居候は忘れた頃にやってくる

 季節は秋。雲ひとつない秋晴れの空……を眺めるのもそこそこに、朝の空気を胸いっぱいに吸い込んで、部屋に引き篭もったお子さ魔王は実験に勤しんでいた。あのマイコニド娘のリフィを迎えてより、実に半年が過ぎた頃である。元々は、戦闘力のなさそうな世間知らずのマイコニドを匿ってやるつもりで招いたのだが、お子さ魔王が用意した空間が余りにも住み良かったからか、引きこもり魔王も真っ青なレベルで引きこもったしまった。そんなものだから、お子さ魔王の方もそんな居候がいたことなど忘れかけてきた頃で……


「魔王様ぁ!」


「にゅおわぁっ!? ……っとっとっとっとおおおっ!? っぎゃー!? って、叫んどる場合ではないわ! ほいっ! ほいっ! ……よしっ! って、うぎゃんっ!!」


 日課である実験の最中、何故かメイド服姿のリフィがお子さ魔王に突撃してきたのである。具体的には、お高い素材を慎重に慎重にピンセットで摘まんで、そろーりつまんで移動させて、そおっとそおっと……そんな最中に大声で呼びかけてきた挙げ句、後ろから抱きついてきたのである。お子さ魔王は転げそうになる所を何とか堪えるも、お高い素材は宙に舞う。それに気付いたお子さ魔王、悲鳴を上げるも我に返り、魔法でシャーレを浮かせて素材をキャッチ、無事に着地させることに成功する。……までは良かったが、ホッとしたのかリフィの(キノコゆえの)さほど重くない体重を支えきれず、顔面から床に着地したのであった。


「大丈夫ですかぁ? 魔王様ぁ」


「ぶはぁっ! 大丈夫? じゃないわい! 誰じゃ!? ……ぬ? お? おー、お主……確かキノコ娘の……れふぃ!」


「惜しいですぅ。私の名前はぁ、リフィ、ですよぉ」


 存在を忘れかけてはいたものの、何とか思い出し……切れなかったお子さ魔王。残念っ! 一方、特に残念そうな素振りは見せないリフィは改めて覚えてもらうべく、自らの名を名乗るのであった。


「お? おお、おお、そうじゃった、そうじゃった。っちゅうか、あんまりにも見かけぬ故、うちに居ることすらすっかり忘れておったわ。……というか、実験中に大きな声で呼ぶんじゃないわい! ましてや抱きつくなんぞもっての外じゃぞ!? 儂の大事な素材ちゃんが失われたらどうするんじゃ!」


「えへへぇ?」


 ゆるりとお子さ魔王から体を離したリフィは、割と大きな胸をきゅっと強調するポーズで小首を傾げる。しかし、魔王には通じなかった!


「儂相手に媚びても何も出んわい。そんな物は町中のモテなさそうな男相手にやるんじゃの」


「そうなんですねぇ」


 だいたいそれ菌糸の固まりじゃろ、とお子さ魔王はフンと鼻白む。


「で、どうしたんじゃ。確かお主、眷属というか菌床を育てておったんじゃろうが?」


「はい! お陰様で! キノコの楽園が出来上がりました!」


 お子さ魔王はリフィが見せた素振りの有効的な使い場所を教えると、近況報告を促す。すると、魔王の山小屋地下で、キノコパラダイスが誕生したと、テンションアゲアゲのリフィに告げらる。お子さ魔王としては、自由に使って良いとはいったが、え? 何? 占拠する気なの? と、少々困惑する事態なのであった。


「ら、楽園じゃと? おおう、そりゃまた何と言うか……見るのが少しばかり怖い響きじゃな」


「もー断然、パラダイスなのですぅ」


「……もしかせずとも、見に来いと言うとるのか?」


「(はっし)」


 リフィのキラキラした瞳が、ぜひ見に来いと言わんばかりなので思わず聞いてしまったお子さ魔王。案の定というか答えは決まりきっており、リフィも逃してなるものかと魔王の腕を掴んで離さないのだった。


