犯人は私です

「ま、この呪法の名前は何でも良いわい。そもそも作った本人が付けたわけじゃなかろうしの。この術の性質はの、術をかけた相手の生命力を著しく落とし込むものじゃ。侍医殿、王が何故生きていられるのかが不思議なくらいじゃったろう?」


 と、お子さ魔王が侍医の方を見て問うと、白髪で白ひげ蓄えたつぶらな瞳のおじいさん侍医が、何度も首を縦に振って頷く。


「実際、病気に対する抵抗力なんかも極めて低くなるでの。普通は軽い風邪なんぞ引いてすぐにおっ死ぬのがオチじゃ。故に、侍医殿がこの部屋に防疫の魔法陣を張ったのは、極めて優れた判断だったと言えよう。侍医殿は名医なんじゃなぁ」


 お子さ魔王! 侍医を持ち上げる! 持ち上げまくる! 侍医! 照れる! 可愛いおじいさんだ!


「で、術の事じゃが……術者が死んでしまえと思えば対象は死ぬし、死なぬと思えば死なぬ程度に生かされ続ける、そういう術者本位の代物じゃ。しかし先程も言うたが、術によって死なないだけで普通に病を得れば死ぬ。この侍医殿の見立てが優れておったから、王は瀕死の状態を保ち続けられているだけじゃ。それにこれは割と面倒な魔術でな? 時間さえあれば掛けるのは容易いが、解除するのは本人にも至難の業じゃったはず。であれば取引が成立した所で、無事に王の命が保証される可能性は極めて低いのぉ」


「なんっ!?」


 ここで何故か魔術師長が真っ先に反応していたが、その場の誰もが一様に驚いていたため、誰の目にも留まることはなかった。一部を除いて。


「……これを使った阿呆は、偶然にも古代の呪法を見つけただとか、条件付きで譲ってもらったってところじゃろ。大方、手に入れた力の大きさに息巻きおったんじゃろうなぁ。試し打ちもせんとぶっつけ本番、後のことを考えもせんとな。はぁ、ついてないわい。至宝との交換じゃと言うからやる気も出たというに、まさかの無駄足じゃったとは」


「……至宝? とは何のことですかな?」


 お子さ魔王の言葉に、顔色を激しく変化させていた魔術師長も、至宝という言葉に強く興味を惹かれたようであった。更に、見識の高さは流石に認めたらしく、少しばかり丁寧な物言いになっていた。


「おう? 一部所の長ともあろうものが、聞かされておらぬのか? ……のぉ、姫さんや。こ奴のこと嫌いじゃったりする?」


「うん、嫌い」


「むぐっ!?」


 ど直球な嫌いとの言葉にショックを受ける魔術師長。その状況を作り出したと言えるお子さ魔王も、流石に気の毒に思うのだった。


「おおぅ、なんか……すまんの。ま、至宝の具体的な内容は王家が知らしめておらぬ以上、儂の口からは言えぬ。が、セプタキメラのコアなんぞ霞むような大珍品じゃぞ」


「大、ちんぴ……!? そ、それを取引材料として、姫はセプタキメラのコアを得ようとなさった、のか?」


「(コクリ)」


 魔術師長にしてみれば、至宝などというもののことは知らずとも、何故このタイミングで出てきたかは想像がつく。それで思わず姫に問い合わせ、思った通りの答えが帰ってくるのであった。そもそも国の総力を上げれば買うこと自体は難しくないのは誰もが知っていた。問題はそのセプタキメラのコアの存在そのものであったのだが……。


