第2話:幼馴染、犬山ことり
「でさ、信行。実際の話、結局何から始めれば良いと思う?」
ズズズズとラーメンを啜って食べたら、口の中に和風とんこつの風味が残った。
一旦箸を置いて、向かいに座ってソフトクリームを舐める信行に問い掛ける。
「うぅん、そうだなぁ…」
ことりに“前向き宣言”をした、その帰り。
部活終わりに帰ろうとしていた所を『作戦会議だ』と信行に誘われ、近所のスーパーのフードコートに在る、地元のラーメンチェーンに来ている。
今僕が食べているラーメンは、何でも英気を養う為にとの事で、信行の奢り。
子供の頃から親しんでいるこの味に、頑張る意欲が湧いて来る。
ソウルフードとは、良く言ったものだ。
……尤もその分、ことり一家とも当然頻繁に来ていたので、当時の事も脳裏に蘇って来てしまうけれど。
因みにソフトクリームが有るのは、このチェーンが元々甘味処から始まっているから。
「……まあ。昔から『彼を知り己を知れば百戦危うからず』とか言うし、先ずは情報収集だろうな」
ソフトクリームのコーン迄食べ終わった信行は、コーンが被っていた紙をテーブルの上で丁寧に畳みながら言った。
「情報収集?」
「ああ。最終的には犬山がどんな相手に魅力を感じるのかって言う話になるけど、取り敢えずは現状の彼我の差をはっきりさせないとな」
そう言って立ち上がった信行は「要るよな?」と、空になっていた僕のコップも持って、水のお代わりを汲んで来た。
その間に僕は、チェーン独特のフォークスプーンを操って、少しずつスープを飲み進める。
「俺も犬山とはそんなに絡んでないから殆どお前を通してしか知らないんだけど、実際犬山ってどんな奴なんだ?」
「ことりは、マジ
手を止めて真っ直ぐ目を見て言う僕に、信行は大袈裟に溜息を吐いて見せた。
「……はあ。……ま、取り敢えずは明日からだな。俺も、中学からのお前しか知らないし、楽しみにしてるぞ」
気を取り直した信行はそう言って、楽しそうに笑った。
……そうだな。
昔の事を思い出した分、尚の事、ことりが僕に笑い掛けてくれる未来が来る様に頑張らなきゃな。
信行に頷いて返し、内心で自分を奮い立たせた。
〇〇〇
「お帰りなさい、お兄ちゃん!」
家に帰るなり、妹の
麻実は今年僕と入れ違いで中学生になったけれど、未だに僕を慕ってくれている。
こんな、……僕を。
「……あれ?」
僕と目を合わせた麻実は、何でか、キョトンとして小首を傾げた。
「どうした? 僕の顔に何か付いてる?」
「んー、そうじゃなくって……。……お兄ちゃん、何か今朝と感じが違う?」
……今朝と違う事と言えば、意識を変えた位だけど……。
……そんなの、気付けるか?
「どう違う?」
「……そう訊かれると困るんだけど……。……何か、前に戻った感じ!」
そう言った麻実は、嬉しそうに腕に取り付いて来た。
「こ、こら、麻実!」
腕を捻って振り解こうとしたけれど、麻実は「えへへへへへへー」と笑って、ギュッと、その力を強めた。
〇〇〇
「へえ、麻実ちゃんがそんな事をねえ」
翌朝の登校中に合流した信行にマミに言われた事を伝えたら、信行は、そう感心した様に言った。
何度もうちに遊びに来ている信行は、当然麻実と面識が有る。
……と言うか、寧ろ仲が良い。
「やっぱり毎日顔を突き合わせているだけに、ちょっとした心持ちの変化にも敏感なのかもな。良い傾向だと思うぜ」
「そうかなぁ」
そう言われるだけで嬉しくなる僕は、単純過ぎるかな。
「……と、あれは。おーい、犬山! おはよ!」
前を歩いていることりに気付いた信行が大きく手を振りながら呼び掛けると、ことりは足を止めて振り返った。
「……あ、おはよう、清須君。と、守」
「おはよう、ことり」
「……ん? あれ?」
挨拶を返した僕の顔を見たことりは疑問の声を上げ、「ふぅん?」と言いながら更にマジマジと眺める。
何だろう。
「……へえ? ……あ。じゃ、じゃあ、教室で」
ことりは直ぐにハッとしてそれだけを言い残し、踵を返してスタスタと早足で歩いて行った。
何を感心したんだろう……。
「……犬山の目には、どう映ったんだろうな」
ボソッと聞こえた信行の言葉に、頬が急激に熱くなる。
「まあ、まだスタートラインに立ち直した所だからな。麻実ちゃんみたいに変化に気付いたんだとしても、それだけじゃ何も変わらないから、気を引き締めて行こうぜ」
「……ああ」
高説、
……信行に言われていなかったら、確実に気が緩んでいたよ……。
〇〇〇