「……分かった分かった。じゃが、これより先は儂の実験の邪魔などせぬようにな。場合によっては儂、泣くからの? 分かったな? 邪魔は駄目じゃぞ?」


「わかりましたぁ」


 別に見たくないわけではないし、そもそも自分の家の地下のことである。確認しないわけにもいかないだろう。それに、すこーしばかり興味だってある。いや、少しどころかかなりある。お子さ魔王は気持ちを切り替えると、それでも今度から実験の邪魔だけはしてくれるなと、釘を刺すことは忘れないのである。そこは忘れてはいけないことなのである。大事なことだから二回言った! ……そして二人は連れ立って、地下にあるというキノコパラダイスへと下りていくのであった。



 ………

 ……

 …



「ふぉおおおぉぉお……よもや、これほど、とは……」


「えへへ〜」


 リフィに案内されて入った大きめの部屋でお子さ魔王の目に飛び込んできたのは、色とりどりのキノコに覆われた正にキノコの楽園であった。採光の役割を持った魔道具によって照らされたそこには、巨大なキノコが生えてるのは勿論、小さなキノコも規則正しく生えていて、よくある放置された洞窟のような不衛生な感じは微塵もしない。更にキノコの生えてない場所も、どうやってか綺麗に色付いており、まるでペンキでも塗ったかのようなカラフルな見た目になっていた。


「いや、びっくりじゃの。どうやって作ったか、まるで見当も付かぬわ。この色は、そういう発色が見られる種類の菌を集めて作っておるのかのぉ?」


「そうなりますねぇ」


「ふむふむ、ほぉほぉ……これは面白いのぉ。して、この部屋以外の場所も似たようなものなのかの?」


「いえ〜、それぞれに特色付けた作りになっていますよぉ? 例えばこちらなんでどうですぅ?」


 元々は自身に危険が迫った時の長期間避難できる所として作られた地下洞窟であるため、ここには結構な広さと部屋の数があるのだ。最初の部屋はその一つに案内されていたのだが、どうやら別の部屋はそれぞれ特色があるらしく、リフィは2つ隣の部屋を案内した。


「どれどれ……ぬっお!? ……これは知らずに見てしまうと、ある意味びっくりする光景じゃのぉ。しかし、こんな骨、どこにあったかの?」


 するとそこには大きな獣の骨の標本のようなものが横たわっており、そこにまんべんなくキノコが繁殖している、すこしばかりオドロオドロしいオブジェになっていた。正にキノコに侵食されている、の図である。


「これはですねぇ、保管庫の方に解体されずに保存されてた獣のものですねぇ。なので、こちらで適切に・・・処理させて頂きましたぁ」


「どう、とは聞くまいよ」


 恐らく食べない部分をリフィやその眷属の栄養としているのだろう事は、容易に察せられた。が、お子さ魔王は突っ込まない! 余り気持ちの良い話ではないだろうからである!


「こちらも彩られてはおるが、今までの部屋と比べると地味じゃの?」


「居住用の部屋ですのでぇ、落ち着いた感じにしてありますぅ」


「なるほどのぅ。にしても……どの部屋も本当に色彩豊かじゃのぉ」


 案内された中には、部屋の真ん中に泉が湧き出ていて、その周りを照らすように光るキノコ達が群生しているという幻想的な部屋もあったが、それは稀なケースであり、殆どの部屋には魔道具によって光が届けられている。そして、そのどれもが綺麗に彩られているのだった。リフィの色彩センスは中々に良いようだ。少なくとも、お子さ魔王好みと言えた。


「未来永劫、ここが私達キノコだけの楽園〜なんてありえませんからぁ。そもそも魔王様の所有される洞窟ですしぃ? ですので、いつでも使って頂けるようにはしてるんですぅ」


「ほぉ? ……言われてみれば、これまで案内されてきた部屋は大別して3種類あった気がするのぉ。展示用、研究用、住居用という感じかの?」


「はぁい。基本的に最も多くのスペースを頂いた研究用のブースで菌床を育てているんですぅ。展示用のブースでも自由繁殖させたりはしてますよぉ。なお〜、住居スペースでは色付けこそしましたがぁ、有害なものを駆逐した後はぁ、有害な菌類が繁殖しないようにしてますからぁ、とぉっても綺麗なんですよぉ? それこそぉ、病気になれるもんならなってみやがれ〜、みたいなぁ?」