「で、どうする姫よ。無駄な取引に至宝を出すのは愚かじゃぞ?」


「……むぅ」


「し、しかし、相手は恐らく、その至宝のことは知らぬはず。であれば、交渉の余地があるやも知れませんぞ?」


「無いわい。あるとすれば、一度王にかけられた呪法を綺麗に解除できた場合にのみ、交渉するんじゃな。解けぬ魔術なんぞを盾に下らぬ要求をされるのは馬鹿を見るぞ?」


「そうだな。貴殿の話を聞いた後ではそうするのが一番のようだ」


「このっ……! 黙ってろ! 木っ端役人風情が!」


 魔術師長はセプタキメラのコアが無くとも、それが霞むという至宝があれば交渉が可能だと説くが、お子さ魔王がばっさり斬って捨てる。見識は確かであっても立場が不明なお子様に邪魔された事も気に入らなかったのだろうが、更に自らより立場の低いぺりりんが口を挟むとなると許せなかったようで怒鳴り散らす。が、ぺりりんは意にも介さず姫に決断を迫る。


「姫、お決めになられるのは貴女です」


「……向こうは逐一こちらの様子を窺っている。ならこの騒ぎもきっと知っている。だから魔術が一旦解除されたなら交渉を考えることとする。されないなら輿入れの際に持っていく」


「それがよろしいかと」


「っ……!?」


 姫の決定が最終決定事項となり、この場はお開きとなったのであった。



 ………

 ……

 …



「はぁ……無駄足じゃった」


 お開きとなった後、侍医等の王の世話をするものは残り、位の高い者達やお子様王達は迎賓館へと移っていた。誰にも分からなかった王の状態を細かく説明できるなどしたことと、何気に問いかけられた難解な魔術の疑問を非常にわかり易く答えてしまったものだから、一時はお子さ魔王の周りには人だかりができていた。だが例のすんごい顔をし始めたため、姫達が強権を発動して徹底的に追い払った。それでも食い下がって正体を探るものはいたため、人嫌いだが実力ある魔導師、ということにしておいたのだ。お子様なのは呪いか何かのせいで、そのため呪いにも精通しているなんて話も出来上がっていた。今は遠巻きにこちらの様子を窺っている状態である。


「ささやかながら、貴殿のためにうた……」


「分かっておろうがそんな物は要らぬ。……が、一日位は休んでから帰ってもええかものぉ。部屋の用意くらいしてくれるんじゃろ?」


「勿論です」


 宴の用意と聞こえそうだった人嫌いは、皆まで言わせず個室を希望した。流石のぺりりんも、人目のある所ではお子さ魔王を国賓と扱うことをいとわなかった。……その対応の差から、魔王からは渋い顔をされていたが。そして用意が整ったことを聞いたお子さ魔王は、さっさと姫達を伴って個室に引っ込んでいったのだ。


「………………」


 その様子を一人の人物が睨みつけていたのだが、誰もそれに気づくことはなかったようだ。主賓とも言えるお子様がいなくなってしまった迎賓館は、そのまま高位貴族達の懇親会へと様変わりしていくのであった。……国の行く末に意見をすり合わせるために。



 ――その夜。


 何者かが王の寝所に忍び込んでいた。


「よもやあの呪法の事を知る魔術師がいるとはな。……にしても簡単に掛けられる、だとぉ? 馬鹿め! 掛ける方こそ大変であったわ! 警戒心のない相手に時間をかけて掛け続ける魔術の何が簡単か! 物は知っておるようだが、使ったことのない魔術ともなれば話が違うようだな。しかし呪法は解けぬ、だとぉ? そんなはずは……いやいや、できぬのならできぬで幾らでもやりようはある。まずは解呪を試すのだ」


 王に呪法を施した人物らしく、ブツブツとお子さ魔王に文句を言いながら解呪を施すのであったが、王の様子は全く変化が見られず……


「ぐっぬ! よもや本当のことであったとは! ……どうする? 掛けるのに時間がかかり、解けぬ魔術となると使い物にならぬではないか……。おのれ、情報を元にご禁制の遺跡に手を回して手に入れたというのに、金の無駄遣いであったとは!」


「そうじゃのぉ。……ま、お主が阿呆なおかげで、楽して魔術を解けたわけじゃがな」


 地団駄を踏み鳴らして悔しがる脂ぎった中年――魔術師長に、うむうむ頷きながらお子さ魔王が普通に話し掛けるのであった。


「は? はぁあああ!? いつ、から、そこ、に」


「ずっとじゃよ? 姫もこ奴も皆、ずっとおったのじゃ」


 お子さ魔王がぷすんと指を鳴らすのに失敗するも、そこには姫やぺりりん、騎士団長や侍医さんたちが姿を表すのであった。お子様の様子? 指鳴らしに失敗したからか、顔を真っ赤にして俯いているぞ!


