったことじゃない。オオカミ少女になれと言われたらオオカミ少女になるのが役者。独自に解釈する能力と幅広い役柄に順応する演技力が試されている、と考えてみれば? 舞台は生き物。ハプニングもあれば観客の空気も毎回違う。対応できずにお客を失望させるのでは役者失格!」


 『失格!』の一言に他の6人が息を飲む。



「とは言え、生卵がない世界をどう演じればいいのか僕にも難問です。感情を捨てろなのか表情だけ語れなのか」

「いや君は君で妙な勘ぐりをし過ぎ。もしかして……ミスリードしようとしてる?」

「まぁ落ち着いて。それよりちょっと煮詰まってきたから割り下を足しましょう」

「だったら水にしません? 割り下を追加したら味が濃くなるだけです」

「スキヤキの煮え加減なんてこの際どうでもいいだろ」

「案外それが合否のポイントなのかも。よくある話ジャン?」

「んなアホな」

「阿呆と言うより馬鹿だな」

「ちょっと。下品な言葉使わないで貰えます? 僕は苦手なんで。以降、禁止で」

「だから少し落ち着いて。あの……この試験って合格者は一人じゃないですよね」

「あぁ、今回は一つの役を奪い合う争いじゃない。基準に達したものは全員が劇団に入れると応募要項にもあった」

「だったら皆で協力するのも有りだと思のですが……」


『協力』の二文字に皆、顔を見合わせる。



「一つ意見があります。これは引っかけだと思うな。”生卵”ですよね? つまり……ゆで卵は存在するのかもしれない」

「生卵が存在しないのに、ゆで卵が存在するわけがないでしょう」

「いや一理ある。太古の昔に鶏が死に絶えた世界。残されたのはマグマの熱で固まったゆで卵だらけの大地。スキヤキを食う主人公。そこに生卵はない。主人公は生卵がある現世から転生した高校生。味気なさに涙する。やがては主人公の生卵を探す旅が始まり……」

「あ――馬鹿って言っちゃだめ? でも言わせてくれ。飛躍しすぎだって。俺たちが目指すのはあくまでリア王やマクベ……」

「年長者に失礼ですが、それは発想力の欠如ですよ」

「可能性を否定して狭めるのもライトノベルに限定して決めつけるのも僕は良くないと思うな」

「だったらどないせいちゅーねん。こっちは大阪からわざわざきとんねん。子どもの遊びに付きあっとれん」

「関西から? なら知らないのも無理はない。女性ウケしない芝居は成功しない! それが東京の常識です。名門の劇団だってアニメやラノベを取り入れることは十分に考えられる。だとしたら望むところじゃないですか? とにかく女子をキュンキュンさせればいい。役者だけでは生活は厳しい。迷えるOLを救い個人的なファンを掴み動画サイトでライブ配信をして……」


 『こいつ、2.5次元俳優目指してる奴だうぜぇ~』と他の顔がこわばる。



「なので正直、名門だろうと新しい方向性に舵を切った故の今回の募集だと初めから予想してました。じゃなきゃ受験していません。つまり彼の言うようにラノベ原作を再現できる役者が求められている。さらに言えば必要とされるのは若さとイケメン! ロートルには用はない。だからライバルとなるのは……」

「あの~豆腐にすが入りそうなので、どうせならそちらもバランス良くツマミながら議論しませんか」

「いい加減にてくれ。ビジュアル系メイクでライブの投げ銭で億万長者狙ってるやつちょっと黙れ。豆腐も黙れ。あれだろ君たち受かればどこの劇団だって構わないクチだろ? こっちはな本格的な舞台が踏みたくってこのテストを受けてるんだ」