「そうかそうか」


 その答えに、綺麗好きのお子さ魔王は気分を良くする。綺麗に使ってもらっておるなら何よりじゃ、と。しかし味気なかった洞窟が色彩豊かになっていたことで、思わず魔王は思いついたことを口にするのだった。


「ほんに鮮やかじゃのぉ。綺麗に整えていたとはいえ、あの削っただけの洞窟がのぉ。……これはもしや、キノコから染料も作れたりするのかのー」


「あー!? できるかも! できちゃうかもですぅ! 魔王様ぁ!」


 魔王の呟きを拾うと、いきなりボルテージマックスで同意を返すリフィ。しかし魔王はその反応の余りの強さに、思わず驚き飛び上がるのだった。


「うっひゃああぁ!? び、びび、びっくりするじゃろうが! いきなり大きな声を出すでないわ! ……全くもう。ちゅうかお主、たまぁに気勢が跳ね上がるのは何故なんじゃ?」


「驚かせて申し訳ありません〜。ですがぁ、私達の種族ってぇ、大体受け身なんですよねぇ。胞子に乗って別の地域に行ったりもしますけどぉ、ほぼほぼ全滅ですしぃ、着生できたとしてぇ、育つのに極めて長い時間が必要になるんですよぉ。で、せっかくキノコの体を得る程育つことができてもぉ、ぱっくり食べられちゃうことも多くぅ……。なのでぇ、私のように人間サイズまで大きくなれるのは稀なんですよねぇ。私もぉ、秘境と呼ばれるような所で生まれましたからぁ。そういう意味でもぉ、余り人間になりきれてないと言うかぁ」


「……お主、普段は感情が希薄じゃもんな」


「でもぉ、せっかくここまでの大きな体を得ることのできた私はぁ、可能性を広く広く模索してるんですよぅ。多分ですがぁ、私の感情の全てはぁ、新しい発見に注ぎ込まれてるんだと思いますぅ」


「ほむ……なんというかお主は研究者肌っちゅうんかの? そこら辺は儂とよく似ておる気がするのぉ。ま、なんじゃ。つまり染料が作れるかも知れないというのも、そういう可能性の一つであるわけじゃの。で、新たな発見である染色材料という言葉に気分が高揚しきってしまったと?」


「そうなんですぅ。他の場所じゃ駄目なんですぅ〜。私の元いた秘境なんてダメダメなんですぅ! 菌床の育成に最適なこの場所だからこそ! 色んな可能性に挑戦できるんですぅ!」


「お、おぅ、そうか。……良かったの」


「はい! 魔王様には心より感謝してますぅ!」


 食い気味に笑顔を振りまいて詰め寄ってくるリフィに若干引き気味のお子さ魔王であったが、用意した場所を絶賛されたことに悪い気はしなかったのか、素直に祝福を返すのだった。


「ではこれより新しいことに挑戦するのじゃな。ということは、またここで新たな菌床を育てるために籠もることになりそうかの?」


「いえいえ〜。それには及ばないのですよぉ」


「む? 何故じゃな?」


 魔王の指摘を受けたリフィは指をチッチッチと振ると、その疑問に答えるべく奥に向かって呼びかけた。


「ご紹介しますね、魔王様ぁ。はいは〜い、皆ぁ、出っておいでぇ〜。この楽園を提供してくださった魔王様にご挨拶するのですよー」


「皆? とは? ……ぉ? ぉぉお? ふぉぉおお!?」


「ま、お?」「しゃま?」「あるじ?」「だぁれ?」「まんまー」


 大きなキノコの傘を帽子のように頭にくっ付けた幼女達が次々と、大きなキノコたちの影からひょっこり顔を出してくるではないか! 次々と現れるキノコ幼女達に、お子さ魔王はただただ驚愕するのであった。

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