「な!? ひ、姫!?」


「お前が父様を……」


「……ふ、ふあはははは! だから何だというのだ! バレたのならばお主らの首を、ついでに至宝とやらを手土産にすれば良いだけのこと!」


 開き直る脂ギッシュ魔術師長ザムガン! 名前があってもめったに出ないぞ! ある意味良かったね!


「ほうほう、で? 何処へ持っていくつもりなんじゃ?」


「ふん、今から死ぬ貴様らが知る必要はない」


「流石にそこまでは言わぬか。じゃがしかし……のぉ、姫、こ奴は阿呆なのか?」


「多分」


 お子さ魔王の質問に、肯定の意を端的に返す姫。それにキレる脂ギッシュ。


「さっきからこのワシの事を阿呆呼ばわりしよって! 何なんだお前は!?」


「おう、まさかの一人称被り。マジで止めて下さい。キモいおっさんとキャラ被りとか泣けるから」


「何をぉ!?」


 衝撃だった事実にお子さ魔王、何時もの口調も崩し真顔で嫌がった。


「っちゅうかの? お主が犯人であると目星をつけて待っていた訳じゃが……控えておったのがこれだけのはず、あるまい?」


「ぬ!? ど、どういっ……!?」


 お子さ魔王、指で指し示しながらその場で回転してみせる。すると指し示された方向から人の姿が浮き上がってくるではないか! 中には置いてけぼりにされた騎士隊長の姿もある! やったね! ちゃんと回収してもらえてたようだぞ!


「な、な、な……」


「お主がどれ程の魔術を扱えるか知らぬが、この国の戦力の内、上から数えて集めたそうじゃぞ? 果たしてお主にどうにかできるんかの? それと魔法に関する犯罪じゃからな。魔法協会からの助っ人もおるぞ? 主に捕縛後の拘束と封印の名目でのぉ。抵抗すれば勿論……の?」


「あ、は、あ……(がくり)」


 100人を超える猛者を前に、流石に抵抗は無駄と見たのか脂ギッシュはヘナヘナと崩れ落ちた。その様子を何故か嫌そうに見つめるお子さ魔王。もしかして今日何度も同じポーズやっちゃった自分と重ねたのかな!? 脂ギッシュは、それからはおとなしく魔法協会の職員に魔法を封じられて連行されていった。それを見送って少し持ち直した魔王が口を開く。


「……うう嫌な既視感じゃったなー。にしても、実際に開けてみればつまらん事件じゃったのー。何で魔術師長にまでなれる奴が、あんなに阿呆なんじゃ? 実際には掛けるのが難しいっちゅう事は、本人が一番分かっとったじゃろうに。逆さまに伝わっているのかも、とか思わなんだのかの? それで慎重になられでもしたら面倒じゃったが、どちらにせよ行動は起こすと見ておったからどっちでも良かったが」


「魔力抑え込んで弱いふりしてあぶり出す。……魔王は策士。すごい」


「いや、あれが阿呆なだけじゃろ? 自滅以外の何物でもないわい。じゃがぁ……もっと、褒めてもええんじゃぞ?」


 魔術師長に呆れながらも、褒められてまんざらでもないお子さ魔王。もじもじしながら図々しくもおかわりを要求した!


「いい子いい子」


「……ちがうのー。そうじゃないんじゃよー。求めとったんわのー」


 そうじゃないと言いつつも、頭を撫でられて嫌がらない辺りは見た目のままなんだろう、このお子さ魔王め!

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