第23話:ことり's side ② 守と魅森


 ……これは、夢だね……。小さい頃の、夢。


 野原のふちっこで、向かい合ってぺったんこにお尻を付けて座って、せっせとシロツメクサの細工をしている、幼稚園児の私とまあくん。

 まあくんと2人で何かをしているだけで楽しい私は、さも心が蕩けているかの様な笑顔になっている事だろう。

 恥ずかしいけれど、どうやって頑張っても心の底から溢れて来る気持ちに勝てずに頬が緩んでしまうのだから、どう仕様も無い。

 私が作っている花輪は何だかくちゃくちゃで、綺麗に咲いていたシロツメクサに申し訳ない気がした。

 まあくんはどうなんだろうと思って、ふとまあくんの手元を見たら、シロツメクサはまあくんの手の中で、それはもう綺麗な指輪になっていた。

「わあ、まあくん、じょうず!」

 素直に、心からの感嘆の声を上げる。

 自分の手元と見比べてみるけれど、その仕上がりは、比べるべくも無い。

 まあくんは、何だって誰よりも上手に出来た。

 そんなまあくんと一番の仲良しなのが、私の自慢だった。

「どーだ、すごいだろ」

 照れ臭そうに鼻を擦りながら、それでも自慢気に、誇らし気に胸を張るまあくん。

「うん、まあくん、なんでもできてかっこいい!」

 そう答えた私は、どうにも気持ちが溢れ出してしまい、、顔が熱くなった。

 何だか急に恥ずかしくなって来て、真っ直ぐに下ろしたまま合わせた両手の人差し指をグリグリ回しながら、体をクネクネさせてしまう。


 ……まあくん、すき!


 まあくんに聞こえない様に、心の中で叫んだ。

 しかし当のまあくんは、私の気持ちなんて分からないよとばかりに、ポカンとした顔をしている。

 ひょっとして、ひょっとしてだけど、私がおトイレに行きたいけど恥ずかしくて言えないだなんて思ってはいないね?

 私ばっかりがこんなに好きで、何だか、口惜しい。

 ……何とか、まあくんをびっくりさせたい。

 これを言ったら、まあくんは驚くかな、何て言うかな。

 思い付くと、その途端、答えが知りたくなった。

 でも、断られたらどうしよう。

 今みたいに、2人で遊べなくなっちゃうのかな。

 仲良しじゃ、無くなっちゃうのかな。

 ……それは、……ヤダ。

 でも、でも、口惜しいんだもん。

 まあくんにも、顔を真っ赤にして欲しいんだもん。

 言っちゃうよ? ……良い? 言っちゃうよ?