犬山ことり、15歳。
誕生日は7月30日、A型。
家はうちの
小学校低学年の時に、当時としては大冒険の遠出をして見付けたこの学校に『高校生になったら一緒に通いたいね』と約束した事は有ったけれど、それは期待しない方が良いだろう。
今の座席は一番窓側の列の一番前。
視力は良。
美術部。
中学の頃から成績は良く、この間の一学期の中間テストはトップクラスだった。
容姿端麗。
髪は一度も染めた事の無いバージンヘアーで、綺麗な黒い髪をポニーテールにしている。尻尾の先は、腰に届く。
身長は、……小6の時は152cm。だけど、それから結構伸びている。
胸は小学校6年の頃から急激に大きくなり、……サイズとかは分からないけど……、少なくともこれも学校でトップクラス。
最近の悩みは、可愛いブラが売ってない事。
△△△
「……取り敢えず思い付くのは、こんな所かな」
2限後の放課、周りに見られない様にノートに纏めた物を、信行に渡した。
信行はそれに興味深げに目を通し、僕の顔と見比べて吹き出した。
「これ、幼馴染じゃ無かったらストーカーレベルだよな」
特に仲が良い訳では無い今の状況だと、特に誕生日や血液型を知っている時点で否めない。
成績なんかの最近の情報に関しては、聞くとも無く耳に入って来た、ことりのお母さんの緑さんとうちの母さんとの話が情報源。
……少しでも情報量を多くと思って書いたけど、悩みは書かない方が良かったかな。
当のことりは、自席で昨日と同じメンバーで集まって談笑している。
今日も日差しを纏った笑顔が眩しい。
「当面の目標は、クラスの事やクラスメイトには積極的に関わって、7月の期末テストで犬山に勝つ……のは厳しいから、出来る限り順位を詰める事、……か?」
「お、おう……」
……クラスと積極的に関わる事とかは気の持ち様だから何とでもなりそうだけど……、勉強がな……。
「お前って、中間は学年何位だったっけ?」
「……118位……」
「……」
「……」
信行の問いに答えた後、暫しの沈黙が訪れた。
……はて。
「……まあ、ほぼ真ん中の、可もなく不可も無くの順位だな……。せめて半分位にはしたい所だけど……。……どうする? 兄ちゃんか姉ちゃんに家庭教師を頼んでみても良いけど」
「ああ、……いや、先ずは自分でやってみるよ」
信行の兄弟は2人共地元の偏差値の高い大学に通っているから、その提案は正直嬉しいけど、余り世話になってしまうのも気が引ける。
「そっか。行き詰ったらいつでも頼んでやるから、遠慮せずに言えよ。2人共、お前の為ならよっぽどの予定が無い限りは引き受けるだろうし」
「……? そうなのか?」
「ああ。2人共、お前の事を気に入っているからな。……っと、今は犬山の分析の時間だろ。今の犬山を見て、何か気付く事とかは無いか?」
途中でハッとした信行は、無理やり話の筋を戻した。
今度家に遊びに行って、また挨拶させて貰おうかな。
「ことりを見て、気付く事……」
「ああ。ここに書いてある事は殆どがデータだから、収集しようと思えば誰でも出来るけど、内面の変化なんかは、そうはいかないだろ?」
言いたい事は分かった。
生まれた頃からの、付き合いの長さと云うアドバンテージを生かして、内面の変化に気付けないかと言う事だ。
今朝、ことりがそうした様に。
楽しそうに笑いながら話に花を咲かせていることりに、視線を向ける。
「……そう言えば」
その笑顔を見ていて、少し、違和感を覚えた。
「お? 何か有るのか?」
「うん。ただの成長かも知れないけど……、何か、心からは笑っていない気がする。……かな」
感じた事を素直に言っただけだけれど、信行は我が意を得たりと笑みを浮かべた。
「そうそう、そう云うの。正直、そう言われた上でも俺には分かんないしな」
……成る程、こう云うのか。
ふむ……。
「あれ? 美浜、何かこっち見てない?」
「え……。何かじっと見てない? ちょっと怖いんだけど」
その声にハッとして視野を広げると、ことりの周りの女子が、こっちを見ながら顔を顰めている。
しまった、……見過ぎたか。
目の前の信行は愉快そうに笑っている。
……こいつめ。
……と、ことりの顔に、ちょっとした怒気を感じた。
ごめん、ことり。また迷惑を……。
そう思ったけど、何と無くそれは、僕には向かっていない気がして……。
……あれ? ……あれぇ?
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