「名門にふさわしいですか……だとしたらもっと哲学的な切り口が隠れてるかも」

「哲学的?」

「単純に考えましょうよ。『卵が先か鶏が先か』の因果性のジレンマなら分かるけど『生卵の存在しない世界でスキヤキを食う』これは異世界転生以外ありえない」

「そうですよ。王道の芝居では経営が成り立たないから新機軸に劇団が舵を切った、その方がストーリーの辻褄があう」


 鍋に2ターン目の牛肉が追加された。



「彼の言うことが正しいのかも」

「いやあなたまで。この劇団に限ってライトノベルなんてありえませんって」

「いえ違うんです。かなり巻き戻しますが、年齢のことを言われたのが正直カチンときましてね……私は来年30歳になります。求められてるのは若さなのかって」

「はぁ? 心外やな。こっちはとっくに30越えとるちゅーねん。なんでしゃべり方そんな老けてんねん。年上かとおもた。ロートルはこっちや」

「えー見えないですね。僕よりちょっとお兄さんかと思いました」

「せやろ」

「こほんっ。ライトノベルとは言ったけど求められてるのが若さだけとも限らない。劇団を支えるOLも高齢化してます。フェロモンタイプが求められている可能性だってある。そんなことより……あぁぁもう我慢できへん。あんたさ~そろそろ自己申告したらどう? なにわざとらしく黄昏れてるフリしとんねんっ! デスゲーム脚本でお馴染みの『昨年もこの試験を受けている経験者』さんっ!」

「え?」

「ちょっと!」

「ジャン?」

「いや、別に隠していたつもりは……」

「受付の人にで『去年はギリギリ惜しかったわね。今年こそがんばって』と握手されてましたよね」

「そりゃ話変わってくるがな。さっさとこのテストの意味を説明せえや」

「人の良いフリしてふざけんな卑怯だろ。演技か? さっき黄昏れたのは演技か?」

「そうここは公平にいきましょう。求められてるのは女子ウケするイケメン? 迫り来るフェロモン? さっきから、お鍋の進行具合ばかり気にしてましたよね。もしや食べ方が審査されてる? 宇宙飛行士の最終試験で能力あるのにチームワーク乱して落とされる映画ありましたよね? ね? ね? そっち? おいこら! この試験にかけてるのは皆一緒なんだぞごらぁぁぁぁぁ!!!」

「わっ! ちょっとやめてください! ぐぇぇぇぇぇ」

「おいおい急にどうした?」

「自分が一番チームワーク乱しとるがな」

「暴力は嫌いです」

「自分で言いだしといてなんやけどやっぱライトノベルはこの劇団にはないかな~と思いはじめたんだよ!」

「げほっ、げほっ。いや誓って言うが、昨年は2次で試落ちたんだ。だから3次試験の内容については知らない。こっちだって面食らってる……」

「信じるわけないジャン。なにか突破口があるんじゃないの?」

「ちょっとまて。さっきと言ってること違うぞ! ラノベと言い張ってたよな?」

「うるさいっ! こっちは必死やねん」

「なんで半分関西弁? さっきからキャラかぶっとるねん。あんた関西出身か?」

「そうじゃボケっ! こっちは役者目指して、わざわざ親に泣きついて東京の芸大に通わしてもろたのに去年は一次で落ちた。一年浪人して後がないねん」

「いやあんたも去年、受けうけとるんかいっ! なにが公平やねん」

「話の途中だけど一言だけ謝ろうよ、君。『ライトノベルはこの劇団にはないかな~なんて思いはじめました』じゃないんだよ。こっちは納得できない」

「この試験にかけてるのはみんな一緒。僕の家族は僕以外、エリートなんだ。僕だけ異分子。僕は醜いアヒルの子。マザーグースのハンプティ・ダンプティ……」

「ちょ、ちょっと君は黙ってて。あの~しつこく言うのもなんなんだけど、一回だけ謝ってから先に進まないか?」

「さらに言うとやな。おっさん! あんた関西でめっちゃ売れてるよな。聞いてくれこいつ難波で有名な劇団率いてるねん。大阪でブイブイ言わせとるあんたが、今さら東京来て何さらしてけつかんねん 」

「関西の役者が一流になるにはは大阪東京、二回売れなあかんねん。知っとるやろ。そやからおまえは関西人の癖に東京の芸大受けたんやろ? 小ずるいねん!」

「へーそうなんだ」

「すでに売れっ子なのは運営も当然知ってると、なんだよ一枠確定ジャン」

「なるほどミスリードしようとしたけれど、二人も有力者がいるので焦ってきたと。せっかく同意見だと思ったのに残念です」

「だからさぁ……あーもういいやっ! 謝罪を要求する。君、今すぐ土下座しろ!」

「一人は逆に脱落かな。熱すぎんジャン?」

「そう冷静さをなくした役者に女子のハートはつかめない。やはり若くてイケメンでライバルになり得るのは……」

「は? 僕? いやさっきから勘違いしてるけど、僕は女の子だぞ?」

「え?」「え?」「え?」「え?」「え?」「前提がくつがえったジャン」


 スキヤキはなにも語らない。



「熱くて悪いか? 冷静じゃなくてどこが悪いねん。こっちはスタニスラフスキーやチェーホフのメソッド演技もさらい直した。エチュード(即興演技)も徹底的にやった。苦手な歌やダンスだって……一生懸命レッスンに通ったんやっ!」