 自分に何度も問い掛けた私は、意を決してその言葉を口にした。


「まあくん、おとなになったら、およめさんにして!!!」


 ……言っちゃった……。

 どうしよう、返事を聞くのが怖いよ。


 けれど、私の心の中とは裏腹に、まあくんはそれはもうあっさりと。

「いいよ、おとなになったら、およめさんにしてあげる」

 シロツメクサで作っていた指輪を、そのまま私の小さな指にめた。



   ●●●



 ピピピピピピピ……。

「ん……」

 ベッドの上でモゾモゾと動いて、スマホのアラームを止め……ずに、スヌーズにする。

 もう少しだけ、幸せな思い出の夢の、余韻を味わっていたい……。

 実は、この時の夢は、まあくんと疎遠になるまでは、それこそ毎日の様に見ていた。

 このまま大人になって、まあくんのお嫁さんになるんだって、微塵も疑わずに。

 実に、4年振りの夢。

 理由は多分、先週の火曜日に呼び出された時に、守が話題に出した事と、今週の守はとても頑張っていて、偶にまあくんを感じる様になって来たから。

 ……我ながら分かり易くて、笑えて来る。

 布団を被って笑ったら、何だか、顔が熱くなって来た。

 でも、まだダメ。まだ、付き合えない。

 もっとずっと頑張り続けて、何か1つでも私を越えてくれないと、周りも認めないだろうし、付き合ってあげられないよ。

 ……多分、守もそれには気付いているから、タイミングは彼に任せよう。

 どうせ私は、他の誰とも付き合えないのだから。


 いつになるかな、まあくん……。


「……って、付き合って『あげられない』って、私、何様よ」

 独り言ちてクククと笑うと、スヌーズが明けたスマホが、布団ドームの外側で、またけたたましい声を上げた。


   ●●●


「あ、ことり、起きた? 母さんたちはモーニングに行くけど、あんたはどうする?」

 階段を下りて目を擦りながらリビングに行くと、すっかりお出掛けの準備を終えたお母さんが、朝の情報番組を見ながら声を掛けて来た。

 因みに今日はお父さんは仕事だから、『達』って云うのは詰まり、いつも通り守のお母さんのみなみさんと行くと云う事だろう。

「んー、私は……」

「みなみが言うには、麻実ちゃんは来るらしいけど、まあくんには今日は用事が有るからって断られたって」

 お母さんが言ったその名前に、ついピクンと反応してしまう。

「今日も止めておくよ。みなみさんとごゆっくり。まみちゃんによろしくね」

「そう? 偶には一緒に来てよ」

「んー、その内にね」

 私の力無い返事を聞いたお母さんは、立ち上がってバッグを手に取った。

「じゃあ、冷蔵庫のタッパーに昨日の残りが有るから、あっためて食べてね」

「うん、分かった、ありがと」

 私の返事を聞いたお母さんはテレビを消して、浮かれた様子で家を出て行った。

 ずっと仲が良くて、羨ましいね。


   ●●●


 ご飯とおかずを一通りレンジでチンして温めた私は、リビングのソファに座って、昨日録画しておいた、ロードショーでやっていた地上波初登場の映画を再生して、黙々と食べ始めた。

 みなみさんと、……美浜家の皆とモーニングに行く時にはいつも私は一緒に行くのは止めておくのだけれども、お母さんは毎回欠かさず誘ってくれる。

 ……お母さんなりに気にしてくれているんだよね。ありがたいな。

 前にお母さんがしていた話に依ると、麻実ちゃんは友達との約束が無い限りは毎回来ていて、守はほぼ毎回来ているとの事だ。

 今度誘われたら、行ってみようかな。

 ずっと行っていなかった私がいきなり行ったら、麻実ちゃんも守も、どんな顔をするのだろうか。


 ……守の、今日の、土曜日の予定。

 それは、扶桑魅森ちゃん、……ミモちゃんとのデートに他ならない。

 再会した翌日にメッセージアプリのIDを交換したミモちゃんからは、

『デートの場所、決まったよ! 東山動植物園! 昔、一緒に行ったよね!』

と、嬉しそうな報告のメッセージが来ていた。


   ▼▼▼

  

 扶桑魅森ちゃん。

 小学校の頃、この近所に住んでいたお婆ちゃんが亡くなるまで、毎年夏休み毎に一週間は泊まり込みで遊びに来ていた女の子。

 初めて会ったのは、小学校1年生の時のお盆の時期。

 最近守と話をした、あの公園で。

 2人で公園に遊びに行った時に、砂場で、作った砂山にお婆さんと一緒にトンネルを掘っていた。

 その時は、おもちゃのシャベルなどを入れた子供用のバケツを持って砂場で遊ぶ気満々で行っていたので、引っ込み思案だった私は少し悲しくなって、まあくんの陰に隠れて、まあくんの服の裾をギュッと握った。

 でも、まあくんは違った。

「すごい、それ、きみがほったの?! ぼくたちもまぜて!」

 私の手を引いて砂場に駆け寄ったまあくんは、その子に話し掛けていた。

 声を掛けられたその子は、まあくんの顔とお婆さんの顔を見比べて、お婆さんが優しく二、三度頷いたのを見ると、私達に向かって「うん!」と嬉しそうに頷いた。

 それが、ミモちゃんとの初めての出会いだった。

 その日暗くなるまで3人で遊んでいたら、打ち解けて凄く仲良くなった。

 別れ際にうちを教えておいたら、ミモちゃんは毎年お婆さんの所に来る度に、インターホンを押して教えてくれるようになった。

 毎年のミモちゃんの約一週間の滞在の内、少なくとも4日間は朝から晩まで、3人で、偶に麻実ちゃんも入って4人で遊んだ。

 それが楽しみで、私もまあくんも、夏休みの宿題ドリルである“なつのせいかつ”を、それまでに全部終わらせるようになったんだっけ。

 お母さん達に頼んで、車で色んな所に連れて行って貰った。

 ミモちゃんのお婆さんは、「歩くのがえらい(名古屋弁で、辛い、大変等)」と言って余り一緒には来てくれなかったけど、ミモちゃんのお家のカメラで、楽しそうに遊ぶミモちゃんを取ってあげたら、大層喜んでくれた。


 ……私達が小学校4年生の時の冬に、そのお婆さんが亡くなった。


 当時の私達はスマートフォンなんてお金の掛かる物は持たされておらず、また来年からも変わらずに遊べるモノだと思っていたから、連絡先の交換なんてしていなかった。

 結局、その年の夏に皆で行っていた東山動植物園が、最後にミモちゃんと遊んだ思い出になった。


 ……だから、だよね。

 守とミモちゃんのデートの場所が、そこになった理由。


   ▲▲▲


 テレビで流している映画は、まだお話の序盤だと云うのに、男の人が何やら情熱的な告白をして、女の人が涙を流しながら「嬉しい!」と抱き付いて濃厚なキスをしている。


 ……面白くないな。

 そう思った私は、リモコンを取って、テレビの電源ボタンに力を込めた。

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