「準備万端ジャン」

「土下座して詫びて頂きたい。土下座しろ! 土下座しろぉぉぉ常務ぅぅぅ!!!」

「そのドラマなんだっけ?」

「展開のストレスで芝居に入りこんじゃった人もいますね」

「考えすぎ。ワラ。それとロートルが頑張っても意味なし。すれた本格派もいらない。このオーディションはダイヤの原石を探してる。なら素直が一番ジャン? ワラワラ」

「今まで短文だったのに急に悪いキャラになった」

「みんなおかしくなってる。もしかしてスキヤキに薬?」

「はぁ~い。みなさんとりあえずここで一旦、整理しましょう~」

「誰?」「誰?」「誰?」「誰?」「誰?」「ジャン?」「おまえ誰やねん?」

「あ、すみません。ずっとカーテンの影に隠れてました。こんなシチュエーションは様子見が一番じゃないですか。とりま『昨年もこの試験を受けている経験者』さんと売れっ子関西人さんは多分合格。そして自分のこと僕って言うタイプの女子は確実に合格でしょう。一人だけ女性って設定は完全なフラグです」

「フラグじゃ~~~。八つ墓村のフラグじゃ~~~~」

「祟りじゃ~みたいに言ってんじゃねぇ」

「また知らない人が出てきた」

「おそらく……ラスト残り一枠程度でしょう。厳しいな」

「​​触れれば落ちる、話せば頬を赤らめる、君の瞳に映るのはいつも俺、でおなじみ! 舞台で会えるネットなら毎日会える、神楽坂FHK2.5次元俳優~~~48!」

「焦って最終アピールの練習すな」

「グループになってる……」

「ここは卵が支配する卵の惑星。奴隷となった人間はゆで卵を作る強制労働を強いられる。熱い蒸気が漏れるそこはまるでスチームパンクcity。蒸気機関車の閉鎖空間でやがて起こる本格密室殺人。考えすぎ考えすぎなんだよ。それのどこに女子うけする要素がある? いや……滑舌か? 早口言葉なのか? 隣の客はよくスキヤキ食う客だ。生麦生米生卵マイナス生卵に隠された哲学的意味…………ブツブツ」





 皆が混乱する中、それを見つめる視線と一台の…………


「カメラまわってる?」

「はい! 座長」

「いやぁしかし『3次試験ってのは嘘だよ~~~ん。合格祝いのスキヤキで打ち上げ予定だったんだけど、アシスタントが卵買い忘れちゃって。今日は4月1日でしょ。エイプリルフールだからちょっとしたおふざけ。おめでとう。全員合格だよ~~~ん。そしてお待たせっ! な~ま~た~ま~ご~』と乱入するタイミングを完全に逸したな」

「大丈夫っすか? 彼なんて面接の時と印象まったく違いキャラ崩壊してますが」

「みんなが飲んでるの劇団名物、爆弾スピリッツ100だからね~」

「言ってなかったんですか? あれ水で20倍に薄めて丁度っすよ?」

「コンロの火はまだつけないでって言ったんだけどさすがは食べ盛り。お鍋空っぽ。そりゃ食べちゃうと飲んじゃうよね~」

「戦闘始まってます! いいんですか?」

「熱いねぇ~。いいよ。いいよ。土下座強要してる彼もローキック繰り出してる子も凄くいい……女の子だったんだねぇ。みんな若いな~」

「ただの打ち上げで流血は異常ですって」

「異常が正常なのが役者だよ。常識の殻を打ち破れ! あ、これ生卵と掛かってる」

「こんなの撮影してどうするんですか?」

「瓢箪から駒だ。新しい実に新しい! これこそが我々の求める演劇の真の姿だ。基礎練習に半年、脚本上げて本稽古で半年。ちょうど1年後のエイプリルフール。新人だけの群像舞台『生卵の存在しない世界でスキヤキを食う』開演じゃ!